魔女のいない部活
今日、俺は掃除当番だった。だから、部活に行く時間がいつもより遅くなってしまった。
音楽室、と書かれた教室の扉を開けると、そこには国坂、川西、日下部の三人がすでに揃っていた。
そしてなぜか、川西が黒いハンカチを頭にのせ、日下部を追い回していた。
「待てこら~!日下部~!」
「捕まえてみろよ、黒ヒトデ川西!」
「あ、鈴木。遅かったじゃない」
川西と日下部をよそに、国坂は一人、座ってノートを開いて数学の宿題をやっていた。
「何やってんだ?」
「蜜奈が黒ヒトデをやってるの。日下部くんが黒ヒトデのこと、知らないみたいだから、体で表してるのよ」
「黒ヒトデ?」
またその話か。
「鈴木も知らない?」
「今日、川西に教えてもらった。けど、いまいち分からないな」
俺は国坂の隣の机に鞄を置き、座る。国坂は数学のノートを閉じた。
「女子の間じゃすごく流行ってるのよ、黒ヒトデ。男子は知らないのね」
「流行ってる?」
「話題になるってこと。どこのグループも、最近はずっと黒ヒトデの話ばっかりしてる」
俺は想像してみた。川西や国坂が黒ヒトデの話題で盛り上がっている様子は安易に想像できたが、元木はできなかった。元木のグループでも、黒ヒトデが流行っているのか?
「で、黒ヒトデってなんなんだ?」
俺が国坂に聞くと、なぜか日下部を追い回していた川西が立ち止まり、俺に向かって仁王立ちした。
「よくぞ聞いてくれた!この、黒ヒトデ川西が教えてあげよう!」
腰に両手をあてて、川西は黒いハンカチを頭にのせたまま説明しだした。
「黒ヒトデとは、黒いヒトデみたいな怪獣なのだ!さっき仕入れた新しい情報によると、夜、先沢公園あたりに現れて、うろつくらしい!」
「うろつく?それだけなのか?」
それは怪獣といえるのか?
「最初に黒ヒトデを見たのは、近所に住むバイト帰りの大学生で、早く家に帰る為に先沢公園を横切ろうとしたところ、公園にでっかい黒いヒトデみたいなのがいることを発見し、逃げたんだって!それ以来、公園に黒ヒトデがちょくちょく出るようになったんだって!ね、ね、すごくない!?」
ぴょんぴょん飛び上がる川西。そこへ、机の上に座った日下部が言葉を投げ掛けた。
「んなん絶対に嘘だって。作り話に決まってるだろ」
すかさず川西が反論する。
「なんでそんなことが言えるの?絶対いるよ!」
「でもお前、直接見た訳じゃないんだろ?」
「それはそうだけど、絶対いるもん!ね、鈴木!いるよね!?」
え。
俺?
「あっ、おい!鈴木を仲間に入れるな!鈴木、黒ヒトデなんかいないよな?」
「え……」
二人に迫られ、返事ができない俺。国坂を見ると、溜め息を吐いてなりゆきを見守っていた。
で、仕方なく俺が出した結論はこれだ。
「……直接確かめれば良くね?」
すると、川西と日下部は一瞬きょとんとした顔になって、頷きだした。
「そっか…そうだよね」
「確かに…そうだな」
じっと考えだした二人に、国坂が呆れ顔で言う。
「二人とも、まさか深夜に先沢公園に行こうなんて思ってないでしょうね?いい、行っちゃダメよ。危険だし、時間の無駄だわ」
しかし、行動的な二人の心には、国坂の優等生な言葉は響かなかったようだ。
「冗談だよー、琴梨ー」
「行くわけねぇだろ」
口ではそう言いながら、目が少し笑っている。
行くつもりだ、こいつら。
俺はそう思いながら、国坂同様に溜め息を吐いた。
「それより、部活のことだけど」
国坂が鞄から何かの書類を出す。いくつかのバンドスコアだった。
「9月にある学園祭には、軽音学部として公演をやらなきゃいけないみたい。だから、簡単な曲をいくつか選んできたから、この中から二つ選んで」
国坂はギターボーカルだ。優等生で学級委員の国坂は、一見ギターとは無縁そうに見える。しかし、国坂はギターが好きで、歌も上手い。これが国坂なりの、高校生としての青春なんだと思うと、今の部活の様子は、彼女にとってはかなりストレスなのだろう。
数あわせだったとはいえ、誘う人をもっと考えれば良かったと思う俺である。
ちなみに俺はベースだ。地味とか言わないでくれよ。結構大事なリズムを刻む楽器なんだからさ。
ドラムは日下部で、川西もギター。元木はキーボード。だが、俺と国坂はまだ一度も三人が楽器を手にしたところを見たことがない。
「私としては、この曲がおすすめなんだけど、どうかな?」
国坂が言う。川西と日下部はバンドスコアを見ている。
しかし、ちゃんと考えていないようだった。俺は溜め息を吐いて、携帯を開いた。
待ち受け画面は、前に隠し撮りした元木の顔だ。いまだにガラパゴス携帯の俺。よくこのでかいシャッター音で隠し撮りなんてできたな。
元木の顔を見るだけで、癒される。
変態とか言うな。本当に好きなんだ。
国坂が一通り、全ての曲を解説し終えた。
「じゃあ、このスコア一日貸しておくから、明日までに選んでおいてね」
少し気になったので、携帯を閉じて日下部が持っていたスコアを横から見た。すると、日下部が声を潜めて言った。
「今夜、十時に校門前な。来れるか?」
俺は日下部を見た。
「え……」
「川西も来るんだ」
俺は川西を見た。川西は国坂に気づかれないよう、俺に向かって口を動かし、「来て」と、口パクで言った。
…………おいおい、マジかよ。