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第一章-E

 


「で、お姫様にパーティーに誘われて、鼻の下伸ばしてるってわけか」


(何を怒っているんだ、こいつは……)


 クロノスは気づかれないように、そっとため息を吐いた。


「こら! オレの話を聞け!」


 ウラノスがいつものしかめっ面をさらにしかめた。


 天球城から下町への帰り道。 

 帝都の北区、ディルバール大橋を抜けた先で、彼女と合流したのだ。

 騎士叙勲式の後、夜会用のスーツを買いにいくと告げると、ウラノスも勝手に着いてきた。

 よほど暇だったのだろうか。

 

「てめぇがスーツなんて似合わないんだよ。ファッションセンスの欠片もないてめぇにゃあな」


(それはこっちの台詞だ)

 

 白けた目線で彼女の服装を見た。


「あんだよ?」


 迷彩色のクラッシュジーンズに、タイトな黒のタンクトップ。袖を丸めてノースリーブにしており、胸がやけに強調されていた。へそが丸見えで、程良く焼けた素肌が眩しい。

 なんて露出の高い服装だ。

 本当にこいつ、貴族令嬢かと言いたくなる。

 クロノスは全く抑揚のない声で、注意した。

 

「もっと慎みをもて」


「てめぇはオレの親父かよ!」


「周りの女性を見てみろ。明らかにお前だけ浮いてるだろうが」


「はっ、なんでオレが周りに合わさなきゃいけないんだよ。こんな糞暑い中、ロングスカートとか馬鹿じゃねぇの」


 クロノスはため息をついた。

 家柄がいいのに、なぜウラノスに女友達が少ないのか。その理由がわかった気がする。

 感性が独特すぎて、他の女子がついてこれないのだろう。

 帝都の一般的観念として、女性は肌の露出を恥ずかしがる傾向にある。たくさん着飾っている方が、高貴だという偏見が残っているのだ。

 女性はいつも帝国貴婦人を理想として、ファッションセンスを磨く。

 よって必然的に厚着になるのだ。


「それより、これでやっとてめぇも帝国騎士か。オレなんか軍学校に入った当時から持ってた称号なのによ」


「アルキナス卿が上級神格位を持つ貴族だからだろう」


 クロノスは少しむっとなった。

 自分の出生のことで馬鹿にされるのは慣れている。しかし、実力で彼女に負けているとは思わなかった。

 お互い喧嘩腰になってしまう。

 

「なんだよ、クロノス。それじゃあ、オレが親の七光りだって言いたいのかよ」


「そうは言ってない。お前の実力は俺がよく知ってる」


「え?」

 

 目を丸くするウラノス。

 彼女はパリスパイロットとして、十分にエースクラスの実力を持っていた。

 扱いにくいパンドラという機体をうまく操縦している。さらに、機体の姿勢制御技術はクロノスよりもうまい。


「お前が実は、影で必死に努力していることを俺は知ってる。家柄だけの弱っちい奴らとお前は違う」


「な、ななな」


 なぜかどもるウラノス。急に頬を赤く染め、口をもごもごとさせる。

 クロノスは不審に思いながらも、構わず話し続けた。


「軍学校から四年間、ずっと一緒にいたんだ。お前のことはよくわかっているつもりだ」


「ば、ばっきゃろう! 恥ずかしいこと言ってんじゃねぇ!」


 腹を殴られた。

 心外だ。

 一体何をしたというんだ?

 あまり痛くなかったが、それでもムカつくことには変わりない。


「お前はすぐ手をあげるな。お前が純神至上主義かつ、血統主義者であり、半端者の俺を毛嫌いしているのはよく知ってるが……」


 しかし、その瞬間。


「暴力では。―――っ」


 言いかけて、殴られた。

 今度は本気だった。魔素で身体能力を強化しての、右ストレート。

 ウラノスの拳がクロノスの頬に突き刺さったのだ。体重を乗せたキツい一発。たまらず体が吹っ飛んでいく。道端のビールケースに激突。ガラガラと音を立てて、崩れ落ちた。クロノスがその中に埋もれていく。

 脳震盪を起こしたのか。頭がくらくらした。鼻血は出ていないようだが、口の中は血だらけだ。インパクトの瞬間に受け流さなかったら、死んでいてもおかしくないほどの一撃。

 中央道に行き来する人達が、こちらを迷惑そうに見ている。

 軍人同士の諍いとでも思っているのだろう。帝都の住人は昼下がりの優雅さを愛する。

 面倒事は極端に嫌うのだ。

 しかし。


(……我慢もこれまでだ)

 

 クロノスの銀髪が揺れる。

 体内の魔素が荒れ狂う。

 もう既に精神は戦闘状態に入っていた。ここが町中だろうが、相手が女だろうが構わない。

 拳をきつく握り締める。


「貴様……」


 しかし。


「…………お前がそんなだから!」


 ウラノスの目尻にはなぜか涙らしき雫が溜まっていた。なんとあの凶暴女が涙目になっていたのだ。

 クロノスの拳から力が抜けていく。


「…………」


(くそっ)


 明らかに殴った彼女が悪いだろう。……悪いはずなのに。

 クロノスは埃を払いながら立ち上がった。


「……よく解らんが、すまなかった」


 なぜかクロノスの方が謝っていた。

 女の涙には魔法がかかっている。つくづくそう思った。

 ただのH2Oのくせに、クロノスの心は千々に乱れるのだ。

 

 ウラノスはそっぽ向いて、一人で歩き出してしまう。

 口にたまった血を路上に吐き捨てて、クロノスはあとを追った。

 彼女の背中が追ってこいと言っていたから。

 このまま放っておいたら、後でどんな復讐が待っているか、恐ろしかったからだ。

  

 二十分ほど無言で歩いていると、中央区の商店街が見えてきた。

 痛みはすっかり引いていた。

 魔素を使っての治癒力強化だ。クロノスの頬には多少赤みが残っているが、傷はもう塞がっていた。

 神族の奇跡。

 人間にはない力の恩恵。

 日々の生活で、魔素ほど便利なものはなかった。

 

 飲食物を適温で保存する冷蔵庫、夜を明るく照らす照灯機、路上スレスレを宙で飛ぶホバーカー。

 例を挙げればきりがないが、日常生活を営む上でもはや魔素(セティ)の活用はなくてはならないものとなっていた。

 最初は趣味で始めた魔素研究も、今ではクロノスのライフワークとなっているくらいだ。

 

 左右を見ると、小奇麗な店が所狭しと並んでいる。色とりどりの看板が建物を飾り立て、広場には大きな噴水もあった。

 上空には透明なドーム状の屋根がある。天候によって開閉可能な作りになっていた。もうすぐ一雨きそうなのか、屋根は閉まっていた。 

 天上世界―――この空に浮かぶ大陸は、雨期と乾期がはっきりしている。

 大陸が季節によって上下するのだ。

 今この時期は雲海の真上を飛んでいるが、二月ほど経つと雲の下に沈んでしまう。

 誰が考えた周期なのか知らないが、この営みを何千年と続けていた。

 

 街の広場にはたくさんの人々が集まっていた。

 北区が貴族邸宅が多いため、近くにあるこの広場も高級ブティックなどが多い。ちょうど三時で、貴婦人たちがテラスでお茶会を楽しんでいた。

 クロノスが目指す紳士用ブランドも、広場からすぐ近くにあった。

 中央道を挟んで右側。

 水路にそって五分の場所。

 ステッキ専門店の隣が紳士服売場だった。


「おい。着いたぞ。ここだろう、目的地」


 青髪の少女が、チラッとこちらを見た。


「……ああ」


 機嫌が少しなおったのだろうか。

 相変わらずブスッとしていたが、それはいつものことだった。


(どうして俺の行き先がわかったのか不思議だが、追求したらまた怒りだしそうだな)


 勝手に店の中へ入っていくウラノス。

 もう一度盛大なため息を吐いて、クロノスは入店した。

 広い店だった。

 ネクタイやベルト売り場と、スーツ売り場とに分かれている。

 紳士用かと思えば、女性用のドレスも売られているようで、女性客もちらほらと見られた。

 ウラノスはもう既に品定めにかかっていた。


 

「おい。クロノス。これにしろ。絶対これがいいって」


 先程まで怒っていたのが嘘のようだった。

 チシャ猫のような邪な笑みを浮かべて近づいてくる。

 ツインテールがピコピコと動いていた。


「なんだこれ?」


「見ればわかるだろう」


 手渡されたものは、男性用バレエ衣装だった。

 下品にも股間に長い首の白鳥の頭が付いている。

 

「馬鹿にしてるのか」


「ヒャハハハ! てめぇにはお似合いだ」


「やはりお前の美的センスは最悪だな。変態露出狂女」


「そこまで言うか! やっぱりてめぇは一回シメとかくしかねぇな」 


「お前には無理だ」


「ああ!?」


「授業の組み手で、俺に全戦全敗だったろうが」


「馬鹿野郎! 善戦全敗だ」


「負けたことは認めるんだな」


「うるせぇ!」


 拳を振り上げるウラノス。

 しかし「……」一拍沈黙した後、黙って一着のスーツを手に取った。

 シングル二つボタンの、ダークスーツだった。

 またおかしなものを勧められると警戒していたが、杞憂に終わってしまった。

 値段は少々張るが、買えないほどではない。

 高級な素材で作られており、これならルキナに文句を言われる心配はないだろう。


「ありがとう」


 クロノスは内心戸惑ながら、素直に礼を言った。

 

「ふんっ。一応オレはてめぇの副官だからな」


「へぇ」


「だ、だけど! 勘違いすんなよ! オレはてめぇみたいな半神半人なんて、どうなったところで知ったことじゃねぇんだからな!」


「いや。ありがとうウラノス」


「だ、だからてめぇは、そんな簡単に礼なんて言ってんじゃねぇ。……馬鹿クロノス」


 小麦色した彼女の頬が赤く染まっている。

 クロノスは過去から今まで、ずっとウラノスについては分からない部分が多かった。

 

 ―――戦闘で派手に人間を殺す彼女。

 

 ―――半神半人が大嫌いな彼女。

 

 人間の血を憎んでいるようにも感じる。

 しかし。


(時々見せるこの表情は……。ただ俺のこと嫌っている風には思えない)


 たまに見せるウラノスの優しさが、ますます頭の回路をややこしく引っ掻き回す。

 好・悪。

 極論だが全ての感情は、その二つに分けられる。

 エルミラを虐殺している時の彼女は、とても醜い。大嫌いだとはっきりと言える。 

 しかし、非戦闘時。

 どう割り振っても、クロノスは彼女を悪の方へ持っていくことができなかった。




  

 クロノスは試着室に入った。

 時刻は4時を過ぎたところだった。

 もうそろそろ城へ急がなくてならない。

 このまま夜会へ出席しようと思っていた。

 遮蔽幕の向こう。ウラノスがイライラしているのが見えた。待つのが苦手な彼女らしい。

 

「お待たせ」


 急いでネクタイを締めて、外に出た。

 予想通り頬を膨らませたウラノスがいた。

 

「てめぇ、男のくせに着替えるの遅ぇんだよ!」


「悪かった。あまりこういうの着慣れてないから」


「ったく、だらしねぇな。ズボンからシャツがはみ出てるぜ」


「む……」


 言われて気づいた。

 クロノスは完璧主義者だ。

 冷静沈着をモットウに生きているのに、これでは短気なウラノスを馬鹿にできない。


「ほ~。あのクロノス様にもこんな弱点があったとはねぇ」


「たまたまだ。だけど……人前で何かを失敗するなんて久しぶりだ」


「はいはい。そりゃ嫌味だな」


「―――で、どうしてお前までドレスに着替えているんだ?」


「今頃気づいたのかよ!」


 ネイビー色のエンパイアロングドレスだった。

 ソフトジョーゼット素材で、鮮やかな光沢のシルキーサテンがちらりと覗いている。

 いつもと違い、すごく大人っぽい。

 今のウラノスはどこからどう見ても貴族令嬢そのままだった。

 

「なぜお前も正装している?」


「ああ? 決まってるだろう。オレも招待されてるからさ」


「聞いてない」


「言ってないからな」


「なぜ?」


「へへへ。てめぇのそのびっくりした顔を見たかったからな」


 クロノスは慌てて顔を引き締めた。

 よほどだらしなかったのか。ウラノスは手を叩いて喜んでいた。

 

「久しぶりだぜ、てめぇのそんな顔。パリスに乗ってる間、無表情無感動のお人形さんみたいだったからな」


「俺の喜怒哀楽が他人より薄いことは知っている」


「知ってて治さないのかよ」


「無理やり笑ったり怒ったりしろって言うのか」


「馬~鹿。楽しけりゃ普通笑うもんだ。ほれ、笑顔の練習だ」


 ウラノスは鏡の前で、クロノスのほっぺたを左右に伸ばし始めた。

 白い頬が無理やり引っ張られる。

 目は笑っていないのに、口だけにまっと開いている。

 完全にシュールな光景だった。


「……痛い」


 ぼそっとそう言うと、ウラノスは爆笑してしまった。

 ドSめ。

 

(しかし、こいつには羞恥心ってものがないのか? 完全に密着してるのに……)

 

 後ろから頬をつねっている彼女は、少し背の高いクロノスの背中にのしかかるような格好だ。

 大きくはないが、それでもはっきりとした柔らかい感触が伝わってくる。

 店を見ると、こちらをチラチラ見ながら、微笑を浮かべる貴婦人たちが数名いた。「くすくす」「カップルかしら」「若いわねぇ」といった談笑まで聞こえてくる。完全に注目の的だった。


「……おい。そろそろ離れろ」


「え~。まだいいじゃん。あと一時間くらい」


「どれだけ触っているつもりだ」


 クロノスはしがみつくウラノスを無理やり引き剥がした。

 背後でぶーぶー文句を言っているのを無視する。ポケットの財布からカードを取り出して、店主に差し出した。

 

「はいはい。まいどありがとうございます。……えっと、クロノス様でいらっしゃいますね。少々お待ちください」


 クロノスはあまり現金は持ち歩かない。

 基礎学校の時、よくカツアゲされたのをまだ覚えているからだ。

 カードならば本人の魔素以外では、キーが読み取れない仕組みになっている。もし盗まれたとしても安心だった。


「あ、支払いはオレのドレスも一緒にしといてくれ」


「はい。かしこまりました」


 おい店主。

 そこで簡単に頷くな。

 クロノスは髪をクシャクシャとかいた。


「……はぁ。またか」


「いいだろう。お前半神半人のくせに金持ちなんだから」


「同じ給料だろうが」


「嘘つけ。知ってんだぞ。お前が魔素を使った研究で特許を取得して、毎年億単位の報酬を民間企業から受け取ってるのをな」


 クロノスは検定試験をパスし、魔素博士号を取得している。ルーメセティと呼ばれる流体魔素を使った物質の保存、また熱処理加工過程の現象で、特許を得、毎年莫大な利益を得ているのは確かだ。さらに帝都の北区にはフォマルハウト家名義の工場が存在し、社会的に問題のある父のかわりに経営しているのもクロノスだった。

 

 しかし……。


「お前は研究費や研究所の設備維持費がどれだけかかっているのか知っているのか? それに職員への給与だって払わなくちゃいけない。俺が自由に使えるのは雀の涙くらいしか残らない」


「ふーん。雀の涙ねぇ。随分でっけぇ雀なんだな」


「羨ましいならお前も起業してみればいい」  


「オレはお前や父上みてぇに、投資やら貯蓄はしない主義なんだよ。えっと、なんだ。金は天下の回り物! ってわけだ」 


「……借金してまですることか?」


 ウラノスはホバーバイクの収集家だった。

 ホバーとは魔素で動く、水陸両用のマシンだ。

 エンジンの仕組みはほとんどパリスと同じ。流体魔素を放出しながら宙を駆ける高級品だった。

 ウラノスは自宅に百台以上も所有している。

 娘のことが可愛いアルキナス卿も、さすがに閉口したのか。

 彼女の口座を、親権を使ってまで停止した。ウラノスは今、バクラの給料だけで生活している。


「元老院の爺が。こんな雀の涙で、どうやって生きてけって言うんだよ」


「下級神族の三倍は貰ってるはずだけどな」


 バイクはメンテナンスや部品の交換が欠かせない。

 そのせいで、ウラノスの給料はほとんど天引き状態の有様だった。

 アルキナス家の援助を足してもまだ足りないらしい。

 今ではクロノスが半分養っていると言っても過言ではなかった。


「こんないい女に貢げるんだ。光栄に思えよな。ひゃははは!」


「…………」


 さすがに今の一言にはカチンときた。

 

「いい加減にしろ。少しはまともな金銭感覚を養え、馬鹿」


「~~~っ。また父上と同じようなこと言いやがって!」


 ウラノスが拳を繰り出す。

 さすがに何回も食らわない。

 軽く避けてみせた。


「父上も父上だけど、お前もお前だ! 鬱陶しい!」


「当然だ。俺が父親ならお前の頬の一つでも叩いてるところだ」


「じゃあ、そうすりゃいいだろう。ヘタレのてめぇには無理だろうけどな~」


 あっかんべー。

 十六歳にまでなってする行為か、それが。


「…………」


 本当に叩いてやろうか。

 女性に手をあげるなんてことしたくない。

 だが、ここは―――。


 一瞬の葛藤。

 その後に、店の裏手から喧々諤々とした口上が聞こえてきた。



ライトノベルの書き方。

まだこういうHOWTO本を読んで間が浅い初心者です。

アドバイスなどあればすごく嬉しいです。

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