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97.白き聖女

 クライン一行は、帝国東部の大都市にして貿易港でもあるグラバンテへと入った。魔王軍4将の一人、デシオールに対抗するために、どうしても必要な協力者――聖女マリゼに会うためである。


 ゲーム内の世界でマリゼは、デシオールによって死の都へと変えられた廃墟グラバンテで、勇者と遭遇した。愛と豊穣の女神フォルミオサの祝福を受けた聖女であり、デシオールが放つおぞましい死の呪いを食い止めながら戦うには、彼女の助力が不可欠だった。


 マリゼは皇后イステルと並び称されるゲーム中の二大美女と言われるほどの、清楚な美少女で、ゲーマーたちの人気も高かった。


 デシオールに家族を含めたすべてを奪われた彼女は、デシオールの死の呪いを自ら引き受けて勇者の戦いを支援し、最後にはいつも命を落としてしまう。


 神から授かった聖なる力を使うとき、彼女の身体は白い光を放つ。だが戦いが進むにつれ、その光は少しずつ弱まっていき、勇者がデシオールを討ち果たすころには、今にも消え入りそうなほどになっていた。


 デシオールが最後に放った呪い〈避けられぬ死〉を、エリクサーのおかげでどうにか免れた勇者が振り返ったとき、マリゼはデシオールがいた場所を見据えたまま、その場に座り込んでいた。


 すべての力と、自らの生命力までも使い果たした彼女の髪はもちろん、眉に至るまで真っ白に変わっており、デシオールの最期をこの目に焼きつけておこうとするかのように、目を大きく見開いたまま息絶えていた。その瞳からは、赤い涙が静かに流れ落ちていた。


 このあまりに象徴的な最期ゆえに、マリゼは血涙の聖女、あるいは白き聖女と呼ばれた。

 セイツの時と同じく――いや、それ以上に、この白き聖女を生かしてみようとするゲーマーたちの挑戦が、幾度となく繰り返された。


 だがユタカを含め、誰一人としてゲーム内で予定された死からマリゼを救い出すことはできなかった。

 せいぜいできる最善の結末は、勇者が駆け寄ったとき、彼女がかすかに微笑みを浮かべて息を引き取る、という最期だけだった。


 セイツとブラットにデシオールに関する情報と、その件にマリゼの存在が不可欠であることを伝えながらも、レオトは、マリゼがおそらく命を落とすことになるだろうという事実を、どうしても彼らに告げることができなかった。


 マリゼの名から、彼女がグラバンテ一帯を領地とするロジテアン家の人間だと分かったからである。ロジテアン家はブラット・ヘジャの母方の実家であり、マリゼはブラットの従妹にあたる娘だった。


 しかし、魔導士であるブラットには、デシオールを相手取り、その死の呪いを引き受けるということが何を意味するのか、十分に理解できていた。それはメイナードも同じだった。


 ロジテアン家に到着した一行は、客人として屋敷に迎え入れられ、温かいもてなしを受けた。当主エタンは、ブラットと同じく昔メイナードと会ったことがあると言い、再会を心から喜んだ。


 ブラットは重い気持ちを抱えたまま、ロジテアン家当主エタン・ロジテアンと、次期当主であるチェドウィックに、個別の面談を申し出た。


 エタンとチェドウィック父子、そしてブラット、メイナード、ジーフリートだけが顔をそろえた席で、ブラットは自分たちがここへ来た用件を明かした。


 父子の顔がみるみる強張っていく。話が終わる前に、チェドウィックが不快をあらわに、椅子を蹴って立ち上がった。


「ブラット、お前どういうつもりだ! 私たちがどんな思いでマリゼを今まで隠してきたか、知っていながら、その子を皇帝に売り渡すのか!」


 怒気をはらんだチェドウィックの怒鳴り声にも、ブラットは落ち着いて答えた。

「私が口にしたわけではありません。陛下はすでにマリゼの存在をご存じでした。私の口からマリゼのことを話すはずがないでしょう?」


「マリゼのことを……ご存じだったと?」

 エタンが驚き、問い返す。


「いつからご存じだったのかまでは分かりませんが、とにかく承知しておられました。それに、今の陛下は以前の皇帝陛下とは違います。それは、魔王の復活を目論む魔族どもが……」

 興奮を抑え、ブラットの説明を最後まで聞き終えた父子は、隠しきれない驚きを顔に浮かべた。


 エタンがうめくように呟く。

「そんな裏があったとはな……。そんなこととは知らずに、つい先日の即位10周年の催しを見て、散々悪口を言ってしまったわい」


 そして、今度は別の意味でブラットを恨めしげに見た。

「そんな大事なことを、どうしてお前たちだけで抱え込んで、わしらには知らせてくれなんだ?」


「申し訳ありません。敵の目を欺くため、慎重を期す必要があったのです」

「……そうか。それで、うちのマリゼは何を、どう助ければよいというのだ?」


 いよいよ本題に入る段になっても、ブラットはなかなか言葉を口にできず、逡巡した。そこでメイナードが一歩前に出る。

「わしからご説明いたしましょう」


 これから彼らが相対することになる敵、デシオールと、その戦いについてメイナードが語り終えると、座の空気は重苦しい沈黙に包まれた。


 長い沈黙ののち、エタンがメイナードに問う。

「つまり、その戦いでマリゼが犠牲になるかもしれぬ……そういうことですかな?」


遺憾(いかん)ながら、絶対にそうならないとは言い切れませぬ。ただ、娘御を守るためにわしが尽くせる最善は、必ずやすべて尽くすと、それだけはお約束いたします」


 ブラットも言葉を継いだ。

「現在、デシオールが潜んでいるのは、グラバンテ北東の山岳地帯の外れです。あいつが動き始めれば、その進路は間違いなくこちらグラバンテに向かうでしょう。周辺はもちろん、街全体が死の呪いに覆われる可能性があります」


 メイナードの説明が続く。

「デシオールがまき散らす死の呪いは、恐ろしい疫病のようなものです。奴は生者を死者に変え、その死者を〈死の兵〉として操り、生きている者を殺させることで、瞬く間に死を広げていく。

 そして、その数多の死を糧として、ますます力を増していくのです。まだ本格的に動き出す前の今のうちに奴を止めねば、戦いはさらに困難を極めるでしょう」


 街全体、ひいてはこの一帯すべてが、凄惨な死の呪いに飲み込まれるかもしれない――そのおぞましい予見を前に、エタンもチェドウィックも、もはや何も言えなかった。彼らには家族の安否に先立ち、この地とそこに住まう人々を守る責務がある。


 チェドウィックが、苦悶(くもん)に顔をゆがめながら呟いた。

「まだたった16で……皇帝の目を避けて生きるために、まともな人生を送ることもできなかった、あんな不憫(ふびん)な子なのに……」


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