45. 潜行の旅
アステイン家は帝都から少し離れた森と邸宅をレオトへ献上し、そこへ招いた。名目上は成婚の贈り物であったが、実際には決戦の日に備えて親衛隊を育成する場でもあった。
レオトはその招待に応じる形で潜行の旅に出ることとなった。邸宅や森を視察するほか、森では狩猟大会が催され、邸宅ではアイランの要請を受けて、再び実戦形式の立ち会いも予定されていた。
潜行の準備にあたり、レオトはカティルを伴い、皇宮の宝物庫へ向かった。狩猟大会で優勝・準優勝した隊の隊長に授ける下賜品、そしてアイランとの立ち合いで自らが使用する剣を選ぶためである。
下賜品を選ぶ前に、レオトは宝物庫の最奥にある秘密の部屋へと足を運び、そこに納められた一振りの剣を見やった。鍔には人の眼を思わせる細長く透明な宝石が嵌め込まれている。
「まさか『闘神の眼』をお使いになるおつもりですか?」
カティルの問いに、レオトは首を横に振った。
「まだだ。今日は、ただ見に来ただけだ」
『闘神の眼』は、初代国王となったかつての勇者が用いたと伝わる剣であり、ゲームでは最終局面にて魔王と化した皇帝が振るい登場するものだった。
魔王は右手に『闘神の眼『を、左手には魔王剣と呼ばれる『光を喰らう者『を携え、勇者と相対した。そのとき鍔の宝石は漆黒に変わり、凄惨な紅の眼光がその奥に現れていた。
ゲームを5度クリアした者への特典として勇者、すなわちプレイヤーが使用できるようになるのだが、その際には宝石が明るい蒼に輝き、黄金の瞳が宿った。
レオトの目下の目的は、この『闘神の眼』を手にできる境地へ至ることにあった。最後の戦いで自らが『闘神の眼』を、勇者が聖剣を携えて立つならば、勝機は十分にあると踏んでいたのだ。
だが今はまだ、その資格を得てはいない。帝国の象徴とも呼べる秘宝を軽々に抜き、稽古の道具のように振るうことなどできない。さらなる鍛錬を積んだのちに挑むつもりであった。
レオトは』闘神の眼』と同じ部屋に保管されている名剣の中から3振りを選び取った。その後も剣器を見て回るのに夢中になり、秘密の間を出て、他の剣を眺めていたところ、不意に見覚えのある一振りが目に入った。ゲームで勇者として愛用した武器のひとつである。
「なぜこれがここに?」
懐かしさに胸を高鳴らせ、レオトはその剣を手に取った。柄の末端には黒く丸い石が飾りのように付いており、柄全体も黒色。外見は一見、平凡な剣だった。
鞘から抜き放ち、刀身を確かめたレオトは、見間違いでないと確信した。ゲームで慣れ親しんだ武器をここで目にするとは思いもよらず、思わず喜びがこみ上げた。
「これは使うしかないな」
先ほど選んだ剣のひとつを元の場所へ戻し、その剣を腰に帯びると、カティルが不思議そうに問いかけた。
「一般の剣の中に紛れていたものですが、それをお使いになるのですか?」
「ふふっ、いずれ分かるさ」
レオトは含みのある笑みを浮かべ、上機嫌で歩を進めた。
この剣が秘宝として扱われず、平凡な剣に分類されていた理由をレオトは知っていた。これは使い手が一定のレベルに達して初めて真価を発揮する武器なのだ。必要条件に届かぬまま振るえば、ただの良質な剣程度の力しか持たず、折れてしまえば修理に莫大な金がかかった。
しかし使用可能な域へ達して後に手にすれば、本来の力を解き放ち、冒険を大きく助ける極めて優れた装備となる。ゲーム内で『闘神の眼』を含む〈五大終極武器「と称される最強武器群には及ばぬものの、それに次ぐ格に数えられていた。
(部屋で一度試してみるか。おおよその自分のレベルを測ることができるはずだ)
ゲームのようにステータス画面もなく、自らの能力を数値で知る術のないこの世界で、この剣を通じて己の力量を探れる――そう考えると、胸は期待で高鳴った。
*** ***
皇帝の潜行は、かつてクズ皇帝の時代にはしばしば行われていたが、ユタカがレオトとなって以来、今回が初めての外出であった。
潜行の折に皇帝が着用していたという鎧に袖を通したレオトは、首をかしげた。
「……潜行という割には、あまりに目立つのではないか?」
豪奢な装飾を施した礼装用の鎧は、まるで「自分は皇帝だ」と誇示しているように見えた。
「潜行とは、公的な行幸ではないという意味に過ぎます。身分を完全に隠して歩くわけではありません。ですから、鎧そのものは問題ではありませんが……」
カティルは不満げに鎧を眺め、唇を結んだ。
「これは駄目ですね。以前は無駄に派手なだけでしたが、今となっては……陛下があまりに凛々(りり)しく、格好良すぎてしまいます」
「ずいぶんお世辞がうまくなったな」
レオトが笑って受け流すと、カティルは真剣な声で返した。
「本気で申しております」
結局、鎧は飾り気のない質素なものへと替えられた。
「ザモフはもちろん、外部の者の目もありますので、邸宅に入られるまではダメ皇帝として振る舞っていただかねばなりません。お渡しした宝石箱も必ずお使いください」
「わかったよ」
ますます小姑じみてきたな、とレオトは苦笑を噛み殺した。
カティルの言葉どおり、〈潜行〉とは名ばかりで、その実かなりの規模であった。警護のために離宮護衛隊の一部と、アイラン率いるタパラム王国の武人たち、さらに近衛隊から精鋭の士官12名と近衛兵が加えられていた。
近衛隊への不信は拭えなかったため、本来なら完全に外したかったが、露骨に示すのも得策ではないと考え、最小限を編入したに過ぎなかった。そのうえで、潜行初日には彼らを別行動にさせる算段を整えていた。
ダメ皇帝の印象を強めるため同行することになった5人の妃は、まるで遠足に出かけるかのように浮き立っていた。実際には、万一に備えて戦力となる面々が選ばれていた。ランシアとマビナ、そして魔法を操る3つ子の姉妹である。
ヘジャ家の3姉妹――リリビ、セルビ、エルビ――この3人は帝国有数の魔法名家ヘジャ家の娘たちであり、いずれも一流の魔導士であった。特に3人が心を一つにして繰り出す複合魔法は、恐るべき威力を誇ると評されていた。
レオト自身は、これまで乗馬を学んできたこともあり、ぜひ馬に跨がって行きたかった。初めて皇宮を出て、外の景色を眺めるのも楽しみにしていたのだ。しかしそれも、護衛上の問題や「馬上の姿があまりに威厳に満ちてしまう」という理由から、カティルに退けられてしまった。
やむなく妃たちと同じ馬車に乗る。公式行幸ではないため、皇帝用の正規の馬車ではないが、内部は快適かつ華麗に設えられていた。
「陛下と外にお出かけできるなんて、楽しみでなりませんわ」
マビナが弾む声とともに身を寄せると、対面にいたランシアが負けじと腕を取って絡みついた。
「ふふっ、私もですわ」
向かいに座る3つ子が声を揃えて睨みを利かせる。
「あとで席を替わってもらいますからね」
レオトは嬉しいような、気恥ずかしいような複雑な気分で腰を下ろしていた。
(だからこそ、馬に乗って外を眺めたかったんだが……)
偽装も何もない、クズ皇帝そのままの図である。仕方なく、窓の外に流れる景色を眺めて気を紛らわせるしかなかった。
馬車は帝都を抜け、外郭を過ぎたところで一度停まった。アステイン家がレオトのために雇い入れた傭兵団が合流するのだった。今回の潜行で警護に加わるだけでなく、今後、必要に応じてレオトが個人的に密かに使える存在でもあった。
馬車の前に進み出て、恭しく頭を垂れる傭兵団長の名を聞いた瞬間、レオトは思わず目を見張り、その男を注視した。やや距離があり、しかも頭を下げているため顔をはっきりとは確認できない。明るい灰色の髪を持つ、端正で整った印象の男だった。
名を聞いたとき、レオトはゲームで登場した人物かと思った。だが容貌も雰囲気も、記憶している人物とはまるで異なっていた。
(同じ名を持つ別人なのか……?)
首をかしげつつも、レオトは念のため、しばらく彼に注意を払うべきだと心に決めた。




