91. 欺きの魔戦士
礼拝堂に残ったのは、スサナとクライン一行だけ。
クライン、ジーフリート、セイツがスサナを受け持ち、他の面々は魔法使いと回復術師を円陣で囲んで護りに回った。
正面扉の前にしゃがみ込んだスサナは、力なくすすり泣く。――が、その嗚咽は次第に調子を変え、低くくぐもった笑いへと変質した。あからさまな嘲りが混じる。
いつの間にか、結界の内側に薄闇が降りた。外へ出られぬ代わり、内部を別空間へ転じようという試みだ。
だが闇はすぐに薄れ、端へ追いやられて霧散する。空間は礼拝堂の姿へ引き戻された。メイナードの結界が、転移を遮断していたのだ。
人間どもを見下ろし嘲笑っていたスサナが、初めて面食らった色を見せる。
「貴様ら、どうやって……」
大きく開け放たれた扉の外で、成り行きを見守っていた女司祭たちも、驚愕の表情で固まる。
メイナードが口角を上げた。
「このわしが、少々有能でね。〈欺きの司祭〉よ」
スサナの口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「いいわ。どうせ貴様らは、もうすぐ死ぬんだから」
次の瞬間、スサナの身から黒煙が爆ぜ、視界が真っ黒に塗りつぶされた。
「気を確かに! 幻術だ!」
メイナードが叫び、破幻の呪を高速で詠じ始める。
――「お兄ちゃん、おなかすいた……」
骨ばった小さな少女が、今にも倒れそうにふらつきながら立っていた。こけた頬、光のない瞳、干からびた唇。死人のように血の気のない肌。
「グラチェン……」
クラインの声が震える。
あの死に匹敵する飢えの中で、父も母も兄も次々に逝き、二人だけが残された。わずかな食べ物は、いつも年少の二人に先に回ってきた。せめてグラチェンだけは――でも幼いクラインにできたのは、そばにいることだけだった。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
幼いグラチェンが泣きながら両腕を伸ばし、近づいてくる。
胸が裂け、声が出ない。抱き締めようと腕を伸ばしかけ、クラインは、説明のつかない違和感に全身を刺された。
本能が叫ぶ。
(……違う。グラチェンは、もういない!)
ここへ来る前、セイツから聞いた警告が脳裏をよぎる。スサナの幻術は、相手が最も愛し、同時に最も悔いている存在――すなわち罪悪感を抉り出す、と。
クラインは身をさっと引き、剣を抜いて横薙ぎに払った。
「やるじゃないか、坊や〜」
グラチェンの口から、聞き覚えのない声が漏れる。虚ろだった瞳が、邪悪な光でぎらりと煌めいた。
その刹那、横で鋭い金属音が弾けた。ジーフリートがスサナの刃をはじいた音だ。スサナは守りの輪にいる魔法使いを狙い、戦士たちを幻術に落として攻撃させていたのだ。
スサナは魔族特有の強力な幻術で多数を惑わす一方、目にも留まらぬ速さで瞬間ごとに位置を変え、戦士らを襲う。
反対側では、セイツがマクシムめがけて振り下ろされた刃を払い落とし、その頬を音が鳴るほど平手で打った。
「目を覚ませ!」
頭がはじけ飛ぶ勢いで殴られたマクシムは、ぶるぶると首を振り、我に返る。何を見せられたのか、頬は涙で濡れていた。
クラインはすぐさまジーフリート、セイツと合流し、仲間の防御に回る。
メイナードは破幻の術を途切れさせず、ブラットとルートレクが魔法を重ねてスサナの攻めを相殺する。
ブラットの烈風がバランを狙ったスサナを吹き戻し、続けてルートレクの術が発動。地面から岩壁が跳ね起き、アントンの前へせり上がって盾となる。
一瞬、ウォレンがスサナの幻惑に目を奪われた。
見るや、ブラットが魔法杖で彼の頭を思い切り小突く。
「魔法使いが幻術に酔うとは何事だ! しっかりしろ!」
「も、申し訳ありません……!」
ウォレンは痛む箇所を押さえ、ひたすら頭を下げた。




