86. 紅のドレスの女
大宴会の当日。
重臣たちをはじめ、要職の者とその家族に至るまで一堂に会する大宴会が始まろうとしていた。
大宴会場へ出る支度を整えるレオトとルカイアの空気は、まるで出陣前の戦士のように引き締まっている。とくに緊張の色が濃いルカイアを和ませようと、レオトが励ましの言葉をかけた。
「大丈夫、やれるさ。これまで魅惑の稽古もきちんと積んだし、最終リハーサルも完璧だった。デュラ夫人に褒められたろう?」
ルカイアはこくりとうなずく。
実際、デュラ夫人は「最初とは見違える」と称え、宴が終わったら自分も同じ仕立てのドレスを作って着てみたいとさえ言った。
侍女たちが幾日もかけて入浴と香油、櫛入れを繰り返した甲斐あって、ルカイアの赤髪は炎のように明るい緋を放ち、滑らかな艶を帯びて美しいカールを描いて波打っていた。
そのとき、カティルがレオトの脇へ寄り、小さな箱を差し出す。箱には、赤く大粒に煌めくルビーの耳飾り一対と、ルビーが連ねてあしらわれたブレスレットが収められていた。
「これは?」とルカイア。
「ルカへの、感謝の贈り物だ」
「えっ? この服と靴、それにマシェット短剣だけでも相当なお値段なのに……」
「それはそれ、これはこれだ」
箱の中の美しい宝飾を見つめていたルカイアが、おずおずと言う。
「高価すぎて手が震えそうです。……陛下、つけていただけます?」
「いいとも」
レオトは快く応じ、耳飾りを取り上げると、そっとルカイアの耳に留めてやった。
ルカイアはわずかに頬を染めながらも目をそらさず、まっすぐレオトの顔を見ている。耳飾りをつけ終えると、今度はブレスレットを彼女の左手首に装着し、レオトは満足げに微笑んだ。
「うむ、やはりよく似合う。ほら、見てごらん」
レオトはルカイアの肩を軽く押して鏡の前に立たせる。紅に輝くルビーは彼女の赤髪と響き合い、強烈にして華麗な美を放った。
「今夜の舞台は、私たち二人が主役だ。必ずうまくいく」
耳もとに響くレオトの声に、ルカイアは凛とした決意でうなずいた。
*** ***
王宮の大宴会場には、すでに大勢が定められた席につき、建国を祝う祭典にふさわしく、あらゆる装飾がまばゆく整えられていた。
皇后イステルは、安静を勧める侍医の進言により不参と定まった。もとより公の場に姿を見せぬことは珍しくなかったが、懐妊の報があった折から、今夜ばかりは彼女の登場を期待していた者も少なくない。
「皇后陛下はご欠席か、残念ですな」
「今回はお出ましになると思っていたのに……」
「陛下とご関係は好転されたと聞いたが、違ったのか?」
人々が好奇と訝しさをないまぜに囁き交わすうち、侍従が朗々とした声で皇帝の入場を告げた。
人々は一斉に起立し、恭しく頭を垂れる。コツ、コツと床を打つ靴音とともに、澄んだ高い鈴の音が、からん、と響いた。その音に誘われてそっと顔を上げた者たちは、目前の光景に息を呑む。鈴の音は、ルカイアから発せられていた。
レオトより半歩遅れて進むルカイアの姿は、まさに衝撃的だった。炎を思わせる赤髪、同色で身体に密着するドレス。歩みのたびに、長くしなやかな脚が現れては消える。
誰も予想だにしなかった大胆な装いに、口をあんぐりと開ける者が続出した。
「まあ……何ともはしたないこと……」
老貴婦人の嘆息に、何人かの貴族がわざとらしく咳払いして同調の意を示す。だが表情とは裏腹に、男たちの視線は吸い寄せられたまま離れない。若い連中は、より露骨な眼差しでルカイアを上から下まで舐めるように見やり、喉を鳴らす。
これまで陰で「赤髪の巨女」などと囁いていた者たちも、その変貌の前に言葉を失った。いまのルカイアは、まるで火の化身が人の女として顕現したかのような、超越的な美を放っている。
玉座の前に至ったレオトは、ごく自然な所作でルカイアの腰を抱き寄せ、高らかに言った。
「どうだ、余が掘り当てた新たな宝石は! そなたらは彼女の背丈ばかり見て〈巨女〉だの何だのと囁いていたそうだな? そんな目しか持たぬから、こうして潜んでいた宝玉を見落とすのだ」
勝ち誇って言い放つと、レオトは悠然と玉座に腰を下ろす。ルカイアは脚を交差させるモデルのポーズで、玉座の脇に立った。
誰ひとり予見できなかったこの変貌ぶりに、ダメ皇帝の女を見る目だけは、さすがに誰もが認めざるを得なかった。




