96. 太陽王に跪け!(2/2)
叡智の女神ユステアは、王の境遇に同情して「世界の果て」へ至る道を教え、その場所に辿り着くには運命の女神たちの加護が要ると告げた。
運命の女神は、神秘の洞窟の奥、石の祭壇に腰掛けていた。王が近づいて挨拶すると、彼女の背後にさらに4本の腕が現れ、6本の腕で優雅に舞いはじめ、やがて3つの姿へと分かれる。ヘジャ家の3つ子が分身した運命の女神たちで、それぞれが過去・現在・未来を象徴していた。
運命の三女神から加護の聖遺物を授かった王と従者たちは、いよいよ世界の果てへ向けた本格的な旅に出た。途上、闇黒王とその腹心が幾度も襲いかかり、妨害工作を仕掛けてくる。なかでも3つの大いなる試練が彼らの行く手を阻んだ。
第一の試練は、断崖に架かる橋が落とされたことだった。闇黒王の手下が戦いのさなかに橋を渡り切るや、支えを切り落として逃げたのだ。
窮した王が、運命の女神から授かった加護の腕輪を身を屈めて谷底へ投げると、風の女神タリアが眷属を率いて現れる。烈しい風が巻き起こり、王と従者たちは断崖の向こう側へと運ばれた。
第二の試練は大河であった。やはり闇黒王の手下が舟という舟を破壊しており、渡る術がない。ここでは河の女神マビナが、水面に咲く巨大な花の中から姿を現し、助力した。彼女がそっと手を振ると大河は舞うようにさざめき、無数の魚が水上へと躍り出て橋となり、王と従者を対岸へ導いた。
最後の試練は、炎が噴き上がる火山地帯である。そこでは歌姫エンナが『瀕死の鳥の歌』で知られる神秘の鳥トラピアゾの化身として現れ、王一行を背に乗せて火の海を横断した。エンナが歌う新曲『生の歓喜』は、澄んだ声色と神秘的な旋律で観衆を魅了する。
数々の艱難辛苦を越え、ついに闇黒王の要塞に到達した王と従者は、最終決戦に挑む。その時、順調だった舞台に思わぬハプニングが起きた。ルカイアの詰襟に付けていた魔法の装身具が外れ、遠く床へ跳ね飛んでしまったのである。
ルカイアの独唱パートでは、ネルーの代唱の声をその装具を通して響かせる段取りだった。これでは独唱そのものが成立しない。
うろたえたルカイアは、装身具が飛んだ方角をちらちらと見やり、口ごもる。闇黒王の手下役の合唱隊は異変に気づかず、王の従者たちと対峙する場面に熱中している。
やがて訪れるルカイアの独唱パート——。歌い出せない彼女は、とっさに台詞で切り抜けた。
「……うっとうしい連中だ。まとめて薙ぎ払ってやる!」
そして装身具が落ちた方へと歩を進める。場内がざわつく中、王の従者役は慌ててルカイアの行く手を遮った。
「ええい、じれったい!」
ルカイアは突然、詰襟の首元を引き下げ、激しく目配せで落下地点を示す。
幸いにも、王の近衛役のランシアが、ルカイアの首元にあるはずの装身具が見当たらないことにいち早く気づいた。ルカイアの目配せに従い落下地点を確かめたランシアは、あえて戦闘の最中につまずくふりをして床を転がり、装身具を掴み取る。
そのまま雄叫びを上げてルカイアに突進し、体を密着させるように装身具を手渡すと、闇黒王の剣に貫かれて壮烈な最期を遂げた。
ランシアの機転で危機を切り抜けた舞台は、いよいよ最高潮へ。闇黒王が放つ闇の力に押し込まれた王が、真なる力に目覚め「真の太陽王」へと覚醒する場面である。
光の精霊に扮した妃たちが、金の布を身にまとい、空中から舞い降りて王を取り囲み、輪を成して舞う。精霊たちの影に隠れて一瞬姿の見えなかった王が再び現れた刹那、観客は衝撃と困惑に目を剥いた。
太陽王となった王——レオトの姿は、観衆の想像を軽々と飛び越えていた。上半身の裸身は以前から度々披露されていたが、下は体にぴたりと張り付く金色の三角パンツ一枚、そして全身には黄金の塗料。頭には太陽の王冠、背には四方へ伸びる陽光を象った巨大な飾り。
視線のすべてが自分に注がれているのを感じ、恥ずかしさと気まずさが津波のように押し寄せる。レオトは必死に心を鎮めた。
(ここは……海辺だ。海辺で水着を着ているだけだ。
この肌は灼けつく日差しを反射して、ただ光っているだけ……。
あそこにいるのは……全部アザラシだ。岩場にアザラシの群れが並んでいるのだ……)
自らにそう言い聞かせ、レオトは大きく両腕を広げ、堂々と舞台の中央に立つ。厳かな音楽に合わせて舞い、きわめて真摯に、荘重な調子で歌い始めた。
「我は太陽なり。
万象を照らす光にして、万民の親なり。
今こそ我が慈愛に満ち、燦然たる光にて
世界を余すところなく満たさん。
我が治世に、ただの一点の闇すら許すまい……」
レオトの独唱が終わると、光の精霊たちと王の従者が声を揃えて唱和する。
「燦然たるかな、燦然たるかな。
世界を照らす、美しくも輝ける御方。
その聖なる御名、太陽王よ。
御身の光のうちに、悲嘆と嘆きは消え失せ、
ただ喜びと幸福のみが、我らに歌を与えん……」
赤面ものの自己礼賛と露骨な賛歌に、聴衆はむしろ居たたまれなくなるほどだった。だがレオトも妃たちも誰ひとり表情を崩さず、ひたすら真面目に歌い踊り続ける。
「う、うああ……この光は……眩しすぎて、まともに見ていられぬ〜!」
太陽王の威容とその光輝の顕現にのたうち苦しんだ闇黒王は、舞台の隅へと追い詰められ、ついに掻き消えるように姿を消した。
闇黒王に囚われていた王妃が救い出され、太陽王と喜びの再会を果たす。大団円の締めくくりとして、女神たちとその眷属に至るまで総出で舞台に現れ、太陽王を讃える群舞が始まった。
舞台中央の装置がせり上がり、そこに立つレオトは観衆をぐるりと見渡しながら、堂々かつ優雅な所作で太陽王の舞を披露する。
このまま舞台左右からゆっくりとカーテンがしまっていき、中央のレオトの姿までもが完全に隠れる。短い静寂ののち、盛大な拍手が響きわたった。
多くの者は半ば〈儀礼〉として手を叩いていたが、侍従長カティルと宮内大臣シェイプス父子、アステイン家、ヘジャ家など内情を知る面々は、込み上げる感動を胸の内でそっと噛みしめていた。彼らにとって、レオトが歌い上げた詞は、気恥ずかしい自己礼賛などではない。闇の勢力への皇帝の宣戦布告であり、これから導く治世への誓いそのものだったのだ。
舞台裏では誰もが上気した顔で祝辞を交わしていた。レオトも無事に催しをやり遂げた安堵と誇らしさに浸っていたが、ふと自分の際どい格好に思い当たり、頬を赤らめる。リハーサルですら、さすがにこの姿はできなかったのだ。
咄嗟に、さきほどまでの宿敵・闇黒王ルカイアのマントを借りて下半身を隠し、イステルを先に皇宮へ戻らせると、身体に塗った金粉を落としに向かった。妃たちはそんな彼の様子にくすくす笑い、我先に「私が洗い流して差し上げます」とばかりに、わいわいと彼の後を追っていく。
*** ***
帝都はしばらくのあいだ、この日の舞台の話題で持ちきりだった。直に観た者の評によれば、舞台装置・衣装・メイクはいずれもきわめて華麗かつ本格で、音楽も歌も舞も演技も申し分ない。とりわけ、演技・歌・舞を渾然一体にした新しく独創的な形式は、強烈な印象を残して高く評価された。
ただし、決定的な難は「内容」である。総じて出来は素晴らしいのに、肝心の中身が腐っている、というのが一般的な評だった。それでも誰もが認めたのは、「皇帝は演技も舞も歌も上手い、そして体つきが見事だ」という点である。
とくに最後の太陽王の舞では、あれほど露骨な自己讃歌と常識外れの出で立ちにもかかわらず、顔色ひとつ変えず、終始きわめて真剣かつ厳粛に歌い踊り抜いた精神力は、ある種の意味で「大したものだ」と受け取られた。
一方ルカイアのもとには、数多の女性から恋文や花束、贈り物が雪のように届いた。ルカイア本人は理由が呑み込めず首を傾げるばかりだったが、レオトは「スターになった気分はどうだ」とからかい、「人の世はどこも似たようなものだな」と笑っていた。




