第一章-A
連続更新です。
プロローグだけじゃ分かりづらい作風を少しでも伝えられたらいいですね。
動力の切れかけたオルゴールが、ひび割れた音を鳴らす。
豪奢な部屋の開いた窓から、小鳥たちが羽ばたくのが見えた。淡い桃色をした花を咲かせた街路樹が、そっと春風に揺れている。
雲の上にある地上とは隔絶された天上世界だが、本日の陽光はどこまでも優しかった。寝室の天蓋がその光を浴びて、数多の光点をベッドに照らしだしている。
ルキナ・メサルティムは、そっとカーテンをおさえた。
深呼吸すると、陽だまりの匂いがした。
早朝の冷たい空気は、とても美味しい。
空気が澄み渡っていて、身体中が精錬された気分になるのだ。
(―――ん?)
ふと違和感を感じた。
十七歳の皇女は目を閉じて、世界に流れる魔素の流れを確かめた。
魔素。人間には感じられない神だけが使える力の源だ。
今日はなんだかざわめいている。
いつもは眠ったように静かなのに、どことなくはしゃいでいるように感じた。
ふと……、少し考えて、ルキナは微笑んだ。
魔素に人格、その他意思などというものはない。原子と同じく、ただそこに存在するだけだ。
「はぁ……。ふぅ」
空間に無数に散らばる粒子を、呼吸によって体内に取り込む。
肺が熱くなって、みぞおちのあたりに力が集まってくるのを感じた。腰まで届く艶やかな黒髪が、青白い光に包まれる。
空気が鳴動し、天井がゆらりと蠢く。
そっと目を開けると、部屋中の物体がガタガタ震えながら宙へ浮き上がっていた。
軽く集中しただけでこれだ。本気でやったら、この城さえ浮かべてしまえるだろう。
神々の頂点に立つ皇族。世界を滅ぼしかねない危うい力を、彼女は生まれた時から保持していた。
「そうか。クロノスが帰ってきたのか」
彼女の魔素収集範囲は、ほぼ帝都全てを網羅する。
自分のお気に入りの少年が発する力を、皇女は脳裏にしっかりと記憶していたのだ。
(クロノスの任務は……確かエルミラ狩りだったか。元老院め、とことん嫌らしい真似をする)
クロノスの帝国への忠誠心を、確かめているのだ。
理由は彼が半神半人であるから。ただそれだけの理由だ。
事実上、上級神格以上の力を持つ少年を、元老院は奴隷補充のために使っている。これほど馬鹿らしいことはなかった。
(半分人間の血を引いていようが、強い者は強い。それでいいではないか。わたしならばあいつをもっとうまく使いこなせる。今度父上に言って、わたしの副官にしてもらおうか)
皇女が半神半人を副官にする。これは帝国始まって以来のことだろう。
ほとんどの者が反対するだろうが、ルキナの父である皇帝が、「うん」と頷けば全てまかり通る。それが帝国だった。
(問題は兄上か。あの男、普段は純神至上主義者のくせに―――)
「―――皇女殿下。勲章授与式のお時間です。正装にお着替えください」
ルキナの思考をかき消すように、侍女の声が聞こえた。
彼女は黙って頷き、両手を左右に広げた。それが着替の合図だ。
侍女も沈黙を守り、ルキナが着ている服を脱がし始めた。生まれた時から、服の着せ替えは全て使用人がやってくれる。
彼女達の数名は、地上で高貴な身分だったエルミラだ。
オドオド怯えながら、着付けを手伝っていた。
(勲章授与式か……。退屈そうだな。こんな仕事兄上がやればよかろう。なぜわたしが―――)
ここでルキナの目が輝いた。
(そうだ。式にはクロノスも出席するんだった!)
先月行われた機装大会で、クロノスは準優勝していたのだ。数千機のパリスが參加する帝国最大の大会で、たった十六歳の少年が決勝まで勝ち残ったことは奇跡に近かった。しかも騎乗パリスを一度も大破させることもなく、最後負けたのも時間切れの判定負けというのだから、開いた口が塞がらない。
平素半神半人を疎んじている元老院もこれには驚き、急遽クロノスに騎士勲章が送られることが決定した。
本来人間の血の混じった者には、帝国騎士の称号は与えられない。
しかし、クロノスの強さは、そんな古い因習を跳ね除けるほどのものだった。
「マリナ。この衣装はやめる。違う服をもて」
ルキナは真っ白な軍服をベッドに放りなげ、侍女頭に新しい衣裳を命令した。
「かしこまりました」そう返事をしたのは、中年の女だった。太った体を揺らしクローゼットの方へ走っていく。十年近くルキナ付きの侍女をやっているので、どこに何があるか全て把握しているようだった。
「あらあら。珍しい。ドレス嫌いの姫様が華美な衣装をお望みになるなんて」
マリナは付き合いが古い分、皇女であるにも関わらず言動に怯えが一切なかった。さっぱりしたタイプで、その気性をルキナは気に入っていた。
「口ではなく手を動かせ。わたしだって女だ。おしゃれくらいする」
「いつも軍服佩刀が当たり前のお方が何をおっしゃるやら。それで、式に誰か気になる殿方でも?」
「ああ。クロノスが来る」
「ま!」
マリナら他の侍女たちすら唖然とする。
ルキナの言葉が、誤って受け取られたらしい。どうやら侍女には皇女と半神半人の、禁断の恋愛として耳に入ったのだろう。
ポカンとこちらを見つめる顔はどこかおかしい。
別段否定するつもりはなかった。むしろ笑い飛ばしてやりたい気持ちだった。
「なんだ。マリナはクロノスが嫌いか?」
「……それをあたしに聞きますか」
ルキナは笑った。
眉をしかめて、口をもごもごするマリナの姿がおかしかった。
「すまんすまん。同じ半神半人のお前には奴がどう映っているのか。それが聞きたかった」
「いやですよ。意地の悪い。そりゃあ、あたしは同じ身の上のあいつのことを応援してますよ。でもね。姫様付きの侍女として言わせてもらうなら、反対ですね。身分違いの恋愛なんて、劇でも現実でもろくなもんじゃありませんよ」
「そう怖い顔をするな。冗談だ。皇女のわたしが自由な恋愛など望むわけがない。国の選んだ男性と添い遂げるさ」
「……そんな悲しいこと仰らないでくださいな。あたしまで泣けてきちまうや」
「お前が泣いてどうする」
ルキナは苦笑いを浮かべた。マリナが涙もろいのは相変わらずだった。
だが彼女自身はあまり悲しくない。
皇女としてなに不自由なく生活できるのは、帝国のおかげだ。
ならばこの身は帝国のためにあるべきであろう。
「ぐすっ、はい出来上がりましたよ。これであの生意気な銀髪小僧なんて悩殺です」
気づけばもう着付けは終わっていた。
時刻を見れば、8時50分を少し過ぎたところだった。
もう数刻もすれば、叙任式が始まってしまう。
マリナが涙ぐみながら、背中を押してくれた。
鏡を見れば、大胆に胸の谷間が出た、派手なドレスを着た自分がうつっていた。
汚れのない白を基調とした、最高級の絹の素材だ。帝国を表す天翔ける竜をイメージした赤い刺繍が、フレアのロングスカートに入っている。
ルキナは嬉しそうに頷く。
「ははは。あの無表情な男が悩殺か。それは楽しそうだ」
こんこん。
その時。
樫で出来た扉が硬質なノックの音を伝えた。
元老院からの式への案内が到着したのだろう。
「では行ってくる」
侍女全員が深々と頭を下げた。
『ちょっとした設定資料』
ルキナ・メサルティム
十七歳 女。神族の皇女
黒髪、紫の瞳。腰まで届く長い髪。戦闘時はポニーテイル
身長167
BWH 88 54 86
男顔負けの強さと、全ての女性に嫉妬される美しさを持っている。文武両道、完璧超人。
軍神セラスの生まれ変わりとも言われている。
彼女に百のパリスを与えれば、帝国一万騎と言えども危うし。などなど恐れられている。
パリス乗りとしても優秀だが、子供の頃クロノスに一騎打ちで破れている。それから軍略家としての道を歩み始めた。
クロノスに淡い恋愛感情を抱いている。
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完結目指して頑張ります!