11
(なんで攻略対象者の三城 司がこの学校にいるんだろう……)
一時間目。理科の先生の話を聞き流しながら、私はさっき廊下でぶつかった三城 司について考えていた。
三城 司は、ゲームの中ではよく図書館に出没する主人公より一つ年上の先輩枠だ。
さらさらの黒髪に鋭い黒い瞳。銀縁メガネをかけていて、知的でクール、真面目な印象を受ける。主人公に対しては、最初はどちらかと言えば良い印象を持っていなかったが、次第に主人公の事を好きになるのだ。
が、恋愛では少しばかり奥手でツンデレな所もあり、頬を赤くしつつ主人公にお菓子を上げて餌付けしようとする姿に萌えた。正直に言おう、ニヤニヤしました。
勿論、彼の家もお金持ちだ。確か、彼の父親は車産業で世界トップクラスの会社を纏める社長のはず。三城 司も父親の後を継ぐ為に小さな頃から英才教育を受けているはずなのに、何故こんな平々凡々な公立学校にいるのだろう。
私は考え得る可能性をノートに書き記した。
『1、三城家が没落した。
2、三城 司が親に反抗してこの学校にきた。
3、好きな子を追ってこの学校を選んだ』
ふむ、こんなものだろうと一息つく。
まず、三城家が没落したという可能性は有り得ないだろう。何故なら、彼の家が沈没=日本経済大打撃、となるからだ。そうなっていれば自ずと私の方にも情報は入って来るはず。
二番目だが、三城 司は自身も車の産業に携わりたいとゲームの中でも常々話していたので、親の英才教育に反抗する事は低いと思う。私は、最初の2つに線を引いて消去した。
つまり、残るは『好きな子を追ってこの学校にきた』しかない。
三城 司なら、絶対やる。
ちょっとネチっこい三城 司なら、想いが募ってちょっと好きな子の後を追いかける事ぐらい絶対やる。問題は、その追いかけている相手の性別である。
(ああ、気になる! 超気になる! 相手は男ですか? 女ですか!? どっちですか!?)
私はノートの落書きを消して悶々と考え込んだ。NLでもBLでもいいから、是非とも、是非とも先輩とお知り合いになりたい。お知り合いになって先輩と恋バナに花を咲かせたい。そして先輩が真っ赤な顔をして慌てふためく姿を見ながらニヤニヤしたい。ツンデレな先輩を見てニヤニヤしたい! 今はそれだけが望みです神様!
はふぅ、とアンニュイなため息を吐きつつ、私はノートを取り始めた。
そのまま私はジリジリと放課後を待って、掃除が終わった直後に図書館へと向かった。ゲームの中でも三条 司は図書館でよく本を読んでいたし、今の彼だってそうに決まっていると思ったのだ。
「失礼します」
図書館の扉を開く。見渡せば、やっぱり司先輩の姿があった。先輩以外の人影は無く、本を読んでいる姿は美形なだけあって凄く様になっている。
「あの、三城 司先輩ですよね?」
「……そうだけど……、君は?」
彼に近づいて、私は声をかけた。
本から顔を上げた先輩は、少し眉間にシワを寄せながらこちらを見つめた。こういっちゃいけないとは思うのだが、眉間にシワを寄せる顔がとても似合っている。
私は笑顔を浮かべて、先輩に近付いた。
「初めまして、ですよね。私、紫龍 芽衣香と申します」
先輩は、眉間のシワを更に深くして、『紫龍……?』と呟いた。それからたっぷり五秒は固まって……、さぁ、と顔を青ざめさせた。見事な青ざめっぷりだった。
「え? あの、三城先ぱ……「うわああ出たぁ!!」」
ちょっと戸惑って先輩に声をかけたが、それを掻き消す勢いで三城先輩は叫んで……、もの凄い勢いのまま、図書館を飛び出した。
残されたのは、呆気に取られて動けない私と先輩が落とした分厚い本のみ。
「……え? え、ええ!? ま、待って下さい三城先輩!!」
慌てて先輩の後を追う。ていうか、何で逃げるの!? 私何かした!? もしかして、笑顔がゲス顔だった? 歪んでた?
だとしても『うわぁ出たあ!!』なんて、例え私の顔がゲス顔だったとしても失礼だと思うんだけど! 私は一所懸命走りつつ、先輩に向かって叫んだ。
「先輩! 話を聞いて下さい!」
「止めろ来るなぁ~!!」
「先輩! ちょっとだけでも!」
「まだ、まだ俺は捕まる訳にはいかない!」
何を言っているのかさっぱりなんですが。もしかして先輩は何か犯罪でも犯したんじゃなかろうか。そうこうしている内に、先輩は人気のない男子トイレへと入ってしまった。
正直言って助かった。脆弱なお嬢様体質のこの体だと、長く走っていられないからだ。ゼイゼイと肩で息をしつつも、罪を犯した犯罪者のように籠城を決め込んだ先輩に私は声をかけた。気分は『早く出て来なさい』と犯人に話しかける刑事さんだ。
「先輩、あの、私はただ、先輩と、仲良くなりたい、だけですから……」
「ふざけんな!! 俺はもう金持ち共とつるむ気はねぇ!!」
その言葉を聞いてちょっとホッとした。なんだ、紫龍財閥に反応しての拒否反応だったのか。決して、決して私の顔がゲス顔だから逃げた訳ではないんだね。
というか、金持ち共とつるむ気は無いって……。つまり、先輩は純粋にお金持ち学校に行きたくなかったからこの学校に来たのかな?
「大丈夫、ですよ、先輩。私はどっちかと、言うと、庶民的です」
「なわけあるか! 世界に名を轟かせる紫龍財閥の一人娘が庶民派な訳あるか! あの一ノ瀬財閥とも婚約を決めている癖に!!」
「あら、よく、ご存知ですね、先輩」
「るせ~!! 早くどっか行きやがれ!! 俺は、俺は、絶対あの高校には行かねえって決めてんだ!!」
「……?」
あの、高校?
息を整えつつ、私は首を傾げた。そんな私に先輩は気づかず、一人勝手にまくし立てる。
「俺はノンケなんだ!! 絶対……、絶対神月 玲が行く高校になんか行かねえ!!」
「……なんで、先輩が『俺密』に出てくる零君を知っているんですか?」
「だから、絶対金持ちとは……、え?」
ひょっこりと先輩が男子トイレから顔を出した。
「つまり、話をまとめてしまえば、先輩も転生者って事ですよね?」
「ああ、そうだ」
ひとまず人気の無いトイレの前で、私たちはお互いの事について話し合った。
現三条先輩の中身、元『斎藤 充』先輩もまた、ケータイゲームの『俺密』プレイヤーであり、私と同じように事故で死んでしまった後、転生してしまった所謂『転生者』らしい。
廊下に座り込む先輩は、疲れ切ったサラリーマンのような深い溜め息を吐いた。
「海で溺れてそのまま、な……。産まれて一々月かそこらで前の記憶が蘇って……、後は大変だった。家政婦さんや母親にオムツを代えられたり風呂で体を洗われたり……」
「まぁ、見た目子供ですし。私は小学校一年生の時に思い出したので、そういった経験は少ないですね」
「本当に羨ましいよ」
先輩が遠い目をしつつたそがれた。戻ってこい先輩。
「しかし、他にも理解者がいるっていうのは嬉しい。お前も俺が鏡華学院に行けなくなるように協力してくれ」
「……え?」
なんでそんな事しなくちゃいけないの? と首を捻る私に、先輩が説明する。
「金持ちとしての道を歩むとなれば、当然あの鏡華学院、『俺密』の世界に入っちまう」
「それが?」
「分かるだろ。俺にBLゲームの中に紛れろって? てか、あのイベントを全力で回避するに決まっているじゃん」
「えっ?」
「えっ?」
二人の間に沈黙が走る。
たっぷり5秒は見つめ合って、まず最初に口を開いたのは私だった。
「先輩、『俺蜜』プレーヤーなんですよね」
「ああ」
「だったら、先輩も少しはそっちの世界にご興味が……」
「はあ? ないない。だって、BLだぞ?」
「えっ?」
「えっ?」
またもや、二人の間に沈黙が流れる。
ちょっと今、信じられない言葉を聞いたぞ……。私はふらりと立ち上がった。
「先輩が鏡華学院にいかなかったら『三城 司』のイベントは誰が行うんですか」
「はぁ!? 俺にあのゲロ甘イベントこなせってか。相手が女ならまだしも、男だぞ!?」
「いいじゃないですか! ぇ、じゃあなんで先輩は『俺蜜』をプレイしていたんです!?」
私はてっきり、先輩も『俺蜜』プレーヤーだからそっち側の人で、むしろこの展開は美味しいですと思うとばかり思っていたのに……。
腐女子か本物(♂)くらいしか手を出さないであろうBLゲームを、何故……! と疑惑の目で見つめると、先輩は顔を赤くして呟いた。
「……BADエンドの神月 琴音ルートが大好きで……」
「先輩の邪教信者!!」
神月 琴音。主人公神月 玲の姉であり、日常的にも出演が多いキャラクターだ。BADエンドになると、大体が姉との禁断の恋で終わるのだ。
まさか、まさかそんな理由で『俺蜜』をプレイしていたなんて。私は怒りに打ち振るえた。
「ただ神月 琴音が好きって、それだけの理由で『俺蜜』をプレイしてたんですか!? 先輩それBLゲーム制作者に対する冒涜ですよ!」
「そこまで言う!? だって、超可愛いじゃん琴音ちゃん! ロリ巨乳とかマジ天使」
「玲君の方が天使ですぅ!」
「あんなのただちょっと可愛いだけだろ! BLとかマジ引くわ」
「BLはギリシャ神話にもあるんですよ! 世界共通なんですよロリ巨乳を基準にする先輩の方がドン引きです」
「うっざお前うっざ! 貧乳の癖に!」
程度の低い口喧嘩が続いたが、つい頭に血が上ってしまったからなのか、さっき走ったせいなのかは分からないが、一瞬目の前が真っ白になった。
ふらりと地面に崩れ落ちそうになる私を、先輩が慌てて支えてくれる。
「お、おいどうした?」
「た、ただの、貧血です……」
私の様子を見てか、先輩が今日はひとまず帰ろうと提案してくる。くうう悔しい。先輩にBLの素晴らしさを教えようと思ったのに!
だが、言い合っている内に結構な時間が経っているようだ。私もそろそろ帰らないといけないだろう。先輩の力を借りつつ、ヨロヨロと教室へと足を運ぶ。
「お前、何組?」
「一組です……」
「へぇ。じゃあここからは結構近いな。しょうがないから付いてってやるよ」
「ぅえ?」
「どうせお前車だろ。また倒れてもらっても困るしな」
案外、先輩は優しいらしい。フラつく私の手を取って、私の歩幅に合わせてくれる。
すぐに私の教室にたどり着いて、先輩が扉を開けた。
紅に染まる教室に、行儀よく並べられた机。一つだけポツンと残っている私の私物と、
「……おい芽衣香。その男どこのどいつだ」
静かにブチぎれる隼人。
……隼人の事完っ全に忘れてたわー。