Two:蝉川博士
「大和くん、第三次世界大戦が始まった。君は100年カプセルに入りなさい」
東京の重要施設付近で敵軍を感知したことで警報が鳴り響く中、蝉川博士は静かに告げた。
誰も彼もが叫んでいた。開戦を嘆き、家族を愛し、最期まで研究者精神を貫こうとする。まさに阿鼻叫喚と地獄絵図という言葉が相応しいほどの喧騒の中で、僕と蝉川博士はこれから世界の秘密を教え合うかのように目を合わせていた。
「遂に始まってしまった。もう始まってしまった以上、私たちにできることはない。外に出ても敵軍がいる。私たちは死を待つだけだ」
蝉川博士は戦争の詳細を言わなかった。けれど、蝉川博士の言った通り僕たちは死を待つしかない。いずれ世界中に核が落とされるし、もちろん東京も例外ではないからだ。しかも既に東京には敵軍が上陸しているのだから、この研究施設は早ければ今日に陥落されるだろう。だが、絶望的状況下においても生き残る方法は一つあった。100年カプセルに入ることだ。
しかし───。
「大和くん、君が100年カプセルに入りなさい」
僕は蝉川博士の言葉に頭を殴られた。今さら何を言っている?
「蝉川博士、どうしてですか!才能あるあなたが入るべきでしょう!?」
100年カプセルはこの研究施設、いや、世界で見ても一つしかない。まだ試作の段階であり、無論量産には至っていなかった。それでも戦争が始まれば100年カプセルを使おう、そしてそこに入るのは研究施設長の蝉川博士である、という認識はこの研究施設で働く研究者全員が了解していることだった。それなのに、なぜ蝉川博士は今さらこんなことを言い始めたのだ?
僕は蝉川博士を説得を試みて、というよりももはや恐怖から逃れるためであったが、もう一度叫んだ。
「僕はまだ研究者として未熟だ!生き残っても意味がないはずですよ!」
「いいから早く入りなさい」
蝉川博士の声は今までに聞いたことがないほど冷徹だった。
「私は十分高齢だ、生き残っても先は長くない。それに」
蝉川博士は足元に目をやった後、続けた。
「───それに、この研究施設を救ったのは君じゃないか」
そうだ。僕が研究者として働く初日、研究施設はいつ潰れてもおかしくない状況にあった。だけど蝉川博士に「私は君のような誰かのために研究に没頭することを志願する人間を待っていた」と言われ、僕は蝉川博士の下で働くことを決意した。それから研究施設が潰れないために実験をしては失敗を繰り返し、遂に研究成果としてあげたのが100年カプセルの構想図であった。理論上は完成するようになっていて、政府からも莫大とは言えないほどでもそれなりの資金を受け取れたことに加えて研究施設の整備もしてくれた。
確かに蝉川博士の言う通り、ここを救ったのは辿れば僕なのかもしれない。それでも。
「それでも!」
蝉川博士はもちろん仲間がいなければ100年カプセルは作れなかったでしょう!?
僕はそう続けたかった。でも出なかった。
蝉川博士の頬には涙が一筋流れていた。
僕は見た瞬間、場違いに艶々なタイルを蹴り、100年カプセルが置かれている部屋に走り出した。しかし走り出してすぐに僕は後ろを振り向き、僕は最後の言葉を贈った。
「誕生日おめでとうございます、蝉川博士」
僕は返答も待たず、また走り出した。騒然たる研究施設の中で僕は微かに「君もだよ」と聞き取った。もう後ろは振り返らなかった。僕が100年カプセルに入る。それこそが蝉川博士の最後の願いだと、涙を見て悟った。
100年カプセルはまだ使われていなかった。いざ戦争が始まってもなお、みんなは約束を守った。ありがとうみんな、そして蝉川博士。心の中で何度も唱えながら、僕は100年カプセルに飛び込んだ。




