プロローグ
黒い蝶が舞った。彼女の動きに合わせて。
蝶は俺の体をかすめて飛んでいく。
「どう、鈴木?」
彼女は、元木千景は、体が強張って動かない俺に向かって笑った。元木が手を伸ばすと、その指先に黒い蝶がとまった。静かに羽を休めている。
蝶はどこから出てくるのだろう。自分の体に蝶が次々と止まるのを気にせず、俺はそう思った。俺の体にいるこいつら、どっから湧いて出てきたんだ?
「鈴木、聞いてる?」
元木が形の良い眉を潜めた。分かった。元木だ。
元木の周りに黒い霧が渦巻いていて、そこから蝶が生まれているのだ。
「ねえ、聞いてるの?殺すよ?」
だって、と、元木は言い、笑った。その笑い方はいつもの元木だ。だが、違う。いつもの元木は、黒い蝶なんか引き連れていない。黒い霧なんか出ていない。
じゃあ。
今の元木は、何なんだ……?
「わたし、魔女なんだよ?鈴木なんか、一瞬で丸焦げにできるんだよ?」
笑う元木。
いつもの、ふわっとした笑顔。
その、笑顔を見たとき。
俺の耳は、何も聞いていなかった。ただ、目だけが元木の笑顔を見ていた。その、きらきら輝いた、笑顔を。
俺の視界は、元木の笑顔だけになった。
俺は、俺の口は、勝手に動いていた。
「魔女でも構いません!俺と、付き合って下さい!」
これが全ての間違いだった。
なんで魔女になんか告白したのだろう。
いつも思う。
でも、仕方ないだろ?
男って、そういう生き物だからさ。
だから、俺は。
今日も、魔女の好きなように扱われるのだ。