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第一章-C

 


 メサルティム帝国軍、第三ドッグ。 

 白い幌が何枚も重ねられた真っ暗な部屋の中で、小さな電球が仄かな明かりを灯している。

 何機もの巨大な兵器が、所狭しと一列に並んでいた。

 特殊戦闘魔導器―――魔素をエンジンに取り込み、爆発的な瞬発力を得た巨人だ。

 非戦闘時ということもあって、フレームは全機外されていた。赤黒いコアが剥き出しになっている。

 何百本もの回路が絡み合い、複雑な機械が渦巻いているかのようだ。

 通気口の穴のような線が見える。

 あそこで大気中の魔素を取り込み、エンジンに還元されている。『ゲド・アハト』と言われる装備で、前方からの流体してくる魔素を、後方に噴出し機体を宙へ浮かせているそうだ。

 フレームの中、内殻の上部にはコクピットがある。

 モニターの周りも回路だらけだ。操縦桿にコイルが巻きついていた。あそこでパイロットの魔素を読み取り、操縦のヘルプをしているそうだ。  

 

「漆黒のアドニスか。おっかない外見しやがって」


 第二次官憲隊の隊長が、タラップで呆れたように呟いた。

 このアドニスが狩ってきた、多くのエルミラの連行の引継ぎでやってきたのだ。隣のパンドラの手には巨大な檻がある。真っ黒な無骨な鉄の中に、無数の光るものが映った。不安そうに見つめるエルミラたちの瞳だ。

 

「300……、いや、こりゃ400はいるぞ。またいっぱい狩ってきやがったな。女子供までいやがる」


 面倒くさそうに吐き捨てた。

 元老院からは100人程度を連行しろと命令されていた。だが、実際はその三倍だ。報告書を書き換えねばならない。

 下級神格の彼らは雑用が多い。エルミラの適正な使用監督も官憲隊の仕事の一部だった。

 資料のページをめくる。

 アドニスのパイロットの顔写真と、その経歴が書いてあった。

 操縦者クロノス・フォマルハウト。

 半神半人の16歳。パリス戦闘の天才と呼び声の高い少年だ。

 

「半分人間のくせに。よくもこれだけ冷酷になれるものですね」


 部下のほとんどが嫌悪感を剥き出しにしていた。  

 恐らく嫉妬が全てだろう。

 無理もない。半神半人のくせに、パリスパイロットで、しかも専用機すらも持っているのだ。それが十六歳の少年というのも、気に入らない。まだほんのガキではないか。

 隊長はそんな私情を即座に斬り捨て、命令を下した。


「私語は慎め。俺達の任務はエルミラの移送だ。命令通り動け」


「了解!」


 部下が一斉に動き出した。銃を突きつけなら、エルミラに檻から外へ出るよう促す。

 

 ざわざわ……。

  

 エルミラたちがうろたえ、ドッグに悲鳴が木霊する。

 奴隷を牢からだし、鎖をつなぐ。

 この瞬間が一番緊張する。

 以前ドジを踏んだ部下が、暴れだしたエルミラに銃を奪われる事件があったのだ。下等な種族である人間に、神が負けるはずがない。そんな馬鹿な油断が生んだ失態だった。死者3名。魔素で身体能力を強化している神でも、鉛の弾を受ければ死んでしまう。それは当たり前のことだった。

 

「ですが、隊長」


 今春入ったばかりの、新兵が疑問を口にする。


「元老院の命令では、成年男子のみの連行でしょう。女子供はどうするんですか?」


「カルドスレイへ送る」


「へ? ただの市街地ですよ。あんなところへ連れて行ってどうすんですか?」


「オークションにかけるんだ。さっ、お前も口ばかりでなく、手を動かせ!」

 

 隊長は新兵の尻を蹴飛ばした。「わひっ」と情けない声をあげて、走っていく。

 帝都中央区。

 カルドスレイのオークション。

 それは貴族や金持ちなど、帝国の有力者が集う闇の世界だった。

 労働力として使い物にならないエルミラの女子供を、奴隷として売りさばくのだ。

 彼らの多くは、繊維工場や、織物工場で、朝から晩まで働かされる。あまり力のいらない仕事で、機械労働を任せられる事が多い。

 これはまだマシな方だ。

 器量の良い女性や、美しい子供は、変態貴族などに慰み者にされるということもある。

 いずれにしても悲惨な運命には違いない。

 

「…………」


 エルミラがゾロゾロと、隊長の目の前を通りすぎていく。

 手枷をはめられ、皆目に生気がない。うつろな瞳で、足元をじっと見ていた。

 中には怪我をしている者までいる。

 いつ死んでもおかしくない老人も多くいた。


(まったく、使い物にならんやつらまで集めてきやがって……)

 

 と、その時だった。


「ん?」


 その中に、一人だけ目をギラギラさせている者がいた。

 ボロボロの毛皮を頭から纏った少年だった。顔を砂埃で真っ黒にした、あまりに汚い外見だ。赤茶色した髪の毛は長く、粗末な紐で括られていた。

 

「おい、貴様! NO.230、そうお前だ!」


 自分でもよくわからないが、呼び止めてしまった。

 強いて言えば魔素の導きだろうか。この者は危険だ。そう血が警告していた。


「なんですか」


「フードを取れ」


 部下がひん剥くようにして、少年の頭から毛皮を剥いだ。

 細い手足、男とは思えないほど非力そうだった。

 武器を持っている様子はない。

 ただズボンのゴムに挟むようにして、一冊の本を隠し持っていた。 


「なんだ、これは?」


「まさか、反体制派が書いたものではあるまいな!」


 部下が口々に叫ぶ。

 隊長は少年の本を取り上げた。


「なにすんだよ!」


「…………」


 無言で本の中を確認する。

 一瞬目を疑った。

 最初、怪しげな魔道書かとも警戒していたのだが―――

 

 そこには多くの露出の高い女性の写真があるばかり。 


 青い表紙で、タイトルには『春本』と、古代言語で書かれていた。


「ふっ」


 隊長は吹き出してしまった。部下たちからも爆笑が起こる。

 危険だと思っていた少年が持っていたものは、ただのエロ本だったのだ。

 

「小僧、ここでは性欲など一片も残さんくらいこき使われる。そんな本捨ててしまえ」 


「お、おれの勝手だろう!」


 赤面しながら悔しそうにする少年。

 やはり勘違いだったか。

 隊長はやや苦笑しながら、ため息をついた。

 こんな思春期に入りたての小僧が、テロリストなどとどうかしている。

 

「……まぁ、いい。連れていけ」

 

 部下がニヤニヤ笑いながら、少年を列へ戻した。

 馬鹿にされ頭をはたかれ、むすっとした表情でトボトボ歩いていく。


 隊長はもう少年を興味の対象から外していた。 

 カルドスレイ行きの者たちを、別の車両に移す作業が残っていたからだ。

 しかし、ここで彼は注意しておくべきだったのだ。

 

 列に戻された時、少年がほっとしたように息を吐いたのを。 





『ちょっとした設定資料』



第三ドッグ

 専用機が格納されたドッグ。帝都の南、滑走路の隣の天上港にある。

 身分の比較的高い神族が使用する。

 第二ドッグはその隣にある。第一ドッグは量産機ばかり。

 常時数千人の整備士が配置されており、アドニスもいつでも出撃できるようメンテナンスをされている。

 


官憲隊

 下っ端神族。

 主に警察事務のような仕事。エルミラの管理監督。町の治安維持が仕事。

 腰には銃と剣があり、防弾ジョッキと、かなりの重装備。

 しかし彼らが戦争に使われるということはまずなく、隊と言ってもその練度はあまり高くない。


ゲド・アハト

 パリスを空中戦闘も可能にするシステム。

 天才魔素学者ゲド・アハトが創り上げたからこの名称。

 

コア

 操縦者の有体形魔素を吸い取り、外気の流体魔素と混ぜあわせエンジンに火をつける。

 パリスの心臓のようなもので、ここを破壊されると動かなくなる。

 だから厚いフレームで戦闘時は覆っている。


半神半人

 神と人との間に生まれた者。普通は魔素をうまく扱えない。

 例として、マリナは一切魔素は扱えない。存在を感じられるだけ。

 が、たまに神族以上に魔素の扱いが上手いものが現れる。彼らはミューティアと呼ばれ、恐れられる。

 クロノスはその中でも異常中の異常。

  

カルドスレイ

 帝都中央部。

 主に金持ちが住んでいる。立派な街並みで、たくさんの商品が売られている。

 天下の台所と言ってもいいかもしれない。

 しかし、その裏通りでは悪質な奴隷売買も行われている。

 

パリス

 鎧となる外殻をはげば、コイルのような回路が複雑にからみ合う内殻が姿を現す。

 コクピットは胸の下にあり、結構狭いため太った者は入れない。

 

エロ本

 神でも人間でも、男ならば誰でも興味があります。

 基本地上でも販売されており、高価ながら中古でも取引されている。

 この時代の印刷技術は発展途上であり、あまり部数は存在しない。



連続更新です。

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