第二章-C
一方、帝都地表面では、敵襲を告げるサイレンが木霊していた。
アイギスが放つ駆動音が警報をつんざく。対空砲火が闇夜に真っ赤な花を咲かせ、激しい銃声が鳴り響いていた。カルドスレイの爆弾テロからまだ数時間。民衆は怯えながら、必死でシェルターに向かい逃げ惑っている。
明らかに帝国軍とは違う戦闘機が、幾本もの黒雲を作り帝都上空を飛行していた。
白銀の装甲に長い翼。従来の飛行機よりもさらに先端が尖った形をしている。
魔素とは違う液化燃料を積んだ、高速戦闘を行うドッグファイター。その名を『ノッカー』と言う。
エルミラがパリスに対抗する為作った兵器が、帝都にまで押し寄せてきている。
過去を数十年栄華を誇っていた帝国国民にとって、あまりにも信じられない光景だった。
夜間照明を浴び、アイギスに銃撃された機体が民家に落ちていく。
あちこちに炎を纏った金属片が散らばっていく。爆発がそこら中で起き、上昇気流によって火柱が幾本も見えた。
アイギスの迎撃を掻い潜ったノッカーは、帝都の主要施設に容赦ない爆撃を加えていく。ミサイルに加え、焼夷弾までその機体には備わっていた。
―――炎獄。
今帝国はその言葉に相応しい姿に変貌を遂げようとしていた。
しかし、この光景を生んだ張本人は、美しい眉を歪め今正に激しい攻撃にさらされてもいた。
「くそっ。コンソールは麻痺させたはずなのに、どうして敵がこんなにうじゃうじゃ出てくるのよ!」
レアーは両手に13ミリの機銃を持ち、空から降下してくる帝国兵を迎撃していた。
巨大な鯨の如く威圧する帝国軍空母。遥か上空から飛翔するそれから虫のように降ってくる大量の兵員。
いくら不意をうったとて、正解最強の国。
少数精鋭の赤い狼の兵達でも、あまりに違いすぎる物量には敵わなかった。
「天球城の機能はダウンさせたはずだ。だが、合図があまりにも遅すぎる。考えたくはないが……任務に失敗したのかもしれんな」
同じく機銃を構えているヨアヒムが、シワだらけの顔を更に難しくしていた。衣服にはべっとりと血が染みている。
ほとんどが返り血だが、よく見れば脇腹を撃たれていた。顔色は青く、唇は紫色になっている。
「ヨアヒム!」
「大丈夫だ。……自分のことだけ考えていろ」
レアーの助けを目で拒否するヨアヒム。
彼女はぐっと足をこらえて、その場に佇んだ。帝都東通りに抜ける道。もはや瓦礫と化した都市で、爆音の最中二人は物陰に身を寄せる。
三つの眩い閃光が天に上がった。照明弾が夜を昼に変えたかのように、地上を照らし出す。
煙が目を刺激し、景色が歪んで見えた。
銃撃が頭上を通過する。爆撃音で耳がいかれたみたいだ。
ヨアヒムの声が掠れて聞こえた。
「もはやここまでか」
崩れた壁に背を預け、ずるりと座り込むヨアヒム。
レアーは頑なに首を振った。
「……まだよ。敗北なんて認めない。そもそもニュクスの立てた作戦が間違いだったのよ。あんな似非宗教家が!」
「いや、確かに奴らは狂っているが……あの力は本物だ。旧世界の遺産を使ったアーティファクト。あれがなくては我々は戦えん」
「だからって! このまま奴らに組織を牛耳られるのは嫌よ」
「お前の気持ちはわかる。だが、今はそれどころではあるまい。どうやってこの危機を脱するか。それだけを考えていろ」
そう言われて、レアーは押し黙るしかなかった。
一発の銃弾が頬を掠める。神兵の数が多くなっている。増援がどんどん到着しているのだ。
「ヨアヒム。動ける? ……ヨアヒム!」
老戦士の方を見て絶句する。口から血の混じった泡を吐いていた。
大切な動脈でも傷ついていたのか。出血がおびただしい量になっていた。倒れ伏した彼の体から、今にも生命が失われようとしている。
「俺は、も……駄目だ。うご……い」
ヨアヒムはもう、ろくに喋ることもできない。
レアーは絶望で目の前が急に暗くなるのを感じた。地上で捕まり、見知らぬ天上世界で初めて会った解放軍の仲間だ。
他にも部隊を展開している仲間がいるが、今はもう連絡が取れない。
「そんな……」
―――ルキナ皇女をシェナシティに連行するまでの時間稼ぎ。
なによりその任務を彼女一人では遂行できない。責任感の強いレアーには、ここで諦めることは絶対にしたくなかった。
「レアー。お前、だけでも……逃げ、ろ」
「馬鹿なこと言わないで!」
「皇女、襲撃は……失敗した。もう……いい」
「―――っ」
レアーは瓦礫となった民家の壁を殴りつけた。
拳から血が出る。しかし痛みよりも、怒りの方が強かった。奥歯を噛み締めて、唸り声を上げる。
(失敗。―――負けた。また負けたの、私達)
何度繰り返しただろう。
神族との戦闘は、敗北と血によって塗られた屈辱の歴史でもあった。
テロを起こすことによって幾人かの神族を殺せても、その倍の人間が殺されていく。人間の中には抵抗を諦める者が多く出始めていた。
奴隷としての幸福を甘受して、腐った目をした者を大勢レアーは見てきた。
彼女はエルミラという言葉が嫌いだった。だってこれは差別的な固有名詞だから。
(私はただエルミラの人達を人間に戻してあげたかっただけ。神族に負けない希望を私が与えたかった)
爆発音が背後で鳴り響く。
ヨアヒムはもうピクリとも動かなくなっていた。
レアーはそれを瞬き一つせずに、ただ呆然と見ていた。炎が彼女の輪郭を縁取り、その目に浮かぶ雫を光らせる。上空を旋回する人類解放軍の戦闘機が、帝国の直掩機に撃ち落されるのが視界に映った。
隕石のように火焔を纏った破片が地上に散らばっていく。
それと同時に雪のような銀色の粒子が大気中に舞って輝いていた。
帝国軍の電波妨害だろう。レアーのジャケットに入っている無線機からは耳障りな雑音しか流れてこなかった。
「―――貴様、人類解放戦線だな。銃を捨てて両手を上にあげろ」
左の瓦礫の山から、黒尽くめの防護服を着た帝国兵が現れた。手には機銃が握られており、頭にはゴーグルが掛かっていた。
「カルドスレイ西口より連絡します。赤い狼と見られるエルミラの少女一人を発見。これより連行する」
帝国兵は魔素を介した、レアーのものとは全く違う小型の無線機を使っていた。
「エルミラ……」
「ん?」
男が首を傾げる。明らかに戦意を喪失していたレアーの瞳に殺気が蘇った。
銃を握る手に力が戻る。
「私はエルミラなんかじゃない」
「ふんっ、浅はかな嘘を。貴様の体からは魔素の反応が全くない」
「……魔素が使えないってだけで、動物扱い? どこまであなた達腐ってるのよ」
「頭の悪いエルミラだな。銃を捨てろと言っているのだ」
兵士の口調がきつくなる。
今にも引き金を引けるよう、銃口をまっすぐにこちらへ向けている。
だが、その目には殺気があまり感じられなかった。こちらをエルミラと馬鹿にしている。女だと思って油断しているのだ。
「わかったわ。武器は全部捨てるわ」
「……それでいい。早くしろ」
レアーはまず銃を地面に落とし、無造作にジャケットの中のナイフを落とした。
腰からハンドガンをホルスターごと捨てる。
「それで全部か?」
兵士が安心しきった表情で銃口を逸らした。
レアーの口元に笑みが浮かぶ。
「いいえ。まだ一つだけ残ってるわ」
ジャケットの腕の裾。その奥からゴトリと鈍い音がした。
真っ黒なくびれのある禍々しい形。
爆弾だった。
「なっ。エルミラ風情に!」
「私をエルミラって呼ぶな!」
咆哮。それと同時に投擲。
爆風と閃光が荒れ狂うその一瞬前に、レアーは窪みに身を投げていた。
(私は生きるわ。神族に殺された民達の無念を晴らす! それが私の……ウルク王国王女であった私の使命だから!)
―――東ウルク王国。
今から五十年ほど前、突然侵攻してきた帝国によって西と東に分断された人間の国家である。
西はそのまま帝国の植民地になり、東だけが抵抗を続けていた。
しかし神歴23年に起きたウルク紛争で、度重なるテロについにアレス皇帝が動いたのだ。
歴史書曰く、地上数百メートルからその数10万に及ぶパリスが降下してきた。
あの時の光景は、今もレアーの網膜に焼き付いて離れない。厳格な父、兄や姉、妹達、全てが焼き払われ、生き残った王族はレアー以外全て断頭台に送られた。
(母様は家畜を載せる荷車に乗せられ、犬のように首輪を嵌められ、まるでゴミのように首を斬られた……。絶対に……絶対に許すものか! 糞神族!)
そっと穴からあたりを窺う。
周囲のマズルフラッシュも、彼女の行く手を遮る障害にならない。
レアーに銃を突きつけていた兵士の姿はもうどこにもない。遠くに千切れた腕が飛んでいるのが見えた。
別段感想はない。こんな光景もう見慣れていた。
シェルショックのせいか、爆風を受けた頭がクラクラする。でも、ここでじっとしてなんていられない。
軋む体を無理やり奮い立たせ、彼女は走りだした。
目的地は―――帝都にある赤い狼の隠れ家。シェナシティだ。
その何気ない当たり前の選択が、レアーの運命を決定づけてしまう。
―――シャナシティ。
帝都の南東。
工業地帯を抜けた先にある、塔から張り出たエレベーターで行ける天上世界最下層のスラムだ。殺人強盗強姦放火、凶悪犯罪が放置されている、悪人共の巣窟だと聞いている。
住民はエルミラがほとんど。だが一方で帝国に刃向かう変わり者の神族を幽閉する牢にもなっている。
まるで蠱毒。
地下で散々殺しあわせて、それを天上から笑ってみている貴族達の姿が目に浮かぶようだった。
降り注ぐ火の粉を避けるため、レアーは常に宙空に気を配っていた。
カルドスレイからさらに南方、エンデリバーを抜けて、帝都第三工業地区へと入る。今や財界の覇者であるアキレウス家が、所有している魔素抽出装置がたくさん置いてある。ずんぐり丸い円柱状の機械から地面や空、あらゆる場所目がけて触手のようにパイプが波打っていた。闇夜を照らす街灯も今はなく、周囲に人影は皆無。シンと静まり返った無音の空間に、レアーの足音と息遣いだけが木霊していた。
(時間があったらこの設備も全部爆破してやりたいところだけど……)
帝国の全エネルギーの支えるアキレウスベルトの一角だ。破壊すればどれほど神族にダメージを与えられるかわからない。
しかし、ここで注目すべきは、あれほどの爆発を受けて、この施設がまだ生きているという事実だった。
あちらこちらに凄惨な爆撃の痕を残すも、重要な炉には一切傷がない。何か衝撃から機械を守るセキュリティが発動しているのかもしれなかった。
レアーは炉はもちろん、パイプにも触れないように慎重に走った。それにここには一秒でも長くいたくない。濃密な魔素が空気に充満しており、人間の体を破壊してしまう恐れがあったからだ。
レアーは彼方、漆黒に赤を灯す夜空へと目を向けた。
すると―――。
「あれは!?」
彼女の上空5メートル。闇に溶ける装甲から射出される紫色の魔素を身に纏い、凄まじいスピードでパリスが通過していった。
まるで血が滴ったかのような真っ赤な瞳が、夜に流れて軌跡となり、レアーを威圧する。
「漆黒の狩人……? どこに向かっている。まさか!」
エルミラのオークション会場で見かけた、冷徹な表所をした銀髪の少年を思い出す。
奴が向かった先が、もしシェナシティならば。
(まずいわね。あそこにはたくさんの仲間がまだ残っているのに。……そういえばニュクスは? 帝都に向かっているって報告は受けているけど)
レアーの足は知らずに早くなっていた。
「もっと飛ばせ、クロノス。わたしは大丈夫だ」
ルキナの言葉が、耳元すぐで聞こえる。
工業地帯ぎりぎりをアドニスは駆けていた。そのコクピットの中、クロノスの背後。普段は携帯食料などを詰め込むバックパックに、いと尊き帝国の皇女がいるとは誰も夢にも思わないだろう。
クロノスの専用機は、元老院に所有権があるとは言え、メンテナンスなどの作業は全てフォマルハウト家が行っている。そのためドッグからの搬出は特例として許可されたが、ルキナの機体の搬送は全く受け入れられなかった。
当然だ。
皇女に勝手にパリスを与えて、戦場に出す奴がどこにいる。
ルキナは憤慨していたが、クロノスは通信で泣きそうな顔をしていた管理班を内心同情していた。
久しぶりに城の外に出たからか、ルキナのテンションは高い。操縦するクロノスにああだこうだと注文をつけていた。
「クロノス、カルドスレイ広場が見たい」高度を下げる。「クロノス、サンドバイド山脈が見えるぞ」高度を上げる。「工業地帯はいずれ見学に行きたかった」急降下する。「よく見えん」画面をズームさせる。「旋回しろ」操縦桿を押す。
そんなやり取りが幾つも続き、クロノスの忍耐にも限界がきていた。
「いい加減にしてくれ。俺はタクシーじゃないんだ。それにまだ上空では戦闘が行われている。危険なんだ」
「む。お前はあんな雀に遅れをとるのか」
ルキナが言う雀とは、エルミラの戦闘機『ノッカー』のことだろう。アイギスと同速以上の速さで空を走る兵器を雀呼ばわりか。
と、ちょうどその時、一機のヘリ『ベグサリオ』がアドニスにミサイルを射出した。
気づかないうちに二機の戦闘機が背後が迫り、側面からはヘリ群が多く肉眼で確認できた。
「―――っ負けはしない、けど。絶対にやられない保証なんて戦場にはない!」
クロノスの足が、アクセルペダルを蹴り、アドニスが急速旋回して宙返りを決める。細かな魔素の粒子が飛沫となり、浴びる照明を跳ね返す。
ミサイルは誘導式のものだったが、アクロバティックなクロノスの操縦にはついていけず、互いに爆発を起こした。アドニスの機影が炎の背景に浮き立つ。
まるで悪魔のようなその威容に驚いたのか、戦闘機が速度を緩めた。
その隙をクロノスは見逃さない。
右手の操縦桿を強く握る。アドニスが待ってましたとばかりに、腕を突き出した。憐れノッカ―は巨大な腕に掴み取られ、果ては強大な握力で握りつぶされる。
『ベグサリオ』の側部。何発ものミサイルが順次アドニス目掛けて発射されたのが見えた。レーダーに赤い光点がいくつも増え、危険信号を伝えるアラームがコクピットに鳴り響く。
「ははは。たかが一機に数十機が群がってくるぞ。大物だなクロノス」
「緊張感のない!」
クロノスはずり下がったモノクルを上げ、背後から迫る人類解放戦線を見据えた。ノッカーが上空から放つ炸裂弾の嵐が襲う。
巧みな操縦で全てかわすが、すでに四方が爆発炎上している。アドニスがスカートの部分からチャフを射出するが、その爆風だけは避けれない。だが、クロノスの目に怯えは一切なかった。
背後のルキナが目を細め笑う。
「お前が敵から何と呼ばれているか知っているか? ―――漆黒の狩人、だそうだ。今のお前を見ていると、其の名も言い得て妙だと感心する」
「…………」
クロノスは返事をしない。集中しているのだ。
流体魔素の流れを、機体を通じて体に感じる。その感覚はまるで瞑想しているかのよう。ルキナの声も聞こえているのだが、感覚の外に散らしているような精神状態。
そのかわり、襲い来る敵の動きが手に取るようにわかった。
パリスは戦闘機に比べ小回りはきくが、瞬間的加速はあちらが有利だ。敵制空部隊が機首を上げて、機銃を放つ。軽快な加速と、空間にまるで静止したかのようにブレーキを行えるその性能をフルにいかしている。
アドニスのハンドガンをかいくぐり、なんとか接近しようとする命知らずばかりだ。
だが、そんな相手でも、アドニスの銃口は一分の誤差もなく、相手を貫いていく。クロノスの指が操縦桿の先端、赤いスイッチを押すたびに画面には惨禍の炎が破裂する。跳躍し、機速を上げて接近するノッカーは、ブレードで真っ二つに切り裂く。先端の丸くなった処刑刀のような形状の刃だ。両刃で切れ味が鋭く、特殊な合金でも紙のように切れる。長さも3メートルとパリスが振るうには長すぎず短すぎない。アドニスの高速戦闘にも耐えられるクロノスの愛用品だ。
バランスの取れた性能を誇る愛機を、クロノスは存分に発揮させてやっていた。まるで空に壁があるように反転し、相手の背後から刃を振るう。その縦横無尽な戦闘方法から、暗殺者、漆黒の狩人などと呼ばれるようになったのだ。
その時、ハザードランプが点滅するモニターの中。真っ赤な光点だらけのマップの中で、とある巨大な緑の光点が出現した。
帝国軍が誇る巨大空中戦闘艦『ゲンズワナ』が、ちょうどこの戦闘区域の真上に来たのだ。白鯨のような様相。真っ白に輝くボディを、全身針鼠のような対空砲火機で包んでいる。正面には魔素圧縮砲があり、腹部と側面のいくつかから巨大な特別な砲門が突き出ていた。
まるで蜂の巣のように、開いたゲートからパリスが排出されていく。カラーは赤。近衛まで出撃しているのだ。
『帝国臣民の守り手である諸君。敵は卑劣にも宣戦布告もなしに、直接帝都を攻撃するという愚を犯した!』
「兄上か……」
ルキナが複雑そうな表情で、突然帝国中に流れる放送を聞いていた。
無事片離宮を脱出したと聞いていたが、もう防衛戦の指揮を取っているようだった。
『我らはエルミラ達の良き親、良き隣人、また良き友であると思っていた。そう! 支配者としての神族の掟に従って、エルミラ達にエデンを与えてきたのだ。その恩を奴らは仇で返した!』
全国民がフィオガの演説に聞き入っている。
戦場の最中、スタンピードされた苛烈なナショナリズムは、兵士達にもその熱狂を加速させていく。
続々と直掩として現れるパリス。
まるで怒り狂ったかのように、猛烈な反撃を開始し始めた帝国軍。
『さあ、人としての領分を超えた行いを、我らが正すのだ! 大神も見ておられる! この聖戦を!』
「…………」
クロノスはフィオガの主張を、複雑な面持ちで聞いていた。
素晴らしい演説だった。ゆっくりとした、だが強い口調で民を煽る。―――これが神族側の宣戦布告。
さらに神と人との争いが激化するのだ。
狭間で揺れ動くかのような、半神半人の少年は、時代の流れに逆らうにはあまりにも無力だった。
「…………大丈夫だクロノス。お前は強い」
ルキナがそっとクロノスの髪を撫でる。
そんな少しのことで、自分の気持ちが軽くなるのに驚いた。
『ピ―……』
その時。
一通の緊急着信がコクピットに流れた。
激しい動きで機体が交差する空中戦。そんな中に味方機であるアイギスが五機、縦陣を組んでこちらにやってきた。
トレードマークである巨大な盾が、各々黒く焼け焦げている。炸裂する弾丸を大量に浴びた証だった。敵の攻撃の凄まじさが伺いしれる。
『バクラ所属機13892……アドニス。援軍感謝する。だが、今この時において貴君の戦闘は許可されていない。元老院から違う任務が与えられているはずだ』
モニターに三十代後半くらいの黒人女性の映像が現れた。どうやらあのアイギス部隊の隊長のようだった。
ドレッドヘアーの唇の厚い、顎に傷を持つ女だった。
「アマンダ・ロスプレイ軍曹か。厄介なのに見つかったな」
ルキナが急いでクロノスの背中に隠れる。
名前に聞き覚えがある。帝都直掩部隊に腕利きがいると。それが彼女か。
守護神の通り名に間違いはないようで、小蝿のように鬱陶しかったノッカーが、たった五機相手に攻めあぐんでいる。
彼女達の操縦は簡単に言えば地味。だが、敵の攻撃が止んだ瞬間を狙っての、槍の射出がすごく正確だった。
盾の中央から、バリスタのようなワイヤー付きの槍が発射されるのだ。
戦闘機の腹を貫通して、ワイヤーを振り回しては他機にぶつけて誘爆を引き起こしている。相当な手だれだ。ここは任せても良さそうだった。
「……了解。だが、俺には違う命令が下されている」
『違う命令だと? 言っておくが元老院からの命令はLV4に指定されている。それよりも上位命令だとでも言う気か』
「今詳細は言えない。だが後で説明する」
『おいおい坊や。そんなの認められるわけないだろう』
(だろうな)
一瞬アマンダの言葉に従いそうになったが、ルキナが後ろで座席を蹴るのを感じた。
『さっさと行け』小さな声でそう聞こえた。
勝手なものだ。
クロノスは一つため息をついて、アマンダに向かって首を振った。
「すまない。俺は先に行くぞ」
『はぁ?』
「敵の位置データを転送する。うまく使ってくれ」
アドニスが吠える。
腰のあたりから銀の粉が噴出し、周囲の磁気が異常をきたしていく。
ヴァルキリーフレア。言わばレーダー撹乱兵器だ。
『ちょっ、おい! クソっ、どうなっても知らな―――!』
アマンダの怒鳴り声が途中で途絶えた。
敵機の銃器が両翼で光った。その瞬間に炸裂弾が爆発する。
弾を避けるようにして、アドニスは急速に降下していく。爆炎に紛れてこの空間から逃げるのだ。
アマンダからの通信を遮断され、迷うことなく一気に加速する。
アドニスのエンジンがさらなる魔素を求めて、凄まじいエンジンからの振動がコクピットを襲った。
ルキナが「うわっ、もっと丁寧に操縦しろ」なんて言っているが、そんな意見は無視する。
「あはははは。アマンダに敵機を押し付けて行くとはな。中々愉快だったぞ」
「誰のせいだよ」
「まぁ良いではないか。お前は嘘は付いていない。わたしからの命令はもちろん最上位のLV5だからな」
凄まじいGを体に浴びながら、ルキナは眉一つ歪めない。アドニスの超加速により、敵軍の二つの部隊とすれ違った。
邪魔しようと前に出たものは、全てブレードで瞬時に切り裂く。
幾つもの爆発がすぐ側で起こる。砕けた尾を引きずるように、黒煙を上げてノッカーが敵空母に激突する様子が見えた。
断末魔のような叫びを上げて、戦艦の左舷が傾き、雲海目掛けて突っ込んでいく。その艦隊司令所には何機ものアイギスが取り付いていた。
堕ちるのは時間の問題だったのだろう。
クロノスはルキナの笑い声とともに、さらに加速を繰り返した。ちょっとした違和感。ギアが切り替わる速度が遅い。恐らくルキナが乗っている分、いつもと重量が違うからだろう。
「アキレウスベルトをもう少しで抜ける。この先は帝都でも指折りの悪党共の巣だ。正直ルキナにはあまり見せたくないんだが」
「なぁに。少し頼りないがボディガードがいるからな」
「……言ってろよ」
「なんだ、負けず嫌いなのは相変わらずだな」
「……この機体の外には絶対に出ないこと。いいな?」
「うむ。久しぶりにわたしも戦いたかったが、お前に免じて我慢するとしよう」
先端が尖った岩のような塔が見えた。
大きなポッドのような卵型したエレベーターがある。工業地帯に鉱物を運ぶ重機運送用のシャフトも兼ねているので、パリスでも余裕で入れそうなほどだった。
クロノスは操縦桿を引き上げ、ペダルからゆっくりと足をどけていく。画面から最適の着地地点を割り出し、機体を安全に推移させる。
あたりに戦闘の気配はない。一面使い捨てられたタンクローリーやら、古い機種のパリスが捨てられている。
まるで重機の墓場だった。申し訳程度に整えられた搬送用の国道が、帝都の玄関口まで続いている。
アドニスの重量が錆びた鉄板の上に乗り、ワイヤーが軋むのを感じた。
エレベーターの扉が魔物の口にも思える。
ゆっくりとアドニスが歩いて行く。
もう後戻りはできない。
本当に大丈夫なのかという思いがよぎる。背後の狭い空間にクロノスに抱きつくように身を前へ寄せるルキナを見る。
(ルキナだけは絶対に傷つけちゃならない。そのためには……)
冷酷な決意が心に染み渡る。
エレベーターの扉がゆっくりと締まっていく。
これから先は魔都。
何が起こっても不思議ではない想像を遥かに超える危険地帯なのだから。
『ちょっとした設定資料』
レアー・マールヴェル・ド・ウルク。今はただのレアー。
16歳。赤毛の元王女。
東ウルク王国の第二王女。古くはペシュメー地方に代々住んでいた豪族の家系。地上で最も古い王族の一人だ。
帝国軍に家族を皆殺しにされてから、復讐のために神族と戦っている。しかし現在全敗。
自分の力に限界を感じ、憤りを隠せないでいる。神族と同様にエルミラと呼ばれ、ただ奴隷として甘んじている人間もまた蔑んでいる。
今現在は男の格好をしており、汚らしいウィッグを被っている。かつらを外せば、肩まで届く美しい髪をしている。
胸にはサラシを巻き、胸を隠している。
クロノスとどこかで面識があるよう。
B77・W53・H82。
アドニスのブレード
魔素で空気を圧縮してできた衝撃波とともに相手を切り裂く特殊兵器。
長刀とは言えず、短刀とも言えない中途半端な長さ。だがそれゆえに振るいやすく、様々な用途で使用できる。
考案者はメア・アキレウス。
フォマルハウトとアキレウス財団が共同で出資した合同会社によって設計。いわば試作品である。
そのため、今この装備をOSともにインストールしているのは、クロノスのみとなっている。
ヴァルキリーフレア
チャフ。金属片を粒子単位まで分解してできた兵器。
相手のミサイル攻撃の盾にも使え、連絡やレーダーを使用不能にする役割を担う。
殺傷能力はないが、いわゆる煙幕と同じ効果があり、その混乱に紛れてクロノスは迫撃。剣を振るって一網打尽にする戦法を得意とする。
魔素圧縮砲
空気を圧縮し、超高速で発射。その間砲身では火花が散っており、真空状態から一気に膨張する空気圧とともに爆破。
射線上にいる全てのものを焼き尽くす。
ハンドガン
一般的なパリス装備と同じだが、弾丸が特殊になっている。
ホプキンソン効果(爆発が対象物の内部に衝撃を与え、圧縮波となって内部へ伝わる)、スポール破壊(金属板の内部を破壊し金属片を撒き散らすエグい現象)。
粘着榴弾や炸裂弾のような威力を生み出す。
ノッカー。現在M4。
戦闘機。流線型の素早い機体。
小回りはやや苦手だが、直線的な移動ならばほとんどの機体を凌駕している。
空中で激しくぶつかり合い、相手の背後目掛けて突進する戦法を得意とする。
アイギスを駆逐することを目的に開発されたが、未だに勝てない。しかし性能が着々と上がっており、パイロットの腕次第で勝てるようになってきた。
ベグサリオ
元々は神族が考案したヘリだ。名前は『ヘルミラド』。
それがどうしたことか、人間に鹵獲され、斉射機能と重量制限を緩和されて、進化して人間の兵器となって帰ってきた。
接近戦は苦手だが、遠距離からの苛烈なミサイル攻撃、曲射砲などは、凄まじい威力を発揮する。
対軍兵器と呼ばれる所以がそこだ。
戦闘シーンはスイスイ書けますが、完成度は不明ですね。
しかし、今回も中々文量が多いような気がする……。
ネット小説として、もっと短く簡潔に場面を表現したほうがいいのかなぁ。
なにぶん初心者なものでして、ご感想お待ちしております。