1話:転生したらゾンビだった件……?
鏡に映る、私の姿。
腕はないし、目は死んでるし、頬は削げ落ちてるし。
明らかに普通の姿じゃないってことは分かる。というか、これはまるで――。
「ゾン、ビ……?」
そう、ゾンビだ。生ける屍とか、リビングデッドとか。
いろいろ呼び名はあるけど、人が人を喰らうっていう、それ。
頭にピンと浮かんだその三文字が、とてつもなくしっくりときた。
思考はまとまらない。まとまらないけど、浮かんでくる。
ということは今私はゾンビで、人を喰らって――。
意識して、また吐き気がこみ上げる。今度は吐き出すものもなく、なんとか胃液を飲み込んだ。
落ち着け、こういう訳のわからない状況のときは、まず落ち着けって誰かが言ってたはずだ。
もちろん思考がまとまるわけはない。誰かって誰だっけか。
そこまで考えて、もうひとつ。さらに自分を混乱させる要素に気がついた。
てか、そもそも私って誰だっけ――?
無理やりでも落ち着かせようとしていた呼吸が、また乱れ始める。虚しさなのか、恐怖心なのか、心が急に空洞になったように感じた。
ない、ない、ない。記憶を手繰り寄せようとしても、靄がかかったみたいになにも思い出せない。
自分が何者なのか、何をしていたのか、何もわからない。全部不明瞭で、なにもかもを忘れていた。
「記憶喪失ってやつ……?」
自分で言葉にして、不安が大きくなる。気がついたら、涙が出ていた。
人を食ったとか、記憶喪失だとか、なんなんだ一体。
浮かぶ言葉は日本語だから、きっと私は日本人なのだろうけど。でもわかるのはそれだけだ。
右腕だけで、涙を拭う。無い左腕が非現実的だった。痛みはない。触覚が鈍くなっているのかなんなのか。
でも今感じるこの雰囲気というか、感覚というか、とても夢だとは感じられなかった。言葉にうまくできないけれど。
だからなおさら訳がわからなくなって、とまらない涙をゴシゴシと拭い続ける。
こういうときこそ落ち着かないと。誰かの言葉をもう一度思い出すけど、それでも涙はとまらなかった。
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ひとしきり泣いて、涙も枯れて。ようやく少し平静を取り戻した。
今いるのは、階段の踊り場。その隅っこに体育座りをしている。というか、最初に気がついたところがどうやらここだったらしい。
ふうと一息ついて、立ち上がる。
反対の隅近くにいる、動かなくなったもの。私が、動けなくしたもの。私と同じようなゾンビ? だったのか、それとも――。
あんまり直視したくなくて、目を上に背ける。もう一度、重たい溜息をついた。
なるべくそちらを見ないようにしながら、踊り場の壁に視線を向ける。割れた姿見に、自分が映っていた。
汚れていて、醜くて、人だけど、人とは呼べない化け物。そんな存在に、私は成り下がっているのだろうか。
ゾンビと聞いたら、理性もなく、死ぬこともなく肉を喰らい続ける。そんなものを思い浮かべる。
今の私はそんなゾンビの姿と瓜二つだ。真っ赤に汚れた口元がおぞましい。生気の感じない目が、こわい。
でも、私は理性はあるみたいだし、こうして物事を考えられる。記憶はないけど。
私は何かが違うのだろうか。考えても、答えは出ない。
「わけわかんない」
鏡の中の化け物が、同じように口を動かす。いやでもこれが私なんだと知らしめされる。
ふうと、何度目かもわからない溜息をついた。そして、大きく深呼吸。
わけがわからない、なら、わからないなりに動いてみようかな。
なかば無理やりだけど、だいぶ心も落ち着いた。さすがにこのままぼーっとしているわけにもいかない。
とりあえず、服でも探そう。
鏡に映る、もはや布としか呼べないような、ぼろぼろにすり切れた服を身に着けている自分を見て、方針を決めた。




