41. 同盟
カティルからアンリカとのやり取りを聞いたレオトは、少なからず驚きを覚えた。味方になってくれるどころか、自ら妃になると申し出てくるとは。まったく予想もしなかった展開である。
「離宮護衛隊の任務を続けることも含め、無条件でお受けなさいませ。理由は、陛下もよくご存じでしょう?」
カティルが釘を刺すように言った。
レオトは呆気に取られたまま答える。
「承知しておる。だが、どうして急にそんな決断を……。アステイン家の意向か?」
「もしそうなら、アステイン家から正式に話が出ていたはずです。私が頼んでお会いした席で出た話ですから、おそらくアステイン卿ご本人が決められたのでしょう」
「私を嫌っていると思っていたが……いったい何が理由なのだ?」
「詳しい理由はご本人にお尋ねください。ただ一つ申し上げられるのは、アンリカ・アステイン隊長は政務的な判断力を備えた、野心ある方だということです。
私が切り出す前から、すでに状況をかなり正確に把握しておられました。敵の真の正体、そして陛下が変わられた理由を知って、決意を固められたようです。
アステイン家の威勢と、この結びつきの意味を考慮し、盛大に婚儀を執り行う準備をいたします」
「わかった」
「あり得ないとは思いますが、アステイン卿を決して軽んじてはなりません」
「心得ておる」
198番目の妃、か。正直、気が進まないどころではなく、嫌悪すら覚える。ましてや婚礼とは。しかし、助力を申し出る有力な勢力を、愚かにも拒むことはできない。
(わざわざ自ら妃になるとまで言い出すとは……何が狙いだ? 俺に何を望んでいる?)
*** ***
アステイン家の邸宅では、深夜、密やかな会合が開かれていた。会合といっても、当主フェルシ・アステインと長男ケイアム、そしてアンリカの3人だけの席であった。
「いったい何の用で、こんな夜更けにこそこそ呼び出したのだ?」
兄ケイアムがやや疲れた様子でアンリカに問いかける。勤務先のプラタン要塞から、家からの急報を受けて急ぎ駆けつけ、つい先ほど到着したばかりだった。
「陛下の妃となるつもりです。すでに御寵を賜りました」
アンリカの爆弾発言に、二人の顔色が一変した。父フェルシは思わず後頭部を押さえる。
「やはりあやつが手を出したというのか……! だからこそ、この父が言った通りに早く嫁に行かせておけば……」
アンリカは落ち着いた態度で、決定的な一言を告げた。
「私の方から誘惑いたしました」
「な、なんだと……?」
ケイアムは呆気に取られ口を開け放ち、フェルシは卒倒しかけるほどだった。
ケイアムが鋭く問いただす。
「それはいったいどういう意味だ?」
「陛下は、もはやかつての御方ではありません。……」
宰相ザモフと軍務大臣バルセズの正体、そして彼らが企てている事柄について説明を受けた二人は、徐々に昂ぶる感情を抑えていった。
離宮護衛隊長としてアンリカが直接レオトを見守ってきたことに加え、その話が侍従長カティルを通してもたらされたものであることは、十分な信憑性を与えるものだった。カティルは宮内大臣である父シェイフスと共に、皇帝の暴走を食い止めようと苦心してきた人物である。
やがて父フェルシが口を開く。
「お前の言うことが正しいとしても、なぜお前が皇帝の妃にならねばならんのだ?」
「陛下は英雄です。これまで父上が勧めてきたつまらぬ男たちとは格が違います」
「つまらぬ男だと? 皆、名門の御曹司ばかりだぞ」
「私は中身のことを申し上げているのです。それに、あの方は帝国の皇帝です。魔族を退けられた後には、必ずや聖君として歴史に名を残されるでしょう。その御方を助けて功を立てることこそ、我が家をさらに繁栄させる道です」
「勝つか負けるかは、まだ分からぬではないか」
「相手は魔王勢力です。陛下が勝てなければ、いずれにせよ人間は地獄のような状況に陥るでしょう」
フェルシは言葉を失い、短く呻きを漏らした。
「アンリカ……お前は父を、逃げ場のない袋小路へと追い込むのだな」
アンリカが皇帝の妃となれば、好むと好まざるとにかかわらず、アステイン家は皇帝側につかざるを得ない。
「よし。勝負に出た以上は、どうにかして勝たねばならん。内からでも外からでもな」
ケイアムは黙ってうなずき、父の言葉に同意を示した。
「父上と兄上ならば、理解してくださると信じておりました」
安堵の笑みを浮かべるアンリカに、フェルシが言った。
「この内情は、我ら3人だけの秘密にせねばならん。お前の母や妹は、政や戦に疎い、ごく普通の貴族の女だ。こんな大事を背負わせるのは酷というもの。
敵を欺くためには、時に味方すらも欺かねばならん。今がまさにその時だ」
「承知しました」
「もう下がれ。兄とまだ話すことがある」
アンリカが部屋を出ていった後、フェルシは額を押さえて嘆息した。
「驚かせるにもほどがある……。最近になって急に身なりを整えだしたから、ようやく結婚する気になったかと思えば……魔王の復活に、皇帝の妃だと……」
ケイアムはむしろ納得したように応じた。
「前から申し上げていたでしょう。アンリカは普通の貴族令嬢としては生きられぬ、と」
「お前にも責任はあるぞ。アンリカに剣を教え込んだのは他ならぬお前ではないか」
嘆くように言ったフェルシは、息子に念を押した。
「お前の役割はまことに重大だ。決行の日には、速やかに騎兵を動かし、皇宮へ到着せねばならん。今からその備えを進めるのだ」
「承知しております」
「まずは婚儀の準備からだな。アンリカの言葉通りなら、近いうちに陛下から呼び出しがあるはずだ。こうなった以上、腹をくくってやり遂げるしかない……」




