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可能性の獣  作者: 咲楽桜
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異世界その1

「夏希! その怪我どうしたんだよ! 実篤とか言ったな! テメェ、夏希に何しやがった!」

 蓮の花の中を思わせる円形の部屋に降り立った夏希と実篤に駆け寄った徹也が声を上げた。

「俺がやったなら夏希と一緒に来る訳がないだろう。貴様、口を開く前に少しは頭を働かせる癖をつけろ」

 いつもの斜に構えた様子で実篤が言う。

「ひどい怪我ね。私に治療できる能力があればいいんだけど」

 明るい色に染めた髪を持つ、大人びた女性が両腕を血まみれにした夏希の前に立って言った。

 見たことのない女性を前に夏希が訝るような視線を向けると、女性は軽く首を傾げて儚げな笑みを浮かべた。

「自己紹介させてもらうわね。私は新田優子。シュガーハウスって喫茶店てウェイトレスをやっているわ。こっちは柏木美和ちゃんと周防佳奈美ちゃん」

 優子の背後に立つ二人の少女は、それぞれ怯えと気遣う視線を向けていた。

「だからこんな所出たいって言ったのよ。こんな大怪我するなんて……私達も無事って保証はないんだよ」

 怯えた表情を浮かべた少女は頭を振って言った。頭の動きに合わせてセーラー服の襟と少しだけ脱色したセミロングの髪が揺れる。

「美和、出口があるなら私だってこんな訳の分からない場所は出たいわ。それよりあなたの能力でこの傷をどうにかできない?」

「どうにかって無理よ! 私が出せるのは本物じゃないんだし」

 相変わらず頭を振って少女は言う。

「取り敢えず止血した方がいいかも。良く分からないけどこういう時ってそうじゃない?」

 黒髪をショートカットにした、小麦色の肌の少女が言う。半袖の運動着とショートパンツ姿で、部活の最中に連れて来られたのではないかと夏希は推測した。

「止血って……」

 徹也が思考停止した様子で口にすると、佳奈美はスポーツバッグを開けると白いブラウスを取り出し、裾に歯を立てて2つに破った。

「これで縛れば少しはマシじゃない?」

 佳奈美が破いたブラウスで腕の付け根を強く縛る。

「こんな事してくれなくても……」

 夏希は生命力に溢れた大きな黒い瞳を見て言った。痛みで頭がぼんやりとはしていたが、黒い大きな瞳が磨きあげた宝石のように美しく、少し癖のある黒髪が瑞々しい印象を強めていた。

 落ち着いた様子の優子とはまた違った美しさだ。

「困った時はお互い様って言うじゃん。ここの外が寒かったらそのブレザー貸してもらうから。ね」

 佳奈美が元気づけるように笑みを浮かべて言う。

「あんたたち馬鹿じゃないの。外って、この葉っぱ内側から開かないじゃない」

 拳で薄桃色の壁を叩いて美和が言う。壁は花弁のように折り重なっており、夏希たちが落ちてきた天井部分だけがぽっかりと空いている。

「お前たち、俺達より少しは状況が分かっているようだな。状況を教えろ」

 抱えていた夏希を床に座らせて実篤が四人の顔を見回した。

「状況も何も迷路ン中歩いて、気がついたら後戻りできなくなってて、昔夢で見たような動物みたいのが出てきて、スマホのカードと一緒になったんだ」

「貴様は黙れ。貴様の説明では分かるものも分からなくなる。お姉さん……同い年だったすみません。状況を教えてもらえませんか?」

 実篤が遜って優子に向かって言う。

「ンだとゴルァ! 人が丁寧に……」

「徹也くん、けが人の前よ」

 優子に言われて徹也は空気の抜けた風船のように大人しくなった。

「私も状況が飲み込めている訳じゃないの。私達もあなたたちと同じように通路の真ん中で気がついたの。美和ちゃんが少しだけタロットの事を知ってて、正位置の方がいいっていう事になって取り敢えずそっちの方に歩いたの。結局、気づいた時には全員迷路の別々の場所に飛ばされちゃってたんだけど」

「RPGのダンジョンみたいな感じか?」

 実篤が言うと、優子は分からないといった様子で首を傾げた。

「RPGは分からないけど、それで迷路の中を進んだんだけど、歩いたすぐ後ろが壁になって行くのね。で、前に進むしかない訳。所々で人生の分岐点みたいな思い出が出てきて……これはイメージみたいなものね。で、自分が絶望した時に身体から抜け出た獣が出てきたの」

 獣、と、言った時に優子の表情に影が差した。

「その時……過去の話になるけど、その獣が身体から抜け出た時、咄嗟に名前を呼んだのね。そうしたら身体から出た鎖がその獣を縛って、でも獣も鎖も見えなくなって、そんな事があった事さえ忘れていたの。それが、迷路の最後に出てきて声が響いたの」

 未体験である事もあり、夏希は実篤と共に優子の顔を見つめた。大人びて見えるが、実年齢は思うほど上ではないらしい。立ち振舞に現れる落ち着きがその印象を強めているだけのようだった。

「我はお前が捨てた希望の半身、歩む事ができた可能性の獣。断ち切れぬ鎖に囚われし魂の罪人。再び業を背負い可能性のを我が物とするなら我が名を呼べ。何か芝居がかってると思ったんだけど、それが自分の分身だって、何となく、本当に何となくそう思ったの。それで、昔それが身体から抜け出た時に呼んだ名前を呼んだの。そうしたら身体と繋がっていた鎖が切れて、鎖と一つになった獣が人の形になって……」

 その瞬間、優子の背後に周囲の空気が吸い寄せられた。何か強大な力の存在が知覚され、全身に微細な青白い電光をまとった常人の二倍ほどの筋骨逞しい人型のものが現れた。

 ロボットのような、西洋甲冑のようなそれの手には巨大なハンマーが握られていた。

「これが出てきて、正面のドアが開いたらここだった。という訳。因みにこの花弁はこのハンマーで殴っても壊れないわ」

 優子の獣が無念そうに壁を眺める。清楚な印象の優子とは対照的な怪物だ。

「と、いう事は全員この獣を扱えるという訳か?」

 実篤が確かめるように全員に向かって言う。

「それがあたしは何かダメみたいなんだ。何かスライムみたいなの」

 ショートカットの美少女が残念そうに言うと、彼女の前に現れた粘液状の物体が残念そうに力なく揺れた。

「俺は凄えぞ!」

 徹也が言うと一瞬背後に現れた人型が積み木であったかのようにバラバラに分解され、突き出した右腕に絡まって巨大な銃を形成した。

「フン、怪我を治すには何の役に立たんな。非生産的で実にお前らしい」

 実篤は吐き捨てるように言うと美和に目を向けた。

「貴様は何ができる?」

「あんたたちおかしいんじゃない? こんなの夢に決まってるじゃない! こんなもの見せ合っても意味ないじゃん!」

「フン、余程役に立たないものが出たようだな。何の取り柄もない自分を見るようで自己嫌悪に陥るか」

 言った実篤の背後に光の粒子が集まり、凝縮して一瞬人型を取ったかと思うと黄金の椅子に姿を変えた。

 実篤はそれが当然であるかのように椅子に身体を預けた。

「俺は皇帝だ」

 それが似合い過ぎていて、夏希は改めて実篤の生来の気品のようなものを感じ取った。身体を売っていると言った彼とは全く別人のようだ。

「だから何よ」

 美和が口を尖らせて言うと、実篤は優子に顔を向けて指をパチンと鳴らした。

 突如として空中に出現した虹色の光彩を放つ光の円柱が、優子の獣に降り注ぎ、獣の身体を透過してそのまま床に吸い込まれていった。

 が、消えた光の跡に残されていた獣には変化が残されていた。

 ロボットと甲冑の間の子のようだった外見はより勇ましく、その継ぎ合わされたパーツの隙間からはLEDのような燐光が漏れていた。

 その手に握られたハンマーも鈍器というより戦鎚に近い形状に変化している。

「分かるな? 俺を敵に回さない方が得だ」

 肘掛けに肘をついて実篤は言った。

「だからって偉そうに言わないでよ! あんたにそんな事言われる筋合い無いわよ!」

「そうだぜ! テメェに仕切られる覚えは無え! 第一テメェ本人は戦えんのかよ!」

 美和に続いて徹也も声を上げる。

「試してみるか?」

 実篤が口元に不敵な笑みを浮かべたその時、花弁の一枚が外側に向かって開いた。

 空の明るさとは対照的なトンネルを思わせる暗がりの中から、西洋の修道士が着ているようなベージュの薄汚れた法衣を着た人物が室内に入ってきた。

「お疲れ様でした。旅路はいかがでしたか?」

 表情を覗うことのできないフードの下から年齢も性別も判然としない掠れた声が響く。

「あんた誰? あんたが私達をさらってきたの!」

 美和が声を上げたが、法衣の人物は顔を上げようとはしなかった。

「おや? 怪我を負われた方がおられますな。旅路は決して危険なものではないのですが」

「充分バイオレンスだったと思うけど」

 夏希は痛みに顔を歪めながら嘯いた。

「治してくれるのか?」

 夏希が問うと法衣は頭を振った。

「我ら偽人には何の力もありません」

「偽人? 何だそりゃ? 何の力もねぇ割には俺たちの知らねぇ事を良く知ってそうじゃねぇか」

 肩を怒らせて徹也が偽人に歩み寄る。

「左様、我らはこの世界の住人故、この世界の事を幾らかは存じております」

「この世界、と、言ったな。それは俺たちの住んでいた世界と異なる次元という意味か?」

 実篤が椅子を消して立ち上がって言った。

「極めて近く、極めて遠いという言い方しかできません」

「近いのか遠いのかはっきりしてよ! どうでもいいから帰してよ!」

 美和が叫ぶと偽人は頭を振った。

「我らに境界は越えられませぬ。人の子にも境界を超える事はできませぬ。故に近くて遠いのでございます」

「人が超えられねぇなら何で俺たちはここに居んだ? 理屈に合わねぇじゃねぇか」

 徹也が偽人に詰め寄る。

「皆様は可能性を服従させ、ファミリアとされた狩人故、この世界に順応したのです」

「ファミリア?」

 実篤が眉を顰めると、偽人は言葉を継いだ。

「仮にそう呼ばれております。以前やってきた人の子がそう名付けたのでございます。獣というのは呼びづらく、その真名は呼びにくいとの事で」

「他にも人がいるのね?」

 優子が訪ねると偽人は首を縦に振った。

「多くございます」

「で、俺たちは帰れんのか? 俺たちン家からどんぐらい離れてんだ」

 苛立った様子で徹也が言う。

「距離はありません。私はあなたの家族であり、隣人であり、他人です」

「訳分かんねぇ事言ってんじゃねぇぞ! ゴルァ!」

 徹也が偽人のフードを手で跳ね除けた。

 その瞬間、居合わせた六人は同時に言葉を失った。

 それは人だった。

 正確には人に似た何かだった。目も口も鼻も耳もあるが、のっぺりとして個性というものが全く感じられず、また、頭にも一本も毛が生えておらず、ゆで卵に取り敢えず顔のパーツを貼りつけただけのように見える。

 人として欠けた部分はないのだが、その印象の薄さは空恐ろしさを感じさせる。

「皆驚かれます。見慣れていても直に見ると中々印象が強いようです」

 フードをかぶりなおして偽人が言う。

「見慣れるって……あたし、あなたに会うの初めてなんだけどな」

 引きつった笑顔を浮かべて佳奈美が言う。

「可能性の獣を失った人間は皆我々同様偽人になります」

「その辺りが理解できんな。そもそも可能性の獣とは何だ? 可能性の獣とこの世界はどう関わっている?」

 実篤が訪ねると偽人は一瞬言葉を選ぶような素振りを見せた。

「人は生まれながらに可能性の獣を身中に飼っています。この獣の働きで人は物事を成し遂げる。即ち、可能性を現実にするのです。しかし、多くの人は可能性に疑問を抱き、また可能性を諦めます。すると身中の可能性の獣は身体を離れてしまいます。つまり、物事を成就する力がなくなります。獣は身体を抜け出るとこの世界へとやって来ます。この世界は咎の世界。我々偽人は可能性を失った人間が日々生み出す業を負ってそれを消化し、人間を活かす手助けをしています。可能性を失った人間は夢も希望も持たぬが故、ほうっておけば自ら生み出す業でたやすく死んでしまいますから。ですから人の数だけ偽人は存在します」

「俺たちの可能性はどうして……その、ファミリアになったんだ?」

 偽人の言葉を駆け足で追いかけるようにして実篤が言う。

「可能性の獣は通常抜け出ていく時に姿を見せません。ただし、強い思念が働いた時、つまり一気に一塊になって出て行く時、その姿が見える事があります。普通、それを知覚できても、それを引き止める事はできません。身体を抜け出れば可能性は理性のない獣そのものになりますからな。しかし、それに名を与えれば束縛する事が可能です。もちろんその名はその人間にとって意味のある名でなければなりませんが」

「可能性の獣を束縛した人としなかった人の違いって何なの?」

 優子の問いに偽人は小さく息を吐いた。

「人間として、人の世で生きる分には獣を束縛しようとしまいと変わりません。どちらも身体から抜け出ていますからな。可能性はなく、惰性で生きるだけです。ですが、獣を束縛している人間は獣を通じてこの世界に身を置く事が可能です。この世界は獣と偽人の世界ですから」

「獣が抜け出なかった人間はどうなっているんだ?」

 実篤が訊ねると偽人は、

「そちらの世界では成功者と呼ばれていますな。夢を実現する者は獣をその身で飼い続けた者。数多の人の海の底の底、砂粒に混じる砂金ほどの人間の事でございます」

「では束縛し、この世界に来た俺たちはこの先どうなるんだ?」

 実篤が言うと偽人は淡々とした口調で応じた。

「可能性と共生し、この世界に跋扈する獣を狩って頂きます。後はご自由にされるがよろしいでしょう。ファミリアの力を使ってどう生きられるかは皆様の自由です」

「その獣を狩らないとどうなる訳?」

「暴れて我らを喰らいます。偽人という影を失った人間はその身に業を背負い、自ら生み出す漆黒の炎に焼かれて命を絶ちます。そちらの世界で自殺と呼ばれる現象ですな」

 優子の問いに偽人は平然として答えた。

「つまり、何だ、その、俺達の来た世界を守りたかったら戦えって事か?」

 徹也が信じられないといった口調で言うと、偽人は首を縦に振った。

「左様でございます」

「俺たちに何の利益もない話だな。世の中のウジ虫どもがレミングのように集団自殺しようと俺には関係ない」

 実篤が鼻を鳴らして言った。

「皆様がこの世界で生きるのに、ささやかながら我ら偽人の祝福があります。我ら偽人の回す輪転機の生み出す力が陰と陽のクリスタルに力を与え、皆様のアルカナの力を増幅します。獣を多く狩れば狩った分だけ輪転機に巻き取られるエネルギーが増し、クリスタルの力が増大し、その力が皆様のファミリアに力を与えるのです」

「獣を狩れば狩っただけ強くなれるって事か」

 徹也が確かめるようにして言う。

「まだ分からんな。この世界で強くなる事に何の意味がある。そもそも、俺達は元の世界に戻れるのか?」

「これまで元の世界に戻られた方はおられません」

 実篤の問いに偽人は答えた。

「冗談じゃないわよ! こんなの馬鹿げてる! 獣を狩るってオンラインゲームじゃないのよ! とっとと帰してよ! 夢なら覚めてよ!」

 美和がヒステリックに声を上げる。

「強くなってどうなる? この世界にはどれくらいの人間がいて、どうなっている?」

 実篤が訊ねると偽人は首を振った。

「分かりません。偽人は数を数えるという事ができません。輪転機を回し、業を巻き取るだけの存在です。皆様の手助けをする事があっても、それはその偽人がそれをしているのではなく、偽人という集団がそうしているのです。我らに自我はなく、記憶もなく、全てが共有された集団個なのです」

「つまり、この世界で人間が何をしようと知った事ではないという事か」

 実篤が鼻を鳴らすと偽人は首を縦に振った。

「で、ここはどこな訳? この世界にも場所って考え方はあるんでしょ?」

 佳奈美が言うと偽人はフードに隠れたままの顔を向けた。

「陽、アルカナで正を示す輪転機……クリスタルを祭った神殿のようなものとお考えください。その中にある旅人の間です」

「神殿の外は?」

「我々の関知する所ではありません」

 佳奈美の問いに偽人はにべもなく答えた。

「つまり、偽人は人間の世界の人間を活かすだけの機械みたいなもので、そもそも直接人間に干渉してる訳じゃないからこちらにやって来た人間にも関与しないって事か」

 夏希はこれまでの偽人の言葉を総合して言った。

「左様でございます」

「だから、こちらにやって来た人間がクリスタルの力を使って何をしようと知った事ではない、と」

「左様でございます」

「神殿の外の事は人間同士が決めている。考えようによってはクリスタルとファミリアの力で支配する者とされる者がいる可能性もある」

「左様でございます」

「つまり、ここにいる六人でさえ、協力するかしないかは任意だと」

「左様でございます」

 夏希の確認の言葉に偽人は淡々と応じた。

「ちょっと待って、この世界で死んだらどうなるの?」

 美和の言葉に偽人はこれまでと同じ調子で答えた。

「死はあちらでもこちらでも等しく死です」

「天国とかないわけ? 生まれ変わりとか?」

「それは人が死に対して考えた概念で、この世の物理法則の全てが人間の概念に従うという事はありません」

「こんなたわけた世界は存在するのにな」

 実篤は吐き捨てるようにして言った。 

「つまり死んだら終わり、ゲームオーバーって訳か」

 徹也が観念したように言った。

「まぁ、それは向こうもこっちも同じ事じゃないの。後はどっちの世界が快適かって事くらいよね」

 どこか蓮っ葉さを感じさせる口調で優子が言った。

「何みんな納得してんのよ! みんな状況分かってんの?」

「飲み込めないのは貴様の方だ。この異常な空間、ファミリアという異常な力、そしてこの玉子人間。俺たちの常識で考えるだけ無意味だろう。状況を否定するより身の振り方を考えた方がいいんじゃないか?」

 実篤は美和に、というよりは全員に向かって言うような口調で言った。

「身の振り方ってぇどういう事だよ」

 ギロリ、と、徹也が実篤を睨む。

「俺の力はさっき見せた通りだ。俺と組むか敵対するか、この場で考えるまでも無かろう。それとも試しに敵対してみるか?」

「テメェ本人が強ええって訳じゃねぇだろが! スカしてんじゃねぇぞ」

 徹也から出たジャスティスがファイティングポーズを取る。

 刹那、ジャスティスをくぐり抜けるようにして実篤が徹也に肉薄した。

「二人とも止めろ!」

 夏希が叫んだが二人は既に止められる状態ではなかった。

 実篤の掌底が徹也の顎を捕らえ、ジャスティスが実篤の身体を蹴り飛ばす。

 徹也の顔面が鋼鉄に覆われ、ジャスティスの蹴りを実篤のエンペラーが受け止める。

「ファミリアごとに能力は違う。だからと言ってファミリアの力が均一とは限らんぞ!」

 エンペラーがジャスティスの足を掴んで振り上げ、床に叩きつける。

 瞬時に全身金属と化したジャスティスが鈍い音を立てて床にめり込む。

 鋼鉄でも痛いものは痛いのだろう、徹也の顔に苦痛の色が浮かぶ。

 ジャスティスの腕が銃口に変わり、銃声を響かせる。

 弾丸を受けた実篤の身体が一瞬よろめく。

「ほ、本気じゃねぇ、まさか、ホントに……」

 徹也が自分のした事が理解できないといった様子で呆然と呟く。

 と、実篤が低い笑い声を立てた。

「効く訳ないだろう? 気づいていなかったか? 俺たちのカードにタロットのアルカナ以外に数字が書かれていた事に」

 まるで何事も無かったかのように実篤が傲然と胸を反らせて立つ。

「俺のカードのナンバーは十三、トランプだとキングだ。これがどういう意味か分かるか?」

 実篤の言葉に夏希以外の四人がスマホを取り出す。

「タロットは能力を、数字はパワーを表す。そうだな、偽人」

 実篤の言葉に偽人が首を縦に振る。

「左様でございます」

「クソッ! 俺のは十だ!」

「あんた、迂闊に自分の数字言うんじゃないよ!」

 優子が任侠の姐のような迫力のある口調で言う。

「と、いう事はだ、お前も十三以下、この場で俺に匹敵するのは誰もいないという事だ」

「私は何も言ってないでしょ!」

 佳奈美が声を上げる。

「そのスライムで何ができる?」

「止めろ実篤! 自分から敵を作る事ないだろ! お前のスキルだって、仲間がいて意味があるもんだろ!」

 腕の欠損したハングドマンを出して夏希は言った。

「確かに夏希の言う通りだ。だが、力関係をはっきりさせておくに越した事はない」

「力なんてどうでもいいだろ! 俺たちの敵は獣ってやつだろ! 俺たちがいがみ合う必要なんてない!」

「チームにはリーダーが必要だ。獅子の群れも羊に率いられれば犬にも劣る」

「獅子も力で支配しようとすれば羊の群れにも逃げられる! 実篤は力の使い方を誤ってる!」

「この先、俺と同じ十三を持ってるヤツがどれだけ出てくるか? 皇帝の力は恐らく対象の数字を底上げする力だ。だとすれば、他の皇帝も高い数字の相手と組んでいる可能性が高い。いいか、皇帝ってカードは他のカードと組む事でゲームを左右できるんだ」

「だから最強で、支配する権利があるとでも? それは傲慢だ!」

「貧弱なウサギで何ができる? 夏希、俺と組め。お前は俺が守ってやる」

「俺は実篤に守られたいなんて思わない! 友達ってそういうモンじゃないだろ!」

「私、夏希くんに賛成」

 佳奈美のスライムが夏希のハングドマンに並ぶ。

「お前ら、自分たちの力が分かっているのか?」

「分からない! でも、力の強さと心の強さは別! 力は最期には心の力に答える!」

 佳奈美が叫んだ瞬間、スライムが光に包まれ、ハングドマンに姿を変えた。

 しかし、変化はそれに留まらなかった。

 光の中で二体のハングドマンが融合し、欠損した腕を修復しただけでなく一回り大きく、装甲も戦闘的なものに変化したのだ。

「あなたが我を通そうとするなら、私達があなたを止める!」

 佳奈美の宣言に答えるようにハングドマンがファイティングポーズを取る。

「吠えるなスライム!」

 エンペラーの右手に杖が出現し、ハングドマンに殴りかかった。

「止めろ実篤!」

 ハングドマンの腕が暴風をまとってエンペラーの杖を弾き飛ばす。

「な……」

 実篤は信じられないといった様子で自分の右手に目を落とした。

 そこには刻まれたばかりの打撃痕が残されていた。

「馬鹿な……9の夏希にこの俺が……」

 エンペラーが仕切りなおすかのようにファイティングポーズを取る。先ほどは警戒していなかったのか無造作に杖を振っただけだったが、今度は違うとでも言うかのようだった。

「実篤、馬鹿な事は止めろ。俺たちは協力すべきだ。主導権争いなんて意味ないだろ」

「意味があるかないかは俺が決める!」

 エンペラーの動きは喧嘩慣れした、昨日まで夏希が格闘技だと思い込んでいた動作でハングドマンに殴りかかった。

 ハングドマンはそれをかわそうとしたが、その動きが仇となって鋭い下段蹴りを膝に叩きこまれた。

 夏希も中学時代は散々喧嘩をしたが、中学生の取っ組み合いの喧嘩と、一回り身体の大きくなった高校生の戦い方とでは動きに大きな差がある。

 膝に強烈な蹴りを食らって、ハングドマンはよろめく筈だった。

 しかし、ハングドマンは倒れなかった。

「いっけぇ!」

 佳奈美が叫び、無造作だがモーションが見えない程の速さでハングドマンのパンチが繰り出される。

 ありえない体勢からのありえないパンチであったが、エンペラーは良く反応し、腕を上げてそのパンチをガードした。

 しかし、その破壊力はエンペラーの防御力を超えていた。

 腕が勢い良く弾かれ、エンペラーはたたらを踏んだ。

「ばっ、かな……」

 腕を抑えた実篤が呆然と呟くと、スマホの画面を見ていた美和が呟いた。

「ワンペア……」

 その言葉に五人の視線が集中した。

「え、あ、だってスマホに表示されてるから……」

 美和がスマホの液晶画面を五人に見えるように見せる。

 そこにはハングドマンワンペア18点と表示されている。

「ワンペアって……ポーカーの?」

 呆気にとられた様子で優子が口にする。

「ポーカーだぁ? ふざけてんのか」

 徹也が声を上げる。

「と、いう事は、みんな、これがカードだとしたら、俺達は良く考えなきゃならない。俺は9、実篤は13、優子さんはすごく強そうだけど」

「あたしは11だよ」

「徹也」

「10だよ、悪かったな」

「で、美和さん」

「12……悪魔だけど……」

「偶然かも知れないけど、これで一応ストレートだ。今俺と佳奈美さんでワンペアの18点だ。でも五人のストレートなら理屈の上ではレットイットライドで五人の点数×五倍、275点だ。俺たちが組んでいる限り、フラッシュ以上の役が相手にならない限り負ける事は無い」

 夏希は断言した。ポーカーは実篤と一時期ハマっていた時期があって点数を覚えていたのだ。

「あたしのカード、点数ないし愚者なんだけど……」

 申し訳なさそうに佳奈美が言う。

「いいんだ。愚者は恐らくジョーカーだ。単体での点数はないけどどんなカードにも置き換えられる。この中で誰か戦闘不能になっても交替する事ができる」

「誰かが出て行ってもって事でもあるけどな」

 実篤を睨んで徹也が言う。

「いや、実篤は動かない方がいい。ストレートの場合ワイルドカードを使ったものは同じ役でも下になる。現時点でストレートが揃っているから非常時以外はワイルドカードを使うべきじゃない」

 夏希はルールを知っている実篤以外に向かって言った。

「つまり、あたい達のカードはタロットカードの能力とトランプの点数とチームの点数で強さが変わるって事ね」

 どんどんやさぐれた口調になる優子が言った。

「でもよ、この世界に人が来る時って、みんながみんなストレートって事なんか? だったら強いも弱いも無えと思うんだけどよ」

 徹也が言うと偽人が口を開いた。

「旅人はアルカナも点数もランダムです。お客様方は運が良かった。中にはブタで出発される方もいらっしゃいます。獣もアルカナとナンバーを頂いておりますので、運が悪ければ出ていきなり全滅という方々もいらっしゃいます」 

「そいつらァ、アルカナとか得点の事知ってたのかよ」

 平然と人の死を口にする偽人に怒りを覚えたらしい徹也が、偽人の襟首を掴んで額がつく程の距離で睨みつける。

「知っておられる旅人もいれば、知らない方もおられました」

 相変わらずの態度で偽人が答える。

「実に理想的な回答だな。ゴマ団子、ここは俺たちが居た世界より遥かに公平だ。知恵と力のある者が優先的に生き延びられるのだからな」

 低い笑い声を立てて実篤が言う。

「ざけんじゃねぇ! テメェら人間の命を何だと思ってやがる!」

 徹也が偽人を襟首を掴んだまま壁に叩きつけた。

 常人であれば軽傷でも息を詰まらせるであろう衝撃を受けた偽人の口元が、目は無表情のまま三日月形に歪んだ。

 徹也がその奇怪な表情を見て手を放した瞬間、

 ピシリ

 と、卵にヒビが入るような音が響いた。

 卵から雛が孵るかのように、卵の殻の割れる音が連続して響き、打ち付けた後頭部から偽人の顔面に向かって無数のヒビが走った。

「かっ!」

 目をかまぼこ型にし、気味の悪い笑い声を上げて偽人は粉々に崩れ落ちた。

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