42. 成婚の儀
レオトがアンリカ・アステインを妃として迎える成婚の儀が、皇宮にて執り行われた。
レオトにとっては、過去も今も含め、生涯で初めて経験する婚礼である。皇后でもなく、ただの妃の一人にすぎぬはずなのに、その規模は実に壮大であった。カティルの説明によれば、これはアステイン家の強い要請によるものであり、同家の決意を世に示す意味が込められているのだという。
華やかな礼服に身を包み、見事に装いを整えたアンリカの姿は、きわめて魅惑的であった。短く切った髪を覆うように、金糸で織られた帽をかぶり、その房飾りが黄金の光を放つ。その上には精緻な装飾が幾重にもあしらわれ、美しく着飾っていた。
一方のレオトは、事前の取り決め通り「放蕩の皇帝」を演じていた。表情を抑えた花嫁アンリカとは対照的に、笑みを浮かべては声高に振る舞い、浮かれ騒ぐ姿を見せる。やがて宴席で、列席者に向けて大声で言い放った。
「どうだ? 余の新たな妃は! 実に見目麗しかろう? 皆の者、目が節穴で気づきもしなかった原石を、この余がまた掘り当てたのだ!」
レオトは豪快に笑いながらアンリカの肩を抱き寄せ、その顔をのぞき込み、強圧的な口調で続けた。
「花嫁がそんな顔をしていてはならぬ。誰が見ても無理やり嫁がされたと勘ぐられてしまうではないか。笑え、もっと朗らかに。そうであろう?」
アンリカは観念したように、無理やり微笑を作った。
「そうだ、それでよい。こうして笑わねばな」
レオトは両手でアンリカの口角をつまみ、笑みの形をつくってみせた。
この滑稽な場面に、参列者たちは皇帝の顔色をうかがいながらも、哀れむような視線をアステイン家へと送った。
父フェルシ・アステインと兄ケイアムは、何の反応も見せず、無表情でただ黙々と酒をあおる。これもまた、あらかじめレオトと取り決めた通りであった。事情を知らぬアンリカの母と妹は、涙をこらえつつ、ぎこちない笑みを浮かべていた。
帝国でも屈指の名門として知られるアステイン家であるが、この日ばかりは、内心で同情を寄せる者が少なくなかった。
皇帝がアンリカを力ずくで奪い、アステイン家を脅して莫大な持参金まで巻き上げたという噂が、広く流布していたからである。アンリカが身につけている豪奢な装飾品や高価な宝石までも、皇帝の強要によるものと囁かれていた。
離宮に住まう者たちの中で、成婚の儀に参列したのはアイランとメイリンの二人だけであった。アイランは公式にはタパラムの使節として皇宮に滞在していたため、そしてメイリンは姉に付き従ってきていたためである。
それまで離宮の外でのレオトを見たことがなかったアイランにとって、その姿は実に見慣れぬものであった。驚きもしたが、皇帝である彼が敵を欺くために、あそこまで振る舞わねばならぬほどの強大な敵と相対しているのだという事実が、あらためて胸に迫った。
「これ、とっても美味しいわ。お姉さまも召し上がってみて」
メイリンは、レオトの様子に驚くでも狼狽するでもなく、成婚の儀の華麗な装飾や壮大な規模、そして目の前の美味なる料理に心を奪われていた。その無邪気な姿を見て、アイランはふと考える。
(……マクニに支配されていた頃も、あのような姿だったのだろうか?)
普段のレオトを思えば、あのような言動を自然に演じるのは決して容易ではあるまい。にもかかわらず、いかにも天衣無縫に演じ切っているその様子は、むしろ感嘆を誘った。
「本当に華やかな成婚の儀ね。そう思わない?」
楽しげな顔で問うメイリン。
メイリンが妃に迎えられたときにも式はあったが、それは比較的小規模で、簡素なものでしかなかった。母キルシャ王の立場からすれば、幼い娘を人質以下の存在として奪われるのだから、とても祝う気分になれるはずもなかったのである。
「もう妃は増やされないと思っていたのに……どういうことなのかしら?」
無邪気な表情で首をかしげるメイリン。その問いに、アイランはランシアから耳にした話を思い出していた。レオト自身はこの婚儀について口にしたことはないが、妃たちの間ではさまざまな憶測が囁かれていた。
アンリカの出自は皆よく知っており、アステイン家がレオトにとって大きな力となることも誰もが理解していた。だが同時に、妃の中で最も有力な家門に属する人物であるがゆえに、宮中には微妙な緊張が漂っていたのである。




