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第二章-B

先週東京旅行してました。今週だったら帰れませんでしたね。

地震の被害が心配です。


 片離宮の最上階。ドーム状になった建物の、螺旋階段の先。

 果実が爆ぜたように開けた形の大広間がある。

 その中央の、赤竜の紋章のついた赤い扉の中。広く儀艶室と呼ばれる、皇族の女性しか入れない場所。

 何百着という華美な衣裳がおさめられたクローゼットが、円を描くように並んでいる。

 天井には天地創世を描いた、宗教画が描かれている。シャンデリアにはダイアモンド。幾億もの光点が、美しく部屋を輝かせる。

 平時ここに来た者は、全てその美しさに魅せられることであろう。

 そう……平時であれば。


「へへへ。死にたくなかったら、黙って両手を上にあげろ」


「…………」 


 ルキナはいきなり入ってきた男達に、銃を突きつけられていた。 

 黒光りする銃口が、目の前にある。奥へと向かって漆黒が渦巻くその奥。いつ発射されてもおかしくない弾丸を想像するが、不思議と恐怖など湧かなかった。

 ちらりと横目で隅に捕らえられた侍女達を見る。

 怯えた表情で皇女を見つめる目が十。合計五人の娘達が地面に転がされていた。

 ルキナへの人質のつもりだろうか。賊の二名が常に彼女達にライフルを向けている。

 ポンプ式の一発ごとにリロードが必要なタイプの銃。なんとか一度明後日の方向に発射させれば、あとは簡単に制圧できる。

 ルキナは男達の隙を冷静に探していた。

 

「それで。貴様らの目的は何だ? わたしを殺すならさっさとその引き金を引けばいいものを」


 ルキナを取り囲み、油断無く銃を構えているのは五名。


(なるほど。わたしが怖いか。情けないことだ)


 少女一人に、大の男が五人掛かり。賊の情け無さに失笑が漏れる。 

 それが癪に障ったのか。

 髭面の男の一人が、目を剥いて怒鳴ってきた。 


「随分余裕があるじゃねぇか。この薄汚い化物!」


「化物?」


「お前らなんて神でもなんでもない。この妖魔め!」


 普段敵意を抱く人間と接する機会のないルキナは、彼らの反応が新鮮だった。


「妖魔王の娘。貴様は我らの人質だ。帝国を滅ぼす為の贄になってもらおう」


 そこで賊の中から、中年の男が姿を表した。庭師の姿をしており、ずっと前から天球城に忍び込んでいたのだろう。

 腕に巻いた布には赤い狼の紋章。どうやらこの男が、今回の首謀者らしかった。

 ここで力を解放して男達を皆殺しにするのは容易い。

 その前に赤い狼を名乗る彼らから、少しでも有益な情報が欲しかった。

 

「ほう。エルミラはわたし達を化物と思っているのか」


「当然だ。貴様らは偽りの神に創造された醜い人形だからな。我ら人類解放戦線は真実の神の降臨をこそ望んでいる」


「真実の神?」


「そうだ。ガシャトリアなど遥かに凌ぐ大神。全ての存在の生みの親だ」


 賊達の目が崇拝で歪む。

 自らが優位に立っているためか、あるいはルキナを女と侮っているのか。

 彼らの口は非情に軽かった。


「ニュクス様は仰った。今夜フィオガを殺し、お前を誘拐することでラグナレクの幕は開く、と」


 おお、と周りの賊徒達が歓声をあげた。

 人類解放戦線……その実態はどうも宗教じみたものらしい。

 ニュクスとやらが司祭の役割を果たし、その狂信者を使って各地でテロを起こしているのか。

 これはあくまでルキナの予想だ。

 今までほとんど組織の全貌が見えなかった赤い狼の貴重な情報だ。ルキナは注意深く話題を選んでいく。


「―――ラグナレク。神々の黄昏か。だが貴様らは本当にそれが可能だと信じているのか?」


 どの時代にも終末思想というものは蔓延っている。半神半人危険思想カタストロフもそうだが、心の弱い民衆はいつでも何かに怯えながら暮らしている。

 恐怖や怨恨。

 醜い神族の気持ちが凝り固まって出来た、破滅願望、自虐的歴史観が馬鹿な妄想を生み出している。ルキナはずっとそれを鼻で笑っていた。


「当然だとも。神族の滅びは、もう間近だ。成熟した果実が後は腐って落ちるしかないように、メサルティム神聖帝国もここ数年で堕落した」


「ほう。だがな、例え我ら皇族が全て死んだとしても、元老院や教会らが次の皇帝を選ぶだけだ。直系は絶えても、傍系の全てを殺すことはできまい」


「そんなことは知らん。ニュクス様は貴様らさえいなくなれば帝国は滅びると予言なさっている」


「ふんっ。大層なことだ。そのニュクスとやら、メサルティム家に怨みでもあるのか? やたらと皇族に固執しているな」


 ルキナのその巫山戯た調子の声音に、さすがの男達の我慢も限界だったようだ。

 リーダー格の中年が、ルキナのこめかみに銃口を押し当てたのだ。


「娘……。ニュクス、『様』だ。いかなる暴言も次からは許さん。その綺麗な顔を吹き飛ばしてやろう」


「ふん。つまらんことで怒るな。器が知れるぞ」


「いい気になっていられるのも今のうちだ。それとも、侍女の一人や二人殺してやったほうが、良い脅しになるか」


 その時、室内の雰囲気が変わったのを賊達は気付かなかった。

 魔素を少しでも感じることの出来る者ならば、すぐに分かってであろう。

 ―――ルキナの殺気が。

 濃密な魔素が荒れ狂っている。不規則に散らばる粒子達が、一定方向のベクトルでもって流動していた。

 大気がチリチリと振動を繰り返す。

 空気が乾燥し始め、室内の温度が上がり始めた。  


「……大した力もない劣等種が。よくほざいた」


「馬鹿め。この状態で我々に勝てるとでも?」


 銃の引き金に指がかかった。テロリストの顔には余裕の笑み。

 しかし、男達は気づかない。

 馬鹿な女と、ルキナのことを見下している。


(死ね、愚か者どもが)


「さぁ、もうすぐフィオガを討ったという知らせが入るぞ。妖魔の娘、お前には我らと共にシェナシティまで来てもらう」


 男達が言い切る直前。ルキナの腕がリーダー格の男の首に伸びる。

 ちょうどその時だった。

 

 ―――バタン!


 大きな音を立てて、扉が開いた。

 頭にバンダナを巻いた賊が、もう一人部屋に侵入してきたのだ。

 一瞬ルキナは敵の増援かと思った。

 しかし、どうも様子がおかしい。

 全身血だらけで、ところどころ肉が焼け炭化していた。もうすでに死にかけで、怯えた目をしていたのだ。

 

「……あ、がぁあ、あ、はぁ……が」

  

「な、どうした。何があった!」


 賊達がバンダナ男に噛み付くように質問する。しかしあれでは数分と持つまい。

 

「ふぃ、フィオガの暗殺に失敗した。奴は……もう片離宮から脱出している」


「なんだと!?」


「に、任務は失敗……。はや、……たす、助けて」


「で、ではこの傷は、フィオガにやられたのか!」


 バンダナ男は体を丸めて、首を振った。


「フィオガは……いなかった。奴は逃げたんだ」


 そして絨毯に倒れ伏し、かすれた声を発した。


「俺達は……銀髪の……がはっ。餓鬼にやられた。お、お前らも……早く、にげ……ぐあ」


「餓鬼だと?」


 ちょうど男が事切れたその時だった。

 熱と衝撃が部屋を襲ったのは。


「なんだ!」


「いったいどうなって―――ぐわっ」


 凄まじい閃光と共に、一陣の疾風が駆け抜ける。テロリスト達のうち二人もが、一瞬のうちに首から血を吹いて倒れ伏した。

 現れたのは銀毛の狼。

 否、ルキナのよく知った人物、クロノスその人だった。


(銀髪の餓鬼と聞いてもしや、と思ったが、まさか本当に来るとはな)


 天井の帳まで凄まじい身体能力で蹴り上がり、一気に直下。男達は一瞬息を飲んだが、反応などできるはずがない。

 メイド達を囲んでいた荒くれ者が、一瞬で血しぶきを散らし崩れ落ちる。

 クロノスの手には短刀と、ハンドガン。目には殺意しかない。軍服は返り血でさらに漆黒に染まっている。   


「よ、よせ! こっちには皇女の人質が……」


 男が言い終わる前にクロノスは動いていた。

 気づくと短刀が男の首筋に刺さり、白目を剥いて倒れる。

 ルキナも目で追うのが精一杯のスピードだった。以前軍学校で体術を習ったという話は聞いていた。だが、まさかこれほどまで成長しているとは思っていなかった。

 通常のクロノスの戦闘での役割は掃討。戦場ではブッシュの中を、パリスなしで駆けることもある。

 数ヶ月見ないうちに、彼の技能は暗殺者もかくやというレベルまで迫っていた。

 立ち回りにも余裕がある。決してルキナに銃口が向かないよう、あえて敵の注意を惹きつけている。そしてあっという間に一隊をほぼ片付けてしまった。

 

(これが……今のクロノスか)


「ルキナ、無事でよかった」


 怖気づくテロリスト達。絶対的優位な立場が崩れた瞬間、集団はもはや機能しなくなった。隊の士気が一気に下落したのだ。

 それを横目に、クロノスがルキナの前に立つ。

 見た目より大きな背中。

 少し頬が熱くなり、心が軽くなるのを感じた。 

 それと同時に少し悔しい。


「だ、大丈夫に決まっている。お前が来るまでもなかった」


(わたしはこんな雑魚共にやられはしない。わたし一人でもこの場は切り抜けられた。……でも、クロノスが助けにきてくれて、安心しているわたしがいる)


 『お姫様』という肩書きを持ってはいても、その役割をルキナは求められたことはなかった。

 頼れる、強い女性像。

 いつもそう自分を律してきたし、周りもそんな自分を望んでいた。


 童話で王子様に助けてもらうかよわいお姫様。


 ルキナは鼻で笑って一蹴していた。

 しかし―――。


(た、たまには、こういうのもいいものだな)


 血溜まりと恐怖が染み込んだ、今はもう華やかさの欠片もない儀艶室。

 壁にはたくさんの銃痕が穿たれ、死が間近にある。

 そんな状況でもルキナの口のにやけは収まらなかった。  


「ま、まぁ少し遅かったが、ご苦労だったな。ありがとうクロノス」


「……礼なんてらしくないな。パーティー会場にも来なかったし。どこか病気なのか?」


「む……。うるさい。お前みたいなニブチン、どうせパーティーで誰とも踊ってもらえなかったんだろう。これはその哀れみだ、哀れみ」


「? いやウラノスと一緒に踊ったけど」


 ルキナの頬がピクリと動いた。

 

「今なんだって?」


「ウラノスと踊った、と。……ルキナ、怒っているのか?」


「まさか……。ふ、ふふふふ。わたしはいつも冷静だ」


 クロノスの顔が少し青ざめている。知らずルキナの体が魔素を噴出させていたのだ。


「クロノス、あとでその話詳しく聞かせてもらうからな」


「……了解」


 皇女の言葉に基本服従しているクロノスは、こういう時でも律儀に返事をする。

 それでも怒りは収まらない。胸にもやもやしたものが残っている。いい気分が台無しだ。

 ウラノス―――確かクロノスの副官。


(アルキナス卿の娘か。神族至上主義者だと思って油断していた。まさか知らぬ間にクロノスと仲を深めていようとはな)


 無感動を絵に描いたような、クロノスの顔を見る。光沢の鈍い赤眼がモノクルごしに輝いている。

 少し線が細く中性的だが、整った外見をしている。

 半神半人ということを抜きにすれば、クロノスが帝国の女性兵らからモテていることは知っていた。

 ルキナの胸が重くなる。

 クロノスへの複雑な想いに気づいてから、その気持は一気に増大していた。 

 

「う、うおおおおおおおおおお! ニュクス様、我らを真の楽園へ誘いたまえ!」


 その時だった。

 ルキナの散漫になった思考を、一気に覚醒するかのような轟音が響いた。

 テロリストのリーダー格の男が、銃を乱射しながら突撃してきたのだ。

 フィオガ暗殺を失敗し、部隊は半神半人の男一人に壊滅させられ、もはや勝機はないことに気づいたのであろう。

 意味不明な言葉を吐きながら、全速力で走ってくる。

 白目を剥き、口から涎を撒き散らし、完全に気が狂っていた。

 残りのテロリスト達もそれに続き、銃を乱射する。彼らも頭がおかしくなっているのか、味方に流れ弾があたるも無視。中には手榴弾をこの狭い室内で使おうとする者までいた。

 それにいち早く対応したのはやはりクロノスだった。


「ちっ。ルキナ!」


「わかっている。メイド達の安全はわたしが確保する」


 クロノスはまず、爆弾のピンを引こうとしている男に短刀を投げ、指を切り落とした。

 次に床に身を伏せ、回転しながら銃弾を避けていく。

 魔素は身体能力を上げてくれるが、決して不死の超人になれるわけではない。銃撃を受ければルキナだって簡単に死ぬ。さらに戦闘中の限られた時間の中で、炎や竜巻を生み出すような、大量の魔素を消費する技は使えない。奇跡発現術セティードフレアを起こすには、集中力が持たないのだ。出来ることと言えばせいぜい身体能力強化における動体視力の向上。ルキナやクロノスくらいになると、飛翔する弾丸を目で追えるくらいにはなる。

 ルキナは邪魔なロングスカートを千切りとる。丸見えになった素足を恥じることなく、敵へと肉薄する。伸びやかな白い足を名一杯上げてのハイキック。男の首が螺曲がり、ジャムを起こした銃がまるで破裂したかのような爆音を上げる。

 これであとリーダー含めてあと二人。リーダー格の男とはクロノスが戦ってくれている。敵の攻撃を左右にジャンプしながら避けている。人間離れした彼の動きに、敵は全くついていけていない。これならば大丈夫だろう。

 しかし、その左斜め前方を見ると、メイドにナイフを振り上げるテロリストの姿が見えた。


(今から走っても間に合わない! でも―――)

 

「っやらせるか!」


 血液に含まれる魔素が爆発的に流れを早めた。心臓の鼓動が一瞬爆発するかのように脈打つ。体が羽のように軽く感じた。時間が止まったかのように、ルキナの瞳には映る。

 人間とは違う生き物。

 エルミラ達が嫌う、魔素を使っての奇跡を発現させる。


(大規模なセティードフレアは無理だが、略式のものならばいけるか!)


「はぁあああ!」


 ルキナの手のひらに熱い塊が集まってきた。

 大気が彼女に操られ振動する。その発熱が莫大なエネルギーとなって迸る。

 原子と魔素のぶつかり合い。全く別の粒子同士が反発を起こし、世界の構築式を破壊しているのだ。

 その果てには蛇のようにうなった炎の矢が見えた。

 ルキナは弦を引き絞るように、腕を振る。

 そして、手のひらをまっすぐに的へと向けた。


「神族はっみんな死ねぇえぇえ」


 男が叫んだ。

 ナイフが今にもメイドの頭部へと刺さろうとしている。  

 その一瞬の間だった。

 閃光と爆音が部屋を包む。うっすらと目を開ければ、男の首はもげ、その断面は綺麗に焼け焦げていた。


「き、きゃああああああああああ!」

 

 メイドがそのグロテスクな光景に悲鳴をあげ、気絶してしまった。見れば先日入ってきたばかりの新人のメイドだった。まだ歳は15かそこらだろう。

 可哀想だが、死ぬよりはマシだろう。


「さて……あとはあいつだけ、か」


 ルキナは落ち着き払った様子で、クロノスの方を見る。彼に関しては何も心配していなかった。

 この程度で敗れるような男に、自分が惚れるはずがないからだ。 


「……ルキナ、そっちも終わったんだな」


 案の定、テロリストは全員クロノスの足元に横たわっていた。

 屍体を見ると綺麗に急所を穿ったものが多い。目、首、頭、股間、などえげつない場所への攻撃もある。負けず嫌いな彼のことだ。苦手な肉弾戦を克服する為、必死に人体の弱点について研究したのだろう。


「ごめん。この男だけは生かして捕らえようとしたんだけど、エルミラにしては強かったんで手加減できなかった」


「構わん。聞くべき情報はもう聞いた。生かしておいても価値はない」


 クロノスが首謀者の背中を引き起こし、ルキナの面前に突き出した。


「ごぼっ。はは、はははは」 


 男は戦闘中に左眼をクロノスに撃ちぬかれたのか、落ち窪んだ眼から血の涙を滴らせながら、乾いた笑い声を上げていた。

 右胸には銃痕が二つ。それぞれ肺を貫いており、治癒能力の低いエルミラには致命傷足りうる。


「なにがおかしい?」


「貴様らの……未来さ」


 真っ赤になった口蓋をカパッと開き、男は歪んだ笑みを浮かべた。


「偽りの神には破滅しか残らない。……この天の狭間で。神族が黄昏る様を……見れないのは、残念だ」


「貴様らの教義に興味はない。最後にニュクスとやらの居所を教えろ。すぐに後を追わせてやる」


「ぐ、くはははは。出来るものか。あのお方には誰にも勝てん」


「ほう。それは良いことを聞いた。是非とも一度戦ってみたいな」


 ルキナの心が踊る。

 腕には自信がある。しかしそれを振るう場所がなかった。比較的好戦的で好奇心の強い皇女は、幼い頃から強者との手合わせを楽しむふしがあった。

 その悪癖を知っている幼馴染は、分かりやすいくらいに大きなため息を吐いた。


「ルキナ。まさかとは思うけど、変なこと考えてないか?」


「まさか。わたしももう17歳だ。いつまでも子供のような真似はしない」


「どうだかな」


 クロノスの半信半疑の目線を意図してかわす。

 その時だった。


「ぐ……げはっ」


 男の体がビクンと跳ねて傷口が開いた。口から血が迸る。

 肺に血がたまったのだ。呼吸できず手足を震わせ、目を剥く姿はとても残酷なものだった。

 ルキナはクロノスの肩をそっと掴み、その腰にあるホルスターから拳銃を取った。

 

「ルキナ?」


「もういい。楽にしてやる」


「俺がやる」


「構わん。敵の命を背負うのも皇族の宿命だ」


「……あまり無理はしないでくれ」


 不安そうな少年と問に、皇女は笑みでもって答える。


「馬鹿者。わたしは強い」


 銃口を男の額に押し当てた。

 もはや抵抗する気がない。ただただこちらを暗い瞳で見つめていた。

 破壊された壁面から罅が広がり、ルキナたちの前方に穴が開いた。

 ちょうど男の背後に月が現れ、雄大な天上世界の浮遊大陸の一部が見えた。

 

「我らエルミラに……栄光を」


 満足したように笑う男。

 ルキナが引き金を引いたのはそれと同時だった。

 乾いた銃声と、仄かな灯りが闇に咲いた。


「―――さて。クロノス、メイド達の縄を解いてやってくれるか?」


「わかった」


 ドレスについた返り血を何ら顧みずに、ルキナはこの先のことを考えていた。

 

(シェナシティ……、帝都の最下層部にある貧民街だったか。奴らはわたしをそこへ連れて行くつもりだった。シェナシティに奴らの拠点があるのか)


 ルキナの美しい口元が、好戦的な笑みで彩られる。

 人類解放戦線が天球城まで侵攻してきた。もはやテロというレベルではない。エルミラから神族への宣戦布告と見て間違いない。

 父王は反対するだろうが、フィオガはさらなる地上侵攻へと向かうだろう。

 軍の実権はもはや皇子にある。元老院直属部隊バクラもその軍に恐らく参加するだろう。

 そこで問題になってくるのは、クロノスがまたルキナの元から去っていってしまうことだった。

 

(ふむ……。どうにかしてクロノスをわたしの近衛か副官にでも引き抜けないものか)


 ルキナの智謀が冴え渡る。

 帝国で一番の軍略家は彼女だった。


(今更兄上と次の皇帝の椅子を巡って争うつもりはいっさいない。戦争がしたいならすればいいさ)


「クロノス。お前に手柄をやる。今からシェナシティへ向かうぞ」


「なんだって?」


 傷を負ったメイド達を介抱するクロノスが、すごい勢いでこちらを向いた。

 無表情な瞳が驚愕に揺れている。


「約束を覚えているか? お前はわたしの家来になるんだ」


「ああ。だが子供の頃のものだろう」


「今からそれを実現させるぞ」


 クロノスの脳内に、疑問符がたくさん浮かんでいるのが、目で見てわかった。 

 

「ルキナ……。すまないが一から説明してくれないか」


「ははは。察しの悪い奴め。いいからわたしに着いてこい」


「ちょっ、ちょっと!」


 構わずクロノスの手を引っ張るルキナ。


「ああ、そうだ。戦闘になると思うからパリスに乗って行くぞ。整備班に連絡しておけ。専用機を搬出させるのだ」  


「馬鹿な。許可が降りるわけがない」


「都合がいいことに今天球城の魔素が遮断されている。手動でコンソールを弄ればなんとかなる」


「ああもう。相変わらず無茶苦茶だな、あなたは」


 クロノスの嘆きは見事にルキナに黙殺された。

 





『ちょっとした設定資料』


奇跡発現術セティードフレア

魔素使用LV4。かなりの魔素適合率が必要。

魔素を使った奇跡の発現。古くは無から有を生み出す神技として知られる。旧世界の歴史書では、手のひらからパンを生み出す、海を割るなど。一部の者に魔素を使える者がいた記述が残っている。

詳細は不明だが、奇跡発現には個人差があり、その発現の速度や創造の規模などは神族の力に左右される。

ルキナ「簡単な奇跡なら数秒で発現できる。大事なのは集中力だ。イメージとも言うかな。魔素の絶対的な量はクロノスに負けるが、コントロールに関してはまだわたしの方が上だな」

クロノス「俺は少し苦手だ。奇跡を使って戦うより、魔素を使っての身体能力強化で敵を掃討する方が効率がいい。でも使えと言われれば人並みには使える。ルキナには勝てないけどな」

ウラノス「オレにんなもん必要ねぇよ。敵は素手で殴り倒した方が気持ちいいだろう。ひゃはははは」

キャラ的にはこんな感じです。

ぶっちゃけ魔法使い。しかしその奇跡を発現するにはかなりの労力がいるみたいだ。

基本的に原子配列を変化させてるから、本当に無の空間からは何も作れないと学者らは考えている。

というか魔素を流体として見て、その粒子の力を神族が取り出しているって説もあるし、そこらへんは後の研究による。



ニュクス

その存在は一切不明。神族に敵対するカリスマ的存在のようだ。

しかし、組織の中でもレアーのようにニュクスに忠誠を誓っていない勢力の存在もある。

どうも人類解放戦線は一枚岩ではないような雰囲気だ。



儀艶室

儀艶という字の通り、皇族女性のために作られた言わば化粧室だ。大事な儀式の前にこの部屋は解放されたりする。普段は使われていない。


エルミラが持つ銃は、神族側のものより性能が少し良い。しかも日々進化していっている。

中には銃弾に魔素の流れを阻害する毒鉱『エチルナイト』が入っているものもあり、対神族の兵器開発は順調に進んでいるようだ。


アイギス

量産型帝国パリス

飛行能力に長けており、比較的小柄。腹から爆弾を投下して面制圧を得意とする。

武装はハンドガン、パリスナイフなどシンプルなものが多い。

左腕に巨大な盾を装備している。その盾の中央は棘があり、パイルバンカーのように射出することも可能。

基本帝国はパリス同士の戦闘を考慮しておらず、その性能は対戦闘機、戦車といった用途に限られている。

全長4.5メートル。色は青と赤と黒。赤は帝国の国旗にもわかるように皇族直属の近衛部隊のものだ。


赤い狼の襲撃

今回のエルミラの天球城への侵攻は緻密な計画に基づいてのもの。その作戦の計画を建てたのはニュクスなる人物だろう。

ちなみに片離宮襲撃者のリーダーの名前はヨブス・ホーラン。

神族に妻と娘を連行されてから、気が狂ったかのように反帝国運動を開始する。その間にニュクスと出会った模様。

人類解放戦線の中ではびこるニュクス信奉。その最たる者が彼だった。



不定期更新ですみません。

一ヶ月で約10000PV。皆さん読んでくれてありがとうございます。

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