魔女と平凡な昼休み
チャイムが鳴った。四限終了のチャイムだ。
「今日の授業はここまで。皆、ちゃんと予習復習をしなさいねー」
世界史の先生が言い、教壇を去る。俺はうーん、と伸びをした。と、俺の前に座る川西蜜奈もうーん、と、俺よりも大きく伸びをし、俺の机に頭をくっつけた。俺の目と、川西の逆さまの目があう。
「すーずーきーくーんー」
川西はショートカットの髪を揺らしながらそう言った途端、突然がばっと起き上がって正面から俺を見て、言った。
「お昼だよ!お昼!お昼お昼お昼!」
「あ、ああ。お昼だな」
「むっ。なんだそのやる気の無い声は!最近のjkは、学校で一番お昼の時間が楽しいんだぞ!ねー、千景ちゃん!」
テンションの高い川西に突然話題を振りかけられた元木(猫かぶり中)は、少し困惑した顔をしながらも頷いた。
「う、うん、そうだね」
「ほらみろ鈴木!だから、もっとテンションあげて!」
「あ、ああ」
「それでよーし!琴梨ちゃーん、おべんと食っべよー!」
いつも元気いっぱいでハイテンションな川西は、弁当を持って国坂の机に向かって行った。
川西はショートカットのフレンドリーな女子で、結構可愛い顔をしている。ま、元木には及ばないけどな。
その元木はというと、教室の真ん中の方の、国坂や川西とは違った女子のグループに向かって歩いていた。手には弁当と水筒がある。
なんで女子っていつもいつも群れんだろう。理解できない。
「なんで女子って群れるんだろうなー。な、鈴木」
そう言いながら、空いた川西の席に座る人がいた。日下部耀一。俺の一番の親友だ。体格の良い体つきに、少し長めの髪が特徴の、いわゆるチャラ男。でも何気にモテる。
俺は鞄から弁当を取りだし、日下部と共に食べ始めた。
「さあな。女子ってそういう生き物なんだよ」
「しかも噂早いじゃん?だから全然彼女作れねぇ」
そう言う割には、現在高校生活四人目の彼女がいる日下部。俺は高校生活での彼女はゼロ。元木の返事待ちであるから、他の女子に告白する気は起きない。まあ、彼女にするなら元木以外にはありえないけど。
しばらく女子の話で盛り上がっていた俺達に、食べ終えた弁当を戻しに来た川西が口をはさんだ。
「ねーねー、鈴木と日下部は、今日部活出るのー?あたしと琴梨ちゃんは出るよ!千景ちゃんは分かんないにゃー」
「もちろん俺は出るぜ。鈴木は?」
「俺も行く」
部活。
俺の所属している部活は、軽音学部という名をした、ただ遊ぶ為だけの部活だ。部員は、俺、日下部、川西、国坂、そして元木だ。
中学時代、軽音学部で国坂とバンドを組んでいた俺は、高校が同じであることを知ったとき、また軽音学部でバンドを組むことを約束した。しかし、入学式の日に顧問に入部届けを出したところ、去年在籍していた部員が上級生しかおらず、皆卒業してしまったと言われた。焦った俺達は、とにかく廃部だけは免れようと人数集めをした。
まず国坂が川西を誘い、俺が日下部を誘った。しかし役割を振ったものの、二人とも軽音学に関しては初心者で、全くバンドとして成り立たず、軽音学とは名前だけの、活動らしい活動をしない、自由な部活になってしまった。
そこへ、入る部活を探していた元木が入部した。元木は、いや、魔女は、活動しない部活を探していたのだ。
こうしてできたのが、今の部活である。
昼休みが終わり、五限開始三分前くらいになったとき、周りに誰もいなかったので俺は隣で本を読んでいる元木に聞いた。
「元木、お前さ、今日は部活でるか?」
「でない」
「何でだ?」
「魔女のお仕事があるの。それよりも、鈴木、わたしが魔女だってこと、誰にも言ってないよね?」
黒いくりくりとした瞳に睨まれ、俺は頷く。
「当たり前だろ。言ってねぇよ」
「ならいいんだけど」
「っつーか、何で知られちゃいけないんだよ?」
「魔女業に差し支えがでるから」
「魔女業ってなんだよ」
「教えない。秘密」
秘密と言われると、踏み込めない気がしてしまう俺。特に好きな子はなおさらだ。
俺は諦め、五限の用意をすることにした。鞄をとり、開ける。五限は古典だ。必要なのは、教科書と、ノートと、電子辞書と……
「ずっばーんっ!!」
「ひっ!?」
突然、俺の肩に何かが落ちてきた。俺は身を強張らせ、飛び上がった。
「……っていうのが、黒ヒトデなんだって!」
見ると、川西が後ろから俺の肩に手をおいていた。どうやら勢い良く俺の肩に手を下ろしたらしい。
「なんだ、川西か……は?黒ヒトデ?」
俺が聞くと、川西は目を見開いて大げさにのけぞった。
「鈴木、黒ヒトデを知らないの!?最近、噂になってる怪獣だよ!」
「はぁ?怪獣?」
「うん!黒いヒトデみたいな怪獣なの!最近夜に現れるんだって !あたしが知ってるのはここまで!さっきのずっばーんっは、あたしなりに考えた黒ヒトデの攻撃方法だよん!」
川西が良い終えるのと同時にチャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。俺と話をしていた川西は、慌てて自分の席に戻る。後ろを向いていた俺も、前に向き直った。
「では、古典を始めます。皆、起立。礼、着席」
着席すると、隣から折り畳まれた紙が投げられた。隣を見ると、元木が俺を見ていた。告白の返事かと思い、急いで紙を開ける。紙にはこう書かれていた。
“さっきの叫び声、女みたいだった”
………………………………………………。
俺は元木を見た。
元木は真面目に授業を受けていたが、その口が、笑っていた。