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おとぎ話の小道具店

作者: 冲田
掲載日:2025/10/29

「『(かがみ)よ鏡、国じゅうで一番美しいのはだあれ?』の、やつですよね?」

「そう、それです。その鏡、まだ見つかりませんか?」

「そう言われてもなぁ」


 アンティークなのか、ガラクタなのか。子ヤギくらいならはいれそうなほど大きな()()時計や、ロバの頭のかぶり物が。半分が赤いペンキで()られた白バラが生けられた花瓶(かびん)に、綺麗(きれい)な宝石があるかと思えば大きな石ころまで。ごちゃごちゃに所せましとたくさんのモノが()んであります。 

 (あふ)れるモノをかきわけるように置かれたテーブルに向かい合って座っているのは、この部屋の(あるじ)と、その客人(きゃくじん)でした。

 

 この部屋はアパートメントの一室にこっそりと開いている小道具店です。

 部屋の主である青年はだぼだぼの服に、あっちこっちを向いた髪の毛。およそこの部屋のように雑然(ざつぜん)とした身なりの彼は、椅子(いす)の上にあぐらをかいて、(こま)(がお)で頭もかいています。

 客人の方はというとその反対で、きっちりとした背広(せびろ)を着て背筋(せすじ)を伸ばした紳士(しんし)です。とはいえ、(まち)を歩けばどこにでもいそうな、ごくありふれた男でもありました。



「まずね、俺は、依頼(いらい)を受けて品物を仕入(しい)れるってことは、しないんですよ。この中に“ない”なら、“ない”んです」

 青年はぐるりと周囲を指差(ゆびさ)しながら言いました。


「だから、お願いしてるんじゃないですか。

 いや、この際、積極的に必ず約束通りに仕入れてくれなんて贅沢(ぜいたく)は言いません。でも、確実に買う男が目の前にいるんですよ!

 いつまでも売れずに、ここでずっとホコリをかぶることはありませんよ」

 紳士も、ぐるりと周囲を指差しながら言いました。


「なんでそんなに、その鏡にこだわるんです?

 鏡なら他にも……ほら、これなんか。条件が(そろ)うと鏡の国に行けるらしいですよ。こっちの姿見(すがたみ)は、見たいと思った遠くの出来事が(うつ)るそうで。もちろん、なんのへんてつもない鏡もありますし」

「しかし、私が欲しいのはそれらではなくて『白雪姫の継母(ままはは)の魔法の鏡』です」

 紳士が身を乗り出して言ったので、青年はもう一度頭をかきながら「はぁ」と大きくため息をつきました。


「まあ……心には()めておきます」


「心に留めて置くだけでなく、なにとぞお願いしますよ」

 紳士はしつこく食い下がります。


「さて、お夕飯でもお出ししましょうか」

 青年はおもむろに立ち上がって言いました。


「え? まだ昼ですけど?」


「夕飯、()()がって行きますか?」

 近くに立てかけてあったほうきの上下をひっくり返しながら、青年はもう一度言いました。


「ですから、時間としては昼食じゃ……」


「帰れって言ってんの!」


 最後には声を荒らげて、手にしたほうきで()()すように客を追い出すと、青年は(つか)れ切った顔で大きくため息をつきました。



「しつこいわねぇ、あのおっさん。ね、エミール」

 あっちこっちにはねた髪の毛の隙間(すきま)から、ひょこりと小さな女の子、ヘレナが顔を出しました。人の形をしているけれど小鳥のような(ちい)ささで、背中には()(とお)った羽根が()えた妖精(ようせい)です。

 ヘレナはエミールと呼んだ青年の頭からぴょんと飛び出すと、羽根をひるがえしながらテーブルの上に()()ちました。


「白雪姫のお話がよっぽど好きなのね。これまでも(きぬ)のしめ(ひも)(くし)(どく)りんごの製法を書いた本や、色々と買っていったもの」


収集家(しゅうしゅうか)なんだとさ」


「だったらいっそ、鏡だけじゃなくて、他にもいろいろ“()ってきたら”あの人が買ってくれるんじゃない? 七人の小人のつるはしとか」


「簡単に言うなよ、ヘレナ。頼まれたからって鏡を仕入れに行くのも、しゃくだし」


「けど、意地(いじ)()ってても絶対また来るよぉ? あの客」


「そうなんだよなぁ。だから、本当にしゃくだけど……」


 エミールは部屋の奥のクローゼットを開けました。中にはずらりと、衣装(いしょう)がかかっています。モーニング、羽織袴(はおりはかま)軍服(ぐんぷく)、ぼろきれのようなくたびれた服もあれば、王子様のような立派なジャケットまで。まるで芝居(しばい)小屋(ごや)のようにありとあらゆる衣装が(そろ)っています。

 ぼさぼさの髪もきちんと整えて、取り出した衣装を着ると、エミールはお城に出入りする商人のような出立(いでた)ちになりました。ヘレナは彼の帽子(ぼうし)のつばに、ちょこんと座ります。


「行こうか。白雪姫の世界へ」


 エミールは、本棚(ほんだな)に立てかけたはしごの、下から三段目をコンコンコンと三回叩きました。

 はしごと本棚はひとりでに動いて、人ひとりが通れるくらいの入り口が(あらわ)れます。その先は前も、上も、足元も、どこもかしこも真っ白です。エミールは、ひょいと跳躍(ちょうやく)して真っ白の中へと消えました。



◇◇◇



 お城の中では、女王様が魔法の鏡に向かっておいででした。


「鏡よ鏡、国中で一番美しいのはだあれ」


『女王さま、ここでは、あなたが一番うつくしい。

 けれども、わかい女王さまは、千倍(せんばい)もうつくしい。』


 物語は終盤(しゅうばん)、今度こそ白雪姫を始末したと信じている女王様が、それでもまた自分が一番ではなくなってしまったことに、とてもお(いか)りになっている場面です。

 女王様がひとしきり怒り(くる)って、すこし落ちつかれた(すき)に、エミールは女王様の前に姿をあらわしました。


「ああ、(うるわ)しの()が女王様。さぞ心痛める出来事(できごと)見舞(みま)われたことと(ぞん)じます」


「そなたは誰だ。どこから入った?」


(わたくし)めは(いや)しい商人でございます。願わくば女王様のお役に立つべく、()(さん)じました。

 聞けば異国(いこく)のご婚礼(こんれい)(まね)かれておられるとのこと。女王様の美しさを引き立てる品々がご入用(いりよう)かとお見受(みう)けいたします」


 はじめは大変に怪訝(けげん)なお顔をされて、すぐにでも商人に(ふん)するエミールを追い出そうした女王様でしたが、エミールが品物を並べはじめますと、たちまちに女王様のお顔はかがやきました。

 ドレスもアクセサリーも、(めずら)しく、(はな)やかで、それでいて高貴(こうき)なものばかりで、花嫁(はなよめ)よりも美しくなれそうだと期待のもてるものでしたし、エミールはその魅力(みりょく)存分(ぞんぶん)に語りました。


「ところで、ついでのお話で恐縮ではございますが、よろしければ不用品の引き取りもたまわっております。

 どうでしょう? その古びた鏡など、世界一のお美しさであらせられる女王様をお映しするには、いささか地味でありましょう」


「この鏡はそう易々(やすやす)と手放せるものではない」


「そうでしょうとも。このお部屋にあるものはすべて、女王様の大切なお品物。じつはその鏡の秘密も、(わたくし)めは存じております。

 その上で(もう)しましょう。その鏡はもう、真実を告げることをやめてしまったのではないですか?」


「確かに……。つい今しがた、鏡がおかしなことを言うので(いか)っていたところであった」


「ですから、もう役にも立たぬ鏡を持っていたところでしょうがないでしょう。どうです、女王様。

 これらのドレスやアクセサリーと、鏡を、交換といきませんか?」


 女王さまはどこか夢見心地(ゆめみごこち)にエミールの申し出を受け入れて、鏡を差し出し、かわりにわかい女王さまの万倍(まんばい)も美しくなれそうな品物たちを受け取りました。


「さあ、女王様におかれましては、私に会ったことなどすっかり忘れて、もとの物語へとお戻りくださいませ」

 エミールは女王さまにうやうやしくお辞儀(じぎ)をすると、そのまますぅっと、姿(すがた)を消しました。



 ◇◇◇



「鏡は、女王の魔法の鏡は手に入りましたか⁉︎」

 毎日のように店に(おとず)れていた男が、今日もやってきました。


「はい、確かにご用意しましたよ」


「ああ、ああ、ありがとうございます!」


「たまたまですよ、たまたま仕入れがあったんです。品物を指定した仕入れ依頼なんて、受けてないんですからね?」


「ええ、ええ。さあ、買わせてください、その、鏡を!」


 興奮(こうふん)する男に圧倒(あっとう)されながら、エミールは鏡を(わた)し、お代を受け取りました。男はとても満足げに、足取り軽く帰って行きました。


(うれ)しそう、っていうより、必死ね。帰ったら自分がいかに美しいか聞いてみたりするのかしら。正直、鏡に聞くまでもない顔だと思うけれど」

 ヘレナがひょっこり顔を出して言いました。


「さあねぇ。客が買っていった品物をどう(あつか)おうが、俺の知ったこっちゃない。物語の道具を使ったことで何が起きようがね。

 ろくなことにならないことも、多いけど」

 エミールはそう言って、()だるそうに、ぼさぼさの頭をかきました。



 ◇◇◇



 男は鏡を(かべ)にかけると、さっそくたずねました。


「鏡よ鏡。この町で一番美しいのはだれ」

『それは、アリア。西通りのアリアが一番うつくしい』

「そうか、そうか……!」


 男はにやりと笑いながら、部屋に並ぶいくつものガラスの(ひつぎ)(いと)おしげに()でまわしました。


「毒りんごで美しいまま永遠の眠りについた僕のコレクションに、次はアリアが加わるんだ。

 ああ、鏡よ鏡。美しい娘を教えてくれる鏡よ。これを所持するのに、私ほど相応(ふさわ)しい者はあるまい」

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