3話:ジョークはTPOをわきまえて
ここまでがカクヨムに掲載してた分です。次回からは同時に投稿していきます。
彼の前で、ゆっくりと立ち上がる。ズボンを軽くはたいて埃を払う。
彼と目があった。
いまだ警戒を感じるその目つき。当然なのかもしれない。私はたぶんゾンビであって、普通の生存者とは程遠い。自分では生きているつもりなんだけども。
どうすればいいかわかんなくて、にへっと力なく笑う。いろいろこみ上げてきて、なんだかいたたまれない気分だ。なんなら、目つきが怖くてこっちはびくびくしてしまう。
「……なあ」
「ひゃ、ひゃい……!」
「いや、びっくりしたいのはこっちなんだが……」
反応しようとして、噛んだ。顔が赤くなる気がした。こんな状況で恥ずかしいとか言ってられないけど、でも恥ずかしい。
そんな私の姿を見かねてか知らないが、彼は呼吸を長く吐いてから、言葉を紡いだ。
「はあ……ゾンビ? なのか知らんけど、ガチで意識あるんだな?」
警戒は感じる。感じるけど、有無を言わさぬ圧はもうない。明らかに異常な私の見た目を見ていながら、対話を試みてくれている。
だから、私も一呼吸おいて、こんどこそしっかり発言した。
「どうも、ゾンビです。でも生きてます」
沈黙――。思ったより長い沈黙。
彼の表情が、なにいってんだこいつみたいなものに変化した。しまった、軽くジョーク交じりに挨拶してみたんだけど、逆効果だったかも。
「いや、まあ……うん、そうか」
歯切れ悪く返事してくれたけど、私は余計恥ずかしくなってしまった。
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「よっと……はい、椅子、座ってください」
「ああ、わりぃ」
廊下は見通しがいいけど、逆にゾンビにも見つかるかもって話だったので、ひとまず私たちはそばの教室に入り込んだ。
椅子を右手で運んで、彼の側に置く。彼が座ってから、対面するようにもう一個椅子を置いて、私も座った。
「それ、不便そうだな」
「そうなんですよ。めちゃくちゃ運びづらいです」
左腕が無いのを見て、彼に指摘される。ジャージで欠損部は見えないけど、袖が不自然にプラプラしてたし、動きからもわかるだろう。
別に隠すことでもないので、そのまま話す。
対面する彼は、背が大きい。座っていても存在感を感じる。スポーツでもやっていたのだろうか。
再び、しばしの沈黙。先にそれを破ったのは彼だった。
「いろいろ聞きたいんだが、その前に、ひとついいか?」
「へ? うーんまぁ答えられるか分かんないですけど」
真剣なその彼の眼差し。こっちも彼には聞きたいことはたくさんあったが、ひとまず向こうから皮切られたから返答する。
「その、お前って、桐川 七瀬ってやつ知ってるか?」
「……いやまったく」
彼から質問されたのは、人を知っているかどうか。当然だが、私が知るわけがない。
仮に昔の私が知っていたとしても、答えようがない。だって記憶喪失なのだから。
「そうか……ならいい」
彼が少しだけ、寂しそうな表情を作ったように感じた。今の態度から察するに、親しい間柄を探しているってところだろうか。
「その、ナナセって人はこの学校の生徒さんです?」
「そう。ついでに言うと、俺の妹」
「ああ……なるほど。そりゃあ、心配、ですね」
聞いて、納得。家族を探しているらしい。既に荒れ果てたこんな中学校になんで探索にっていうのも合点がいく。
「ってわけで、俺は桐川 一人。あんたは?」
流れで、彼は自分の名を名乗る。少しぼさっとした短い髪。くっきりした釣り目よりの瞳はなかなかかっこいい印象を感じる。
彼に名前を求められたが、私は返答に困ってしまった。
「あー……えっと、ですね」
煮え切らない返事に、彼の目が訝しむ。いや、隠す理由はないのだけど、名乗る名前がないっていうのが言葉を詰まらせた。
「私、記憶、なくなっちゃってるんです」
正直に、端的に。
「全然、名前すら憶えてなくて……はは」
自己の喪失感。別に真剣に考えてるほどじゃないんだけど、過去が全くないっていうのが、なんとなく心寂しくて。
正面の彼が、少しびっくりしたような顔をした。
「……」
「信じてもらえるか、わかんないですけど」
「いや、別に疑ってるってわけじゃあないんだが……マジか」
彼の顔が若干ゆがむ。なんというか、その表情はやめてほしい。きっと同情心的なやつなんだろうけど、それこそ私がいたたまれなくなる。
「なんか、わりぃ」
謝る必要も個人的には感じないのだけど、謝られてしまった。気まずくなったのはわかるけども。
また沈黙。状況が状況だからってのもあるけど、私ってこんなに会話が下手なタイプなのだろうか? なんて思ってしまいたくなる。
「ま、まあ、そのうち思い出すかもしれませんし? ゾンビだけど自分探しってやつです」
取り繕うように、言葉を発した。沈黙に耐えかねて、わけのわからないことを口走ってしまう。自分探しって何言ってるんだ。
けれど、そんな私の態度を見てか、彼の雰囲気が少し柔らかくなったように感じた。
「あんた、すごいな……」
そして何故か感嘆された。わけがわからない。
「すごいって、何がです?」
「いやだって、その体に、記憶に……めちゃくちゃじゃん」
「はは、そーなんですよ、めちゃくちゃすぎて困ります」
なんとなく彼の言っているニュアンスが伝わった。こんな状況なのに平然としててこいつやばい、みたいなことだと、さっきの発言は受け取った。
決して平然としてるわけじゃあないんだけども。比較的落ち着いてはいるかもしれないが。
「でもよかったぁ。普通の人がいて」
「今だとゾンビのほうが普通かもな」
「洒落にならない……」
でもたいぶお互いに、緊張の糸がほどけたように思う。私としては、人に出会えた安堵感が大きい。
「えっと、桐川、さん? 私からもいろいろ聞いていいです?」
「いいぜ。あ、ちなみにここ、俺の母校でもある」
「……先輩と呼べと」
「いや別に、言ってみただけ」
前言撤回。ほどけたどころか、だいぶ距離感を掴まれている気がする。明らかにからかわれた。彼は人付き合いが上手なタイプなのかもしれない。
「はあ、じゃあ桐川先輩って呼ばせてもらいますけど」
ちょっとじとっとした目線で私は言う。
「おう、かわいい後輩よ」
「頬削げてますけど」
「それは洒落にならん」
「口裂け女みたいですよね。というわけでキレイと言ってください」
少し間をおいて、小さく、私たちは笑った。異常になってしまった世の中で、でも少し気が楽になった瞬間だった。
「とりあえず、よろしくお願いします」
「ん、ああ、こっちもよろしく頼むわ」
気がつけば、外は夕方。空の模様は普通だった。




