プロローグ
満天の青空。
穏やかな日差し。
平和な風。
とある小さな村の木造建築の一軒家で、雨崎葉智郎はその全てを全身で受け止めて眠っている。
呑気だと笑う周りの者の声が彼には聞こえているのか、彼は天に鼻先を向け、あざ笑う様に笑みを浮かべるのだった。
彼がこの小さな村にやってきたのはつい最近のことだ。
周りの者は彼に近寄ろうとはしない。
何故なら彼はどこからやってきたのか解らないからだ。
突然、この村にやってきて
。
今日もこの異世界は平和だ。
そんな中、時折考えることがある。僕はこの異世界に吸い込まれて何年の月日が経ったのだろう。
考えてみれば、かなり長い月日を過ごしいてるような気がする。
これは僕の予想ではあるが、恐らく三年くらいは経っているだろう。
しかし、異世界となれば当然、退屈になる。
僕が居た世界の遊び道具は勿論無いし、そもそもこの異世界は僕が居た世界とは大きく異なる。だからこそ異世界なのだ。
この異世界と、僕が居た世界と最も違うことと言えば、この異世界の地面は砂漠しか無い、ということだろう。
悪い例えだが、核爆弾でも落とされてしまったかのような感じだ。
しかし、家はある。家が無かったのなら僕はもう死んでいるだろう。そして、匿ってもらうことも無かっただろう。
「おーい、雨崎。今日はどこをほっつき歩いてんだ?」
声がした方を見ると、古い木造の家に二十代前半くらいの茶髪で着物を着た男が足を横に組みながら僕に手を振っていた。
「ああ、おやっさん」
この男性は、僕がこの異世界に落ちたときに匿ってくれた、とても親切な人である。
親切と言っても、本当はえぐい性格だったりするらしい。と、近くの住人から聞いたことがある。ただし、聞いただけであって本当にえぐい性格なのかは解らない。実際に、僕はおやっさんがえぐいところを見たことがない。
話によれば、人殺しをしたことがあると聞いたが、僕を匿ってくれた事実があるのだから僕はおやっさんを疑うことを出来ればしたくない。
「今日も着物がお似合いですね」
いつもと変わらず、お世辞を吐いて、少し笑う。
それに対しておやっさんは
「お世辞は寄せよ、こんな汚い着物がお似合いだって? 冗談じゃない。ナンセンスだ」
と、いつも通り、笑い混じりに言うのだった。
汚い着物。
そう言われて想像するのは、やはり貧相で一銭も無駄に出来ない生活だろう。
だが、この世界では、≪働く≫という概念がまったく無く、まるで、引きこもりの様な概念であるが、まったくお金には困らないのである。
それでは、食べる物はどうするのかと聞かれれば、この世界の住人は平然とこう答えるだろう
『食べるってなんだよ』
何を言っているか解らないと思うが、つまり、この異世界では食べ物無しで生きていける、ということだ。
僕だって最初に聞いたときは驚いた。だが、これが本当だから困るのだ。
僕はこの異世界に来てから食べ物を一切食べていないし、食べ物を見たことすらない。
そして、腹は一向に減らず、お腹も空腹を知らせる音色は、この世界に来てから一度も奏でていない。
嬉しい悲鳴と言うのはこういうことを言うのだろう。
しかし、≪食べる≫という概念が無いのなら、≪飲む≫という概念も無いのでは?
そんなことは無い。飲み物はちゃんとある。というか飲まないと死ぬ。
この異世界の住人にとって≪飲む≫ということは僕が元いた世界での言葉を使うと、朝食、や昼食ということになる。もっと言えば昼飲なのだけれど、それは別として考えて頂きたい。
「それで、今日は何の用ですか? 厄介事は御免ですよ」
僕はおやっさんに言った。
厄介事。
それは、僕がおやっさんに匿ってもらっているお礼として一日に厄介事を一回だけ聞くというものだ。
どうやら、おやっさんは人との接触を避けたいようで、僕に頼む厄介事は大抵、他人とのコミュニケーションなのである。
数秒間が空いて、僕の問いにおやっさんは頭を掻きながら
「今日の用は超重要だ。 それも超特大、大サービスだよ」
と苦笑いしながら言った。
「少なくとも、僕にはサービスしてませんよね」
「はは、それもそうだな。ま、それでもお前は受け入れるんだろ?」
おやっさんは僕の心を見透かしたように笑う。
「僕はおやっさんと違って他人とのコミュニケーションを大事にするんですよ」
「他人なんて信用できねぇ」
「屁理屈ですよ、そんなの」
「そんなことより本題に入ろう」
おやっさんは話を無理やり変えた。
そして、真剣な真顔になった。真剣ではない真顔があるかどうか聞かれたら、僕は真剣ではな真顔が出来る人がいないだろうと答えるだろけど。
「お前、≪仙人掌使い≫って知ってるか?」
おやっさんが口にした単語は異世界から来た僕にも聞き覚えがある言葉だった。
「≪仙人掌使い≫って・・・あの少女のことですか?」
仙人掌使い。
それは、一人の少女が仙人から授かった掌を中心に使った拳法である。
この拳法は、別名、仙人掌券とも呼ばれている。何故そう呼ばれているかは不明だが。
実を言うと僕は仙人掌使いの少女と対決したことがあるのだが、不幸なことに僕はその強力な一撃を防御無しで喰らってしまった。正直に言うと、拳が早すぎて見えない。同時に物凄く痛い。
勝敗は言わなくても解るだろう。
「それで、あの≪仙人掌使い≫がどうしたんですか?」
僕はおやっさんに聞く。
「ああ、えっとな・・・」
おやっさんが少しためらう。
言いにくいことなんだろうか?
「無理して言わなくてもいいですよ?」
「いや、いい、大丈夫だ。 というか言わなくちゃお前が死ぬ」
「え?」
そんな馬鹿な。
「良し。言うぞ。実はな・・・」
おやっさんが少し苦笑しながら
「その仙人掌使いがお前に喧嘩を売ってきたんだよ」
と言った。
「・・・マジですか」
今の僕の顔は恐らく直視できない程に酷いものだろう。
おやっさんが大爆笑した。
「ま、仕方ないんじゃないか? お前とあいつは色々繋がっているからな。勿論、悪い意味で」
おやっさん声が高くなりながら言う。
なんだか、道端に落ちているゴミの気分だ。
しかし、僕があの少女に喧嘩を売られるようなことをしただろうか?
最近会った記憶もないし。
というか、もう二度と会いたくもないし。
「とにかく、今すぐあいつの所に行ってやれ。じゃなきゃ、本当に殺されかねないぞ」
少女は短気なのだ。
「そうですね・・・」
僕はそう言って少女の元へと走って行った。
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