92. 欺きの魔戦士(2/2)
ついにメイナードの術が決まり、スサナの幻がはぎ取られた。
白磁のような肌、血の色を宿した瞳。腰まで垂れる漆黒の髪――その両側からは黒い角、背には細長い尾。胸元と恥部だけをかろうじて覆う、鎧と呼ぶのも憚られる断片装甲。両手には、穂先がゆるく反った双剣。
「私の幻を破るとは――腕を誇っていいわよ、老人」
スサナが口端に薄笑いを浮かべる。
「褒め言葉、ありがたく受け取ろう」
メイナードが右手をひらりと振る。
直後、背後の祭壇にあった女神像が音もなく滑り出し、背後からスサナを抱きすくめるように締め上げた。
「きゃあああっ――!」
スサナの身から煙がもうもうと立ちのぼり、焦げる匂いが満ちる。
「やはり礼拝堂の御像だけあって、聖性が宿っておるな」
メイナードが愉快そうに目を細める。
身をよじって像を粉砕したスサナは、毒を含んだ眼差しで老人を睨みつけた。
「このクソじじいが……!」
スサナが歯噛みしてメイナードへ躍りかかる。が、ジフリートが割って入る。
「相手は我らだ!」
ジフリートが一撃を受け止めると、逆手の刃が彼の喉を狙う。そこへクラインの剣が噛み合い、火花。空いた背面を、セイツが容赦なく斬り込む。
スサナは空中で身体を素早く反転させ、セイツの刃を紙一重でかわすと、するりと間合いの外へ。瞳に愉悦の光が灯る。
「ふふ、人間のくせに、やるじゃない。面白くなってきた」
上体を反らし、豊かな胸元を誇示する挑発的な構え。次の瞬間、風を裂いて突っ込んでくる。
「目で追うな。感覚で捉えろ」
ジーフリートが低くクラインに囁く。
双剣は舞姫の手のように優雅に、しかし殺意だけは鋭く。ゆるやかに回るかと思えば、瞬時に速度を跳ね上げて間合いを潰す。肉眼では追えない切り替えだ。
一方でメイナードは、次に来る真の強敵――タイフロスに備え、結界をさらに強化する大魔法の詠唱へ移っていた。詠いながらも、別系統の術でスサナの身動きを妨げる。
星型に瞬く小球が幾つも生まれ、スサナの周囲を旋回しながら衝突する。光属性の球が弾けるたび、スサナの身体がびくりと痙攣し、その刹那に戦士たちの刃が食い込む。
「鬱陶しいジジイ!」
スサナは舌打ちし、先に光球を叩き壊す方へ身を割く。
ブラットがウォレンに小声で言った。
「〈大魔導士〉とは、ああいう御仁を指す。目に焼きつけろ」
「はい!」
「我らも備えるぞ」
ブラットが詠唱に入り、ウォレンも補助術式を重ねる。
三人とスサナの斬撃がもつれ合い、金属の破裂音が絶え間なく空間を満たす。
不可能な角度から差し込む双剣が、わずかな隙へ鋭く滑り込む。三人ともに傷が増える。だが、スサナの肌にも確実に赤が刻まれていく。
「これが魔族の剣か……」
ジーフリートが息の底で感嘆する。頬には、歓喜に似た光さえ宿っていた。
スサナもまた、余裕の笑みで賛辞を返す。
「剣だけなら、あなたが三人で一番ね。人間にしては見事。私が見た〈人の剣〉でも指折りだわ」
甘い声に、蠱惑の微笑み。
「どう? つまらない人間をやめて、こちらへ来ない? 極上の剣気、極上の快楽、そしてほとんど永遠――全部、あなたのものよ」
「お断りだ。堕ちた永劫など願い下げ。人のまま死を選ぶ」
ジーフリートは一刀両断に撥ねつける。
「残念。せっかく機会を与えようと思ったのに」
スサナの瞳が暗く輝く。
「ならば望みどおり、ここで殺す」
再び刃が絡み、閃きが交錯する。その頭上、高所に幾筋もの金属線が〈出現〉した。ブラットの術だ。
ブラットがスサナを真っ直ぐ見据え、掌を払う。
糸はするすると生き物のように動き、スサナの手足と腰に巻きつく。同時に鋭い棘が生え、容赦なく肉へ食い込んだ。
重ねて、ウォレンの魔法が走る。スサナの周囲に球電が次々と生じ、棘付きの鉄索へ稲妻を叩き込む。
「ぐああああっ!」
悶絶するスサナへ、クラインが躍り込み、メイナードから託された〈封魔の短剣〉を腰へ深々と突き立てる。ジーフリートとセイツの剣も、背と腿へと打ち込まれた。
畳みかけるように、メイナードの大術。
虚空に円環の光門が開き、そこから白く輝く巨大な腕が肘まで突き出た。その拳が一直線、スサナの胸郭を貫く。
光の手が霧散すると、致命を負ったスサナは、糸が切れたように床へ崩れ落ちた。




