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31. 水の舞

 離宮の応接室には妃嬪たちが集い、茶を味わいながら「太陽王計画」の進行について語り合っていた。


 マビナは、沈んだ表情で黙々と茶を口にしているばかりだった。彼女はそっと視線を巡らせ、妃嬪たちの様子をうかがった。


 かつては『不幸自慢』と呼ばれていたこの席も、今やすっかり雰囲気が変わってしまった。皆生き生きとして明るくなり、以前にはなかったほど容姿を磨くようになった。皇帝の話題が出れば、涙と溜息で身震いしていたはずの彼女たちが、今は笑みを浮かべ、夢見るような顔でその言葉や仕草を口にしている。


 これはただ、皇帝の性格が変わったからではない。マビナはそう感じ取っていた。ここにいる大半の妃嬪は皇帝の愛を受けている。皇帝がいずれ良き形で彼女らを自由にしてやりたいと望んでいることは、皆が知っていた。皇帝自身がそう口にしたのだから。


 本来の自分を取り戻した皇帝は、なるべく彼女らに手を触れぬようにしていた。状況が変わったのは、ランシアのときからである。ランシアが笑顔と活力を取り戻すと、続いてユステアも同じように変わっていった。


(……ソルテ様にタリア、三つ子の姉妹に、エンナ、ケイトリンまで……)

 彼女たちは口を揃えて「離宮を離れるつもりはない、皇帝の傍に留まる」と言っている。


 かつての変態皇帝は、しばしばマビナを呼び寄せた。その頃はそれが嫌でたまらず、耐え忍ぶしかない苦行だった。だからこそ、性格の変わった皇帝が何もしてこなくなったとき、当初は心底嬉しく、安堵した。


 それが今となっては、なぜか置き去りにされたような寂しさすら覚える。皇帝は顔を合わせれば笑みとともに名前を呼び、体調を気遣ってくれる。だが、夜になっても、マビナを抱くことはなくなってしまった。


(……私はもう魅力がないのかしら?)


 なんとも皮肉な話だ。顔を見るのも嫌だったころは、あれほど苦しめられたのに、いざ立派で魅力的な男に変わってみれば、今度はただ眺められるだけなのだから。


(昼間だけじゃない。夜のあり方も大きく変わったに違いない……ランシア様に聞いてみようかしら?)


 ランシアの部屋には鍛錬用の広間があり、皇帝は毎日のようにそこへ通っている。ゆえにランシアは、今や皇帝と最も頻繁に顔を合わせる妃嬪となり、そのことすら多くの妃嬪の羨望(せんぼう)の的となっていた。


        ***      ***


 マビナの招きに応じて彼女の部屋を訪れたレオトは、いつになく華やかに装った彼女の姿を目にして微笑んだ。

「美しい……祭儀で身につける装束か?」


「そのままではありませんが、似たものですわ」

 マビナは恥じらいを含んだ声で応じた。


 ランシアに相談した結果、皇帝の愛を得るには、自ら積極的に動くべきだと助言を受けていた。過去の行いへの反動なのか、皇帝はもはや自ら妃嬪に手を伸ばすことはないからだ。


 そこでマビナは、故郷でこの時期に催される「水の祭り」に着想を得て、レオトを招いたのである。神に捧げる舞を見せたい――その願いに、彼は応じてくれたのだった。


 浴室の四方には灯火がともされ、巨大な円形の浴槽には光を放つ魔石が沈められて、下からほのかな輝きを放っていた。幻想的な雰囲気に、レオトは目を細める。

「なるほど……だから夜に来いと?」


「ふふ……本番はこれからです」

 マビナは彼の手を取り、浴槽の前に置かれた椅子へと導いた。脇のテーブルには酒と果実が整えられている。レオトが腰を下ろすと、マビナは浴槽の縁に立ち、清らかな声で歌い始めた。


 すると、目を見張る光景が広がった。水面がゆるやかに渦を巻き、いく筋もの水流が絡み合い、水面に浮かんでいた花弁を支えて花を咲かせる。マビナがその花の中心に身を滑り込ませると、水の柱はさらに高く舞い上がり、花を持ち上げた。


 花の中で舞うマビナの姿は、今まさに咲き誇る睡蓮のよう。澄みきった声が水音のように響き、淡い紫光に照らされた浴室で、風に揺れる柳の枝のごとくしなやかに舞う。


 レオトは思わず魅入られた。澄んだ水底に潜り込み、己もともに漂っているかのような錯覚さえ覚える。


 その時だった。マビナの足元から逆流する水流が彼女の体を這い上がり、まるで舞うように布を剥ぎ取ってゆく。花弁が散るように、衣が一枚また一枚と落ち、ついには薄衣一枚だけが残った。濡れた布越しに、彼女の肢体があらわになる。


 そしてその最後の一枚すらも、水流に剥ぎ取られようとした瞬間――レオトは驚愕し、思わず立ち上がった。椅子が倒れ、乾いた音が響く。


 驚きのせいか、マビナはバランスを失い前へ倒れかけた。

 レオトは慌てて駆け寄り、その体を抱きとめる。マビナは待ちかねたように、彼にしがみついた。


「……陛下」

 囁きとともに、彼女の肌を伝っていた水流がレオトの体へと入り込み、絡みつく。ひんやりとしながらも澄んだ感覚が全身を駆け巡り、言葉にできぬ快感が押し寄せた。


「もう……私を求めてはくださらないのですか?」

 消え入りそうな震え声が耳朶をかすめ、水流は彼の全身を撫で回しつつ、下腹を鋭く刺激する。あまりの衝撃に、思わず呻き声が洩れた。


「マビナ……まさか、最初から……」

 今宵のすべてが周到に仕組まれた誘惑だったのだと、その時になってようやく悟った。いつもの大人しく控えめな彼女からは、とても想像できぬことだった。


「私も……陛下に愛されたかったのです」

 マビナは小さく震えながら彼の胸へ顔を埋めた。


 この致命的な誘惑の前では、理性も思考も意味を失う。レオトは夢魔に囚われたかのように、マビナの柔らかで滑らかな肢体を強く抱きしめた。


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