Six:祝福
「鴨志田くん、準備終わったよ」
出雲さんの言葉に僕はハッとする。まるで自分の家かのようにソファでくつろいでいたが、思えばここは他人の研究施設なのだ。僕は慌てて起き上がり、すると出雲さんは「うわっ」と咄嗟に後ろへ飛び退いた。僕は僕ですぐ近くに出雲さんの顔があったことに驚き、無様にもソファに勢いよく沈む。出雲さんは吹き出した。
「鴨志田くん、料理できたよ。誕生日パーティーを始めようか!」
そういえば、今日は誕生日だった。今日だけで衝撃的なことが多すぎて誕生日という特別な出来事が埋もれてしまいそうだった。僕は一度いろんなことを忘れて、誕生日をより一層意識する。
「これが誕生日プレゼントよ」
テーブルにはチキンライスが置かれていた。湯気が出ていてまだ出来立てなのが分かる。
「この言葉を早く言うべきだったよ。誕生日おめでとう、鴨志田くん」
人類が滅亡してもなお、僕の誕生日を祝ってくれる人がいる。それが何よりも嬉しかった。
「本当はケーキとか作りたかったんだけど、私にそこまでの技術はないからさ。だからチャーハンで許して」
出雲さんはそのまま席に着く。僕もチキンライスに食欲をそそられ...え?
「今、チャーハンって言いました?これチキンライスじゃないんですか...?」
出雲さんは目を大きく開ける。この馬鹿者は一体何をほざいているのだ、とでも言いたげな目だった。
「え、これはチャーハンでしょ?何馬鹿なこと言ってるの」
本当に似たようなことを言った。しかも僕を睨みつけながら。僕はもう一度、出雲さんが言うところのチャーハンを目にやる。...ケチャップが混ぜられている。僕にはやはりチキンライスにしか見えない。だが、ここで「やっぱチキンライスですよ」と言ったら張り手が飛んできそうな勢いを感じた。
「僕が馬鹿でしたね、これはチャーハンです」
出雲さんは笑顔になった。蝉川博士は事あるごとにリンカーンの濡れた本の話を持ち出していたが、いつも最後にはこう付け加えていた。「正直は大事だが、正直すぎては良くない」と。その通りだと思う。
僕は硬直したままの身体を動かして席に着く。チキンライスかチャーハンかは置いといて美味そうである。
僕と出雲さんは声を合わせて「いただきます」と言い、チャーハン(そうすることにした)を頬張る。...美味しい。それもかなり美味しい。「これ美味いですね」と心の底から言ったのだが、出雲さんはお世辞だと思ったのか「ありがとう」とだけ言って受け流した。それから沈黙。スプーンと皿が当たる音。チャーハンを噛む音。僕は何を話そうかと思ったところで、良い話題を思いついた。
「リンカーンの濡れた本の話って知ってますか?」
僕の同僚は何度も蝉川博士から聞いているのでみんな知っていたのだが、いざ研究施設を出ると知らない人が多い。出雲さんも知らないかと思っていたが、予想に反して「知ってるよ」と言われた。
「リンカーンが近所の人から本を借りてたんだけど、雨漏りで濡らしちゃった話だよね?それから持ち主のもとで働いて、結果的にはその本がもらえたみたいな」
出雲さんは確かに知っていた。おおよそその通りだ。
「出雲さんは知識人ですね」
出雲さんは静かに首を横に振った。
「実はうちで働いていた研究者がさ、その話を嫌っててね。その人双子がいたらしいんだけど、兄が何度も口にしてて嫌だったんだって。双子だからって仲が良いわけじゃないのがよく分かるよ。ちなみに私はその人のこと嫌いだったけどね」
僕は頭に蝉川博士を浮かべた。何度も口にするなんて蝉川博士に似ている。もしかしたら本当に蝉川博士なのかと思ったが、あの人には兄弟はいなかった。ならば赤の他人だろう。
「その濡れた本は自由に関する本だったんじゃないかな」
一瞬、誰の声なのか分からなかった。だがこの場には、それどころかこの世界には僕以外の人間は出雲さんしかいない。ならば出雲さんの声である。それにしてもあまりも唐突だった。
「なんでいきなりそう思ったんです?」
「だって、正直に話せば過去を曝け出すじゃない?つまり過去に縛られることがなくなるってことよ。そうすると過去から解放された分自由も手に入るわけ。だからリンカーンは正直に謝ったことで自由の代わりに濡れた本を手に入れたとも考えられる。それなら濡れた本は自由に関する本だと推測してもおかしくないと思わない?」
出雲さんの考えは面白かった。濡れた本の話は「正直であることは大事だ」ということを学べるエピソードだと思っていたが、出雲さんは「正直であれば自由を手に入れられる」という新たな学びをくれた。従来の考えから一歩先を行く出雲さんの思考が気になり、僕は尋ねてみた。
「出雲さんは自由についてどう思いますか?」




