Eight:円柱の片隅に
僕はタイルをカツン、カツンと鳴らしながら歩く。人類が滅亡してもなお蛍光灯は燦々と僕を照らし、その眩しさに僕は目が痛くなってくる。言われた通り二番目の角を左に曲がったとき、「library」と書かれたドアを見つけた。ドアは意外とこじんまりとしている。僕がドアに近づき開くと、そこには高い天井まで届く本棚にびっしりと数多の書物があった。部屋は円柱になっていて、側面に沿うように本棚が曲がりながら設置されていた。その中に人型AIがぽつんと立っている。やはり政府指定研究施設なだけあって、あらゆるところで優遇されているのが目に見えて分かる。この巨大な図書館を隅から探すのはあまりにも無謀なので、僕はAIに本を探してもらうことにした。けれどもいきなり目当ての本を探してもらうのも巨大な図書館が勿体無い気がしたので、別の本を探してもらうことにした。
「ここにリンカーンに関する本はありますか?」
「はい、この図書館には三冊あります。三冊をお借りしますか?」
僕は「なんでもいいから一冊選んでください」と言って借りてみることにした。その本は天井近くにあったそうで、AIの体が一定速度で伸び始める。その体のまま本を手にして、今度は体を縮め始めた。何事もなかったように元に戻ったAIは僕に「今日から二週間後の8月17日までにお返しください」と律儀に言って本を手渡す。パラパラと捲っていると、「人民の、人民による、人民のための政治」で有名なゲティスバーグ演説はもちろん、やはり濡れた本のエピソードが載っていた。
だが、僕はリンカーンの伝記を借りるために来たわけではない。僕は目当ての本を探す。
「神の創造に関する本はありますか?」
AIはすぐに見つけられないらしく、検索するために黙っている。やがて「はい、この図書館には一冊あります。お借りしますか?」と言った。この巨大な図書館になら一冊ぐらいはあるだろうと思っていたが、本当に一冊だけだったことには驚く。どんな人でも「禁忌の三大研究」には極力触れたくないらしい。僕はAIに借りることを伝える。どうやらその本は最下層の、しかも片隅に位置していたようで、AIは体を伸ばすどころか屈んで本を手にした。僕に渡してきたその本はそれなりに分厚く、重みもあった。表紙には何を描きたいのか分からない禍々しい絵と共に『神の創造と求めてはならない自由』というタイトルが載っていた。この本の著者は蝉川博士側の人間らしい。僕はリンカーンの伝記のときと同じようにパラパラと捲っていると、ある文章が目についた。
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全世界の研究者ならもちろん「禁忌の三大研究について知っているだろう。知らなければ研究者失格と言っても過言ではないほどだ。「禁忌の三大研究」の起源は今(この本の原稿を書いている2389年)から約370年前に突如ネット上に現れた文である。読んだことある方も多いだろうが、今一度ここに記載しておこう。
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一人は、鏡の中でしか自分の姿が見ることができないことに呆れた。どうせなら傍に置いてあらゆるコーデをさせて、さらには日常におけるあらゆる作業を効率良くしたい。その者はもう一人の自分の錬成に成功した。だが、錬成完了の瞬間にクローンが近くにあった拳銃を構えた。その者は、結局額を撃ち抜かれて死んだ。
一人は、堕落した人間どもに怒りを覚えていた。互いに損得を考えず共存しようという意志さえあればいいものを、よりによって人間はいかなる時代であっても争いの道を選び続けた。その者は世界の初期化を目指し、人為的な洪水を起こして人類を含む全ての生物を滅亡させようとした。その者は、結局落雷によって死んだ。
一人は天地や我々人類を創造した神を崇拝した。パンデミックが起きた今こそ神の救いが必要だと考えたその者は、現代に神を甦らせようとした。神の姿を知らないその者は顔や胴体といった人間の部位がない、けれども確かにそこに存在する抽象的な機械仕掛けの神を創造しようとした。その者は、結局不注意によって創造中に事故死した。
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これが禁忌の三大研究の起源だったのか。初めて読んだ。どれも最後はあらゆる原因によって死んでいる。一つ目と三つ目は何が元なのかは分からないが、二つ目は分かる。これは明らかに、ノアの方舟だ。常に無神教を貫き聖書とは無縁の人生であったが、ノアの方舟は有名なエピソードだから知っていた。それならば一つ目と三つ目も聖書のエピソードが元になっているのだろう。
そのままさらに捲り続け最後のページになったとき、紙切れが貼られていることに気づいた。その紙切れには綺麗な字でこう書いてあった。
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一人は、果てしない自由を夢見た。その者は食料にも金にも不足はなかった。だがその者は生きているだけでは自由を味わい切れないことを悟った。その者は死ぬことのない身体を手に入れることで究極の自由が味わえるのだと考えた。命の木を求めてあらゆる努力をしたが、遂には力尽きた。その者は、結局叶うことなく老衰によって死んだ。
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この文章はなんだ。禁忌の三大研究の文章を真似ていることは火を見るよりも明らかだ。本来の文章はそれぞれ人間クローン・気象操作・神の創造であったが、これは何を表しているのか。僕は考え、答えに辿り着いたとき衝撃が脳天を貫いた。それは答えが分かったからではない。出雲さんが生き残っている理由であった。もうこれ以外は考えられない。
この文章は何を言いたいのか。出雲さんはなぜ生き残っているのか。
それは──────。
そのとき、ドアが静かに開く音がした。




