48. 狩猟大会
翌朝、目を覚ましたレオトは、自らが置かれた光景を見て自己嫌悪に陥った。5人の艶やかな妃たちが、彼を囲むようにして眠っていたのだ。
ここへ来た初日の、あの狼狽した朝の記憶が重なり、これがいま自分の現実になってしまったのかと、言いようのない心境に襲われた。男として嫌ではない。だが、無邪気に享楽できるほどのものでもなく、背徳感と満足感のはざまで複雑な思いを抱いていた。
そのとき、扉の外からノックの音が響いた。
「陛下、起床のお時間でございます」
直後に扉が開き、離宮護衛隊の女士官の一人が入ってきた。アンリカとの成婚の後、アステイン家から送られてきた精鋭中の精鋭である。薄布の帳がかけられているとはいえ、室内の輪郭はおおよそ見えてしまうはずだった。
驚いて然るべき光景のはずだが、彼女は表情一つ変えず、持参した水を寝室の洗面台に注ぎ、静かに控えた。
うろたえたのは、むしろレオトの方だった。慌てて視線を逸らし、ガウンを探した。すると、彼の動きを感じ取って目を覚ました妃たちが、ガウンを手に取り彼に羽織らせた。妃たちは裸身のまま、何の気後れも見せなかった。
(恥じているのは……俺だけか)
どうやら離宮の女たちは、かつてのクズ皇帝にすっかり慣れきってしまっているらしい。
朝食を軽く済ませ、素早く準備を整えたレオト一行は、早朝のうちに次の目的地へと出発した。
前夜、女たちと部屋へ消えていった近衛士官らについては「数日そのまま楽しむがよい」との許可を与え、費用も十分に残していった。
こうして近衛士官9名を切り離したまま進発した一行は、その夜にはその地方の行政官の邸に宿泊した。行政官の家族は留守にしており、本人と使用人たちがレオト一行を迎え、給仕にあたった。この晩は催しもなく、静かな夜が過ぎていった。
*** ***
3日目の午前、目的地であるヘスタンの森に到着した一行は、森の外れに建つ邸宅へと入った。
聞いていた話では「小さな森にあるこぢんまりとした邸宅」とのことだったが、実際には予想以上に大きな規模であった。高い外壁に囲まれた邸宅は、外観こそ質素で飾り気がないものの、その威容には圧倒されるものがあった。
邸宅では、アンリカの兄ケイアム・アステイン将軍がレオトを待っていた。荷を解いたのち、狩猟大会に参加する面々だけを選抜し、狩猟キャンプへ向かうよう命が下された。
「これ……ただの邸宅じゃなくて、要塞じゃねえか」
マクシムが外壁と邸宅を見回しながらつぶやいた。
セイツも同じ感想を抱いていた。近隣の森に時折魔物が出没するためだ、という説明があったが、それにしては余りに本格的すぎる施設だった。
外から内部が一切うかがえないよう造られた高く堅固な外壁、石造りの邸宅は華美を排し、守りを優先した重厚な造りである。邸宅前に庭園ではなく広い訓練場が設けられていることも、そうした印象を強めた。
「魔法結界に、魔導装置まで……いくつも仕込まれているようだな。この防備は、確かに要塞と呼ぶべきだ」
傭兵団の魔法使いのウォレンもそう評した。
設備もさることながら、セイツの目を引いたのは、ここに駐屯する兵士たちだった。ひと目見ただけで、並の兵ではないことがわかる。鍛え抜かれた精鋭たち。アステイン家が一族の命運を懸けていることがありありと伝わってきた。
狩猟の支度を整えた一行は、そこから森の奥へと進んでいった。邸宅と同じく、森もまた並みの森ではなく、広大かつ鬱蒼とした樹海であった。さらに進むと、比較的開けた空間に狩猟キャンプが設営されていた。
テントや各種施設が整い、料理人たちが食事を用意している。そこで昼食をとったのち、いよいよ狩猟大会の幕が上がった。その名のとおり、5つの隊に分かれて成果を競い合う形式である。
レオトは主催者として狩りには加わらず、妃たちと共にキャンプに残り見物することとなった。
参加したのは、およそ30名ずつの編成で、離宮護衛隊、近衛隊、アイラン率いるタパラム武士隊、ケイアム率いる邸宅守備隊、そしてセイツの灰色の狼傭兵団――計5隊であった。
近衛隊は、12名の士官のうち9名が初日の歓楽街で脱落してしまったため、残った3名の士官が、狩猟経験のある兵士を中心に急ごしらえの隊を編成していた。事前に狩猟大会のことを知らされていなかったため、邸宅で急遽組まれた隊である。しかしそれはそれとして、不意に与えられた晴れ舞台に兵たちは興奮気味で浮き立っていた。
士官のひとり、ファビアンが諭すように言った。
「遊びじゃないぞ。真剣にやれ。身分の高い方々の目に留まる絶好の機会だ。兵卒のまま一生を終わりたくはないだろう?」
もう一人の士官、ダルファンは離宮護衛隊の様子を横目で見やり、声を潜めて言った。
「おい……まさか離宮護衛隊に負けるつもりじゃないよな? 恥をかきたくなければ気を引き締めろ」
その一言に、兵たちの目の色が変わった。
近衛隊にとって、女だけで構成された離宮護衛隊は、これまで競争相手と見なす対象ですらなかった。「女の戦争ごっこ」などと嘲ってきたのだ。
だが、今回同行している離宮護衛隊は明らかに雰囲気が違っていた。アステイン家がアンリカのために特別な人材を送り込んだという噂は耳にしていたが、実際に目にする彼女らは、これまでの者たちとは段違いの精鋭である。もしここで彼女らに敗れることがあれば、それこそ屈辱的な大恥であった。
一方その頃、『灰色の狼』傭兵団では、セイツが団員に厳かに命じていた。
「これも任務の一環だ。遊び半分で臨むな。必ず優勝するつもりで戦え。この森には魔獣がいるという。奥深くへ踏み入り、巨獣を仕留めるのだ」
団員たちは力強い鬨の声で応えた。
その後、副団長マクシムがセイツの傍らに歩み寄り、小声で問いかける。
「……なんでそんなに気合いが入ってんだ? どうせいくら獲物を仕留めても、優勝なんざ回ってこねえって分かってるだろ」
そう言うのにも理由があった。灰色の狼団は魔獣狩りの実績で名を馳せ、貴族の狩猟大会や討伐任務に呼ばれることも少なくなかった。当然、実際の功績は彼らが最も高かった。だが、様々な言い訳や、あからさまな軽視によって、功は貴族たちの手柄にされるのが常であった。
「……今日ばかりは違う」
セイツは確信を込めて言った。あの皇帝ならば、きっとこれまでとは違う、と。
マクシムは不審げに首をかしげた。
「……なんか今回の任務じゃ、やけに妙なこと言うな。下手に期待して、あとでがっかりするだけじゃねえのか?」




