表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/105

62. ピラズ山頂の魔獣

 クライン一行はピラズ山の麓へと近づいていた。いつの頃からか周囲の景色に異様な変化が現れ始めた。道端の木々も草も生気を失い、黄ばんでしおれ、空気さえも乾ききっているように感じられた。


 山の麓に広がる村の光景はさらに惨憺(さんたん)たるものだった。耕地は水気を失い、ひび割れた大地に作物はぐったりと首を垂れ、今にも枯れ果てそうであった。村人たちは水を求めて地面に穴を掘り、わずかな水を奪い合って声を荒らげていた。


 村に足を踏み入れると、村人の視線が一斉に彼らへと注がれた。事情を尋ね、彼らは村長の家へ向かった。そこには失意と疲労の色濃い老人が待っていた。


「我らはピラズ山頂の湖へ行きたい。案内してくれる者を探しているのだが」

 ジーフリートの言葉に、村長は重く口を開いた。


「……そこへは行かない方がよいでしょう。昔から霧の多い場所ではありましたが、近ごろはさらに濃く、不吉な霧に覆われ、道すら見えない有様です。その上、そこへ向かった者が戻らないことが幾度もありまして……。つい先日も冒険者たちが消えました」


 説明を聞くまでもなく、そこに魔獣が棲みついていることは明らかだった。

「その湖に魔獣が(ひそ)み、この災厄をもたらしておる。我らはそれを討ちに来た」


 ジーフリートの断言に、村人たちの間からどよめきが起こった。

「やはりそうか!」

「だからあの山は……!」

「ほら、俺の言った通りだったろう!」


 声が飛び交う中、村長は涙をにじませてジーフリートに(すが)った。


「おお……勇者殿のお一行でありましたか! どうか、どうか我らをお救いください。旱魃(かんばつ)もさることながら、井戸はすべて干上がり、山からの水も絶えました。このままでは皆、餓死(がし)を待つばかりです……」


 そう言うや、村長は村人たちに向かって大声を張り上げた。

「誰か! この方々を山頂の湖までお連れできる者はおらぬか!」


 沈黙を破り、若者が二人進み出た。

「私がご一緒します!」

「私も行きます!」


 村の青年ジンマーとブクが案内役を買って出、クライン一行はピラズ山へと向かった。その途上、(おとり)に使うための熊の魔獣を捕えるべく、彼らは山裾(やますそ)の大森林へと足を踏み入れた。


 森の奥でついに狙いの魔獣と遭遇した。常の熊の倍はあろうかという巨躯。血走った目を光らせ、怒涛のごとく突進してくる。二人の若者は顔が真っ白になり、声もなく震えたが、ジーフリートらは微動だにせず構えた。


「ここで力を削ってはならん、クライン。見届けていろ」


 そう言い残し、ジーフリートは息子シラードとバラン、さらに神官戦士インボンを率いて熊魔獣へと突撃した。魔導師ルトレクは仲間に次々と強化の術をかけ、さらに風刃を放って熊の動きを阻んだ。


 獣は咆哮を(とどろ)かせ、巨腕を振るって応戦する。だが連携の前に抗えず、やがてその巨体は地を揺らして崩れ落ちた。


 村の若者たちは目を()き、ただ呆然とその光景を見守った。成人の男など容易く引き裂く怪力を誇る魔獣が、まるで兎を狩るように討ち倒された――まさに伝説の勇者のように見えた。


 倒れた魔獣に従士たちが素早く群がり、大樽に血を集め、迅速に解体を進めていった。

 その時。


「……そこのあなた。先ほどからこちらを覗いていたようですが、何のご用です?」

 回復術師リシュラが、少し離れた木の上に声をかけた。


 ざわ、と枝が揺れ、一人の女が姿を現し、しなやかに地へ降り立った。青き輝きを帯びた長弓を背負う弓使いであった。


「悪意はありません。ただ、どのような方々か、少し見ていただけです」


 ジーフリートの視線は、彼女の背の蒼き長弓に注がれていた。これが、レオトの言っていた女の弓使いか。


「人を探しているのです。お見かけになりませんでしたか?」

 女は若き男の似姿を描いた絵を差し出した。


「弟です。この近辺で目撃されたのを最後に、行方が分からなくなりました」


 絵を覗き込む一行の中で、村人のジンマーが隣のブクに小声で言った。

「……あれ、この人。最近、冒険者の一団に混じって村に来てなかったか?」


「いたな。確かにこの顔だった」

「どこへ行ったか知っていますか?」


 女の問いに、ジンマーが答えた。

「ピラズ山頂へ向かうと聞きました。危険だからと止めたんですが、『大丈夫だ』と言い張って……そのまま」


 女の表情に暗い影が差した。


 状況を見ていたジーフリートが口を開いた。

「山頂の湖には危険な魔獣が棲む。我らは今、それを討ちに向かうところだ。共に行くか」


 女は(うつむ)き、やがて決意を込めて頷いた。

「ありがとうございます。どうかお力をお貸しください」


 こうして、蒼弓の弓使いマレンカが一行に加わった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ