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死んでないけど、死んでます。  作者: 八倍数 梅雨
ゾンビだけど、生きてます。

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2話:あの、どうも。

 結論から言うと、世界は滅んでいるみたいだった。


 私がいたのはどうやら学校の中だったようで、それなら職員室で何かわかったりするんじゃないのかと、服を見つけた後に思い至った。

 職員室は、整然と並べられていたであろう机や物が、凄惨に乱れ散らかっていた。というか、職員室以外の教室も大抵そうだった。


 そういう状況を見ながら探索したもんだから、なんとなく、予想はついてくる。

 職員室で見つけた新聞記事で、その答え合わせができた。


 世界で同時期にゾンビになる人が続出して、世界情勢はあっという間に混乱に陥ったとか。

 ゾンビの現れた原因とか、政府の対応への批判とか。全部今の状況絡みの内容が記事に記されている。


 新聞の日付は四月二十日。今がいつかは分からないが、とにかく春のころ合いにこの騒動が始まったらしい。


 知ったところで、現実味は薄い。薄いが、ここの状況を見る限りきっと本当なのだろう。

 荒れた室内が、日常とはかけ離れた惨状を物語っている。


 新聞を置いて、廊下に戻る。


 目線に入るのは、一体の、人の形をしたそれ。


 「ヴアア……」


 白髪の乱れた髪と白濁した瞳。歪なうめき声をあげて、こちらに向かってくる。


 私はその横を素通りした。向こうのそれも、私を気に留めることもなく、すれ違っていく。

 

 ゾンビ――。


 間違いなく、理性を失っている今のそれ。人を襲うとか記事に書いてあったけど、私のことは見向きもしない。

 服を探しているときもそうだった。二体くらい見つけたけど、襲われる気配は微塵もない。


 これはどういうことなのか。後ろに遠ざかっていったそれを振り返って見つめる。


 ゾンビとなったものの特徴として、白髪と白濁した瞳が共通するらしい。

 姿見で確認した自分。私もそれに該当していた。


 意識はあるけど、やっぱりゾンビだから――?


 同族意識とか、感染とか、そういうのはよく知らないけど、とにかく私は襲うべき対象ではないらしい。


 人を食べた、意識を取り戻した瞬間のことをまた思い返す。たしかに、やってる行動は私が知識としてしっているそれと変わらない。

 なにより、おいしいと感じたその感覚が気持ち悪くて。


 忘れられないその感覚は、脳裏にこびりついている。今は飢えも乾きもないけど、もしかしたら、なんて嫌な想像を巡らせてしまう。


 ふるふるとその想像を払うように首を振る。私は服を見つけた教室へ戻った。


 今身に着けているのはジャージだ。後ろの棚にしまわれていた、誰かの体操着とジャージ。それを拝借している。


 とりあえず着替えられれば良かったが、たまたま大きさもぴったりだった。縫いつけられた名札には『東雲』と書かれている。


 脱ぎ捨てた服、ぼろぼろの布切れだけど、それが制服だったことから私はこの学校の生徒だったらしい。多分だけど。


 職員室で見かけた学校名――田藤(でんとう)中学校。


 私は思春期真っただ中の中学生だったらしい。社会人の知識というか、そういう大人的なことに関する記憶がないのは、経験がないからなのかは知らない。


 でも、姿見で見た、化け物だけどあどけない私の顔。身長的にも子供なのは間違いなさそうだった。


 ジャージと同じ棚に入っていた使用感の見られないタオルで、顔を慎重に拭う。こちらも勝手に拝借した。

 削げた右頬を気にして、優しい手つきで口元を拭いていく。若干だけど口中まで見えてしまっていて、頬からは歯が覗いている。口を閉じても呼吸ができてしまう。


 綺麗にとはいかないけど、まあまあ口元の血は拭えた。一応、マシにはなったか。教室に鏡はないからわからないけど。


 汚れたタオルを棚に雑に戻して、教室を見回す。

 乱れた机、割れた窓ガラスに破けたカーテン。床に飛び散った血痕。


 前と後ろの出入口に、机や椅子が集まっている。多分だけど、バリケードってやつだろうか。

 それを咄嗟に拵えたけど、まあ結果は見たまんまということらしい。


 ベランダに逃げて隣の教室へ行ったのか。全員襲われてしまったのか。知らないけど、惨憺たる光景だったことは予想できる。

 本当に、世界は変わってしまったらしい。その変わり目を臨めなかったのは運が良かったのかどうなのか。

 いや、私も見てはいたんだろう。襲われて、ゾンビになっただけで。

 そう考えると、ゾンビになっても生きているんだから運がいいのかもしれない。


 「いやでもなぁ……これで、ねぇ」


 人の気配はこの学校にはなさそうだ。ゾンビならちらほらいるけど。

 この学校だけでなく、きっと外も大概な状態だろう。そんな滅亡した世で、意識を取り戻したのは運が悪いのほうかもしれない。

 私の親はどうしているのだろう。友達は生きているのだろうか。どっちも記憶がないのでわからないんだけども。そもそも友達はいたのだろうか。


 でも――。


 「寂しいな……」


 口をついて出た独り言。孤独感から出た言葉は、そのまま呼吸のように霧散していった。

 こんな状況に放り出されて心細くないわけがない。もしかしたら元来、私は寂しがりやなのかもしれない。


 ともかく、人肌を感じたい。そんな欲求が、ふつふつと今は心にのしかかっていた。


 適当な椅子を正してそれに座る。動くのも、考えるのもなんとなくしんどくなって、ぼーっとうなだれた。


 また、視界が滲む。私は泣き虫でもあるのかもしれない。


 瞼をぎゅっと閉じて、深呼吸。滲む視界がちょっとだけマシになった。

 瞬きで目をぱちぱちと動かす。ちょうどその時だった。


 ドガッ――。


 廊下のほうから、物音が聞こえてきた。何かをたたいたような。それも思いっきりの力でないとこんな音にはならなさそうだ。


 そんな、鈍い音が響く。


 ズガン――。


 もう一度、同じような音が聞こえた。聞き間違いではないみたい。ゾンビと化した人が何かに思いきりぶつかりでもしたのか。にしては重たい響きだ。


 不審に思って、廊下に出る。出て、見つけてしまった。


 背の高い、ややがっしりした体躯の、存在。背中にリュックを背負い、右手にバットを所持している。そのバットの先端がへこみ、赤く汚れていた。


 その手前には、頭が破壊されたのか、動いていない人の形――。たぶん、ゾンビだ。


 人だ――。


 ぽかんと、頭には呑気にもそんな感想とも言えない言葉が浮かぶ。間違いなく正面の彼は正常な人だ。生きて、生き延びて、この街で生活している人。


 目線が合う。彼も、私も数秒固まっていた。

 けれど次の瞬間、そんな彼が鬼気迫る表情でこっちに走ってきたものだから、私は咄嗟に後ずさりしながら声を掛ける。掛けようとした。


 彼の動きは早くて、すぐ目の前まで迫ってきている。半面、びっくりした私はドジを踏んでその場に尻もちをついてしまった。


 彼が両手に構えたバット、それが上に振りかぶられる。もう内心焦りまくって、思わず声を張り上げた。


 「わわっ! ちょ、待って! タンマタンマ!」


 「…………はあ?」


 恐怖から目を瞑る。振り下ろされんとしているバットは、いつまで経っても私に当たらなかった。


 恐る恐る瞼を開けて、正面の彼を見上げる。いまだ警戒の感じる表情で、こちらを睨んできている。けど同時に困惑も見て取れた。


 このまま弁明しないと、今度こそバットが振り下ろされそうだ。私は言葉を続けて、攻撃の意思がないことを伝えようとする。


 「あの、どうも! 襲うつもり、ないので、あの、それ、おろしてくれませんか……?」


 恐怖からちょっぴり尻すぼみに声量が小さくなっちゃったけど、周りは静かで、彼の耳にしっかり届いたらしい。


 「……マジか」


 困惑の色が濃くなった。でもバットを構えることをやめてくれる。


 「はは……あの、どうも」


 思ったより、すぐ出会うことになった初の生存者だった。

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