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「いや、うん、何でもない」
はぁ……、とため息を付いた隼人はそう言って教室に入ってしまったので、私は首を傾げつつ一組の教室に足を運んだ。
小学校からの友達とグループを作る子が多く、知り合いなどいるはずもない私はとりあえず自分の席に付く。
と同時に、クラスメートの女子に四方を囲まれた。
「っ!?」
慌ててカバンを盾のように掲げる。
な、なんという速さだ。気配に気付く間も無く囲まれてしまった。もしやもうイジメ勃発!? すわ殴り合いか!? と身構える私に、バン、と私の机を叩いて一人の女の子が口を開いた。
「もしかして付き合ってるの?」「……すみません。脈絡が見えないのですけれど」
カバンを抱きかかえ怖がる私に、『ああ、ごめん!』とその女の子は謝った。
「さっきの男の子と、ええと……」
「希美ちゃん。芽衣香ちゃんだよ」
「そう! さっきの男の子と芽衣香ちゃんて、付き合ってるの!?」
「……え、えと」
いきなりの質問に、私は戸惑った。え、ていうかみんなちょっと離れて怖い!
ジリジリと輪の内面積を狭める彼女たちに、私はタジタジだ。
「まさか。私とあの人……、隼人様とは、その、幼なじみですわ」
流石に『婚約者』というのは躊躇われて、『幼なじみ』と言ってしまった。だが、私を囲む少女たちは『またまたぁ~』とにやけるばかり。
「本当は付き合ってるんでしょ」
「ていうかあの男の子、隼人君って言うんだ~」
「かっこよかったね~」
きゃぴきゃぴとハシャぐ彼女たちについて行けず、物理攻撃をして来ないと思った私は、とりあえずカバンを机の横にかけた。
私と隼人が付き合っている? 有り得ない。何故なら、ここは前私がプレイしたBLゲームなのだ。
設定では、私(芽衣香)は彼の事が好きなのだが、彼(隼人)は私の事を好きじゃない。よって、この世界の彼も私の事などただの幼なじみとして考えているに違いないのだから。
「それより、皆さんの名前を教えて下さいな。私、紫龍 芽衣香ですわ」
「あ、あたしは希美~」
「美香だよ、よろしくね~」
「幸穂~」
と各々が自己紹介をして、私は話を逸らした。
「へぇ、じゃあこのクラスのほとんどが近場の小学校の生徒なんですか」
「そうだよ。芽衣香ちゃんはどこの学校から来たの?」
「私は私立の小学校から来ましたの」
「もしかして、お嬢様学校?」「いいなぁ~」
私の席の近場を占領し、初めての会話でも中々スムーズに進んだ。こ、これが子供のコミュ力か、素晴らしい……!
「皆さんは趣味とかありますか?」
私の唐突の質問に、そこにいた女の子たちは首を傾げた。
「趣味? 趣味って程でもないけど、私は少女漫画にハマってる~」「私も! 別冊マー○レットとか毎週買ってる!」
「私はち○おかなぁ」
ふふふ、良かった漫画は皆さん読むんだね。いずれはこちら側にも足を突っ込んでいただきたいなと私は内心ほくそ笑んだ。
「て、ヤバい。一時間目は理科だから移動だよ」
「え、面倒~」
一人の声を聞いて、まるで蜘蛛の巣を散らすかのように各々の席へ教科書を取りにいった。私もカバンの中から教科書を取り出し、席を立つ。
「ほら、皆さん遅れますよ」
「芽衣香ちゃんずる~い!」
パタパタと走る彼女たちを見て、何だか懐かしいような楽しいような気持ちになる。
お嬢様学校では教室で走るなんて言語道断の場所だったし、ずっと『お嬢様らしくしなければ』と肩を張っていたからだろうか。
こういった、多少の粗相も許される雰囲気に少しテンションが上がっている自分がいた。
(でも、あまりにも砕けた話し方にならないように気をつけないと)
ここには隼人もいるのだし、ちゃんとゲーム内の『紫龍 芽衣香』のように振る舞わないと。そう決心しながら廊下に出た時、ちょうど通る人がいたのか、トンと軽く肩が通行人にぶつかってしまった。
「あ、すみません」
「いや。こちらこそ済まない」
ぶつかってしまった男子生徒は、クイッとメガネを上げてその場を立ち去った。
「芽衣香ちゃん早く~」
「あ、はい」
いつの間にか先を行っている希美ちゃんたちの後を追うべく、いけないとは分かっているが小走りで三人に駆け寄った。
しかし、今のメガネ男子綺麗な人だったなぁ。ちらりとしか見てないんだけど、もしかしたら隼人並みのイケメンになるかもしれん。メガネ男子っていいよね。どうにでも料理出来るから。攻めにも受けにもなる、まさしくオールマイティーな属性だと思うよ、メガネ男子は。
……て、
「えっ!?」
私は思わず振り返った。廊下は生徒で溢れかえっている為に、先の彼は中々見つからない。
だけど、目を皿のようにして見渡して、やっとその後ろ姿を見る事が出来た。
「えっ!?」
銀縁メガネをかけて、右手に数冊の本を持つ彼は、私に気づく筈も無く、そのまま角を曲がってしまって見えなくなってしまった。
「芽衣香ちゃ~ん?」
「どうしたの~?」
「早くしないと遅れるよ」
いきなり廊下で固まった私に三人が声をかけてくれるが、私はパニックのせいで動けなくなっていた。
「……なんで、」
なんでこの学校に、三城 司がいるんだっ!?