51. 準備
夜更けまで狩猟キャンプで宴を楽しんだ一行はその場に一泊し、翌日は邸宅へ戻った。その日は特別な催しもなく、全員が休息にあてられた。
狩猟大会に参加した兵を除いた近衛兵たちには、邸宅の外で魔獣を警戒する任務が割り振られた。とはいえ、実際にはテントやさまざまな施設が整えられており、快適に過ごせる環境が用意されていたため、むしろ彼らは喜んで出ていった。
その夜、近衛士官のパビアン、ダルファン、クライの3人はケイアム・アステインから夕食に招かれた。
3人が揃ったところで、ケイアムが姿を現した。彼は彼らを席に着かせると、前置きもなく本題へと切り込んだ。
「この邸宅や昨日の狩猟大会を見て、諸君なりに感じたことがあろう。これから話すことは、絶対に外へ漏れてはならぬ。家族、恋人を含め、誰にも口外してはならない」
3人はぴんと緊張した。自分たちがいま、大きな機会かあるいは危険のただ中に引き込まれたのだと直感したのだ。
ケイアムの声は続いた。
「昨日、今日と目にした陛下は、諸君がこれまで知っていた陛下とは違う。あれこそが真の御姿だ。陛下は逆臣ザモフとバルセズを討ち払い、帝国を救おうとしておられる。我らアステイン家は、その大志に従っている」
3人の表情は固まった。
政変の告知。それはもはや「選ぶべきか否か」ではなく、すでに逃れられぬ事実であることを悟らされたのだ。
最初に口を開いたのはクライだった。彼は近衛隊の中でも剛直で生真面目な男と評判の士官であった。
「我らは近衛隊です。近衛隊の務めは陛下をお守りすること。陛下の御意志に従うのは当然のことにございます!」
すぐさまパビアンとダルファンも同意を表した。
「その通りです。もちろん我らも陛下に従います!」
ケイアムは穏やかな笑みを浮かべた。
「そう言ってくれるのは嬉しい」
近衛隊から12名の士官が選抜された時点で、その素性はすでに調べ上げられていた。無論、この3人についても把握済みであった。
ケイアムは席を立ち、3人に自ら酒を注ぎ、杯を掲げた。
「これで共に大事を成す同志となった。さあ、その証に乾杯しよう」
盃を空けたあと、彼は3人にザモフとバルセズの正体、そして皇帝が変わられた理由を語った。
それは単なる政変ではなく、背後には魔王復活の陰謀が潜んでいる。その事実を知ると、3人の表情はいっそう深刻さを帯びた。
「我らは今後、何をすべきでしょうか?」
ダルファンが問う。
「軽率に動けば、かえって敵に漏れる危険がある。まずは近衛隊の中で信に足る者と、そうでない者を見極め、報告してほしい。
それともう一つ。近衛隊長ルミチはバルセズの手の者であるのは確実だ。十分に注意するのだ……」
*** ***
翌朝、アンリカが数名の離宮護衛隊を率いて邸宅に到着した。午前中に行われる忠誠の誓約式に参加し、その後に予定されているレオトとアイランの試合を見守るためであった。
邸宅前の訓練場には、離宮護衛隊や邸宅の私兵、灰色の狼傭兵団、さらに近衛隊の一部兵力が集結していた。その場で、皇帝レオトに対する忠誠を誓う荘厳な式が執り行われた。
忠誠の誓いが終わると、レオトとアイランによる実戦形式の模擬戦の準備が整った。真剣で斬り結ぶ予定のため、二人はともに鎧で武装していた。
狩猟大会でアイランの恐るべき実力を目の当たりにしていた人々の多くは、レオトが果たして彼女を相手にできるのか半信半疑であった。
一方、レオトにとってこの一戦は、これまでアイランから学んだ気功術の成果も含め、自らの力量を試す重要な機会であった。今日はどこまで戦えるか、自らの限界を押し広げるつもりでいた。
距離を置いて両者が対峙する。
レオトが先に闘気を高め始めた。以前は本能的に放つだけだった闘気を、気功術を学んでからは意識的に制御できるようになっていた。ただし、頭の中のイメージに引きずられたせいで、つい『ドラゴンボール』の孫悟空のような構えをとってしまった。髪が逆立って超サイヤ人にならないのは、まだ幸いと言えよう。
レオトの身体の周囲に微細な光粒が立ちのぼり、淡い青から白へと変わって全身を包み込み、やがて吸い込まれるように消えていった。
それを見守っていたアイランも気を引き上げ始めた。
舞を舞うかのように、空気を撫でるようにゆるやかに手を動かす。彼女の指先や足運びに呼応して、周囲の空気の流れが変わり、目に見えぬ波動が押し寄せてくるのを人々は肌で感じた。
観衆は息を呑み、ただ二人の姿に見入っていた。




