27 太陽王計画の始まり
ランシアの「きっと力になってくれるはずです」という勧めに従い、レオトは彼女の父と二人の兄に会うことになった。
初対面の瞬間、レオトはまず3人の男の圧倒的な肉体に威圧された。ランシアの父ジーフリートは、獅子王が人の姿を取ればこうなるのではないかと思わせるような男であった。
大きく堂々たる体に、たてがみのような豊かな髪。荒々しくも威厳ある面差しは一目で只者でないとわかる。二人の兄もまた並外れた体格の持ち主で、迂闊に近づけぬ覇気を放っていた。
(……クズ皇帝め、本当に怖いものなしだな。こんな男たちから、娘と妹を奪ってきたのか)
内心で自嘲しつつも、彼らの顔を見てレオトは、どこか既視感を覚えた。そしてすぐに思い出す――勇者クラインの冒険序盤に登場し、戦闘技術を鍛え、クエストの助力をしてくれる人物たちだったのだ。
(勇者が旅立つのはまだ先のはずなのに……もうここで登場か? しかも勇者じゃなく、なぜ俺の方に?)
そう首をかしげるうち、レオトはゲーム設定に記されていた内容を思い出した。彼らは帝国でも屈指の武人であったが、皇帝に娘と妹を奪われたのち殺されたことで憎しみを抱き、後に反乱軍へ加わる立場にあったのだ。
(……それがランシアのことだったのか?)
物語がこうして別の展開を見せていることに、レオトは驚きと緊張を覚えた。
ジーフリートが、厳粛な口調で口を開く。
「ランシアから、陛下に起きたことを聞き及びました。魔王の復活を企む闇の勢力が、陛下に対して仕出かしたその暴虐……断じて許されぬ行いです。
我ら父子は、陛下に忠誠を誓い、陛下が為そうとされる大業に全身全霊を捧げる所存です」
3人は厳かに頭を垂れた。
思いもよらぬ忠誠の誓いに、レオトは驚き、そして胸を打たれた。彼らの立場からすれば、自分を叩き斬ってもなお足りぬはず。にもかかわらず、こうして力を貸してくれるとは……感謝の念で胸が熱くなった。
「誠に……ありがたい。あまりに済まなく、また深く感謝する。そなたらは、私にとって大いなる力となろう。それで、ぜひ頼みたいことがある」
そう言ってレオトは、3人に依頼を告げた。ペトラオンのもとへ赴き、彼を助け、その息子クラインを導いてほしいと。
クラインがより早く彼らに出会い、鍛えることができれば、ゲームの物語よりも速く成長するだろう。そしてペトラオンが外部勢力を糾合するうえでも、この3人の存在は大きな助けとなるに違いない。
「その少年こそ、魔王を打ち倒す勇者となるだろう」という言葉を聞いた3人は大いに驚き、喜んでその任務を受け入れた。
*** ***
〈太陽王計画〉の企画を進めるため、レオトと離宮の十数名の妃が一堂に会した。ユステアやランシアをはじめ、女優のケイトリン、歌姫エンナ、舞姫タリア、楽器演奏の名手セレス、文才で名高いソルテなど、各分野に秀でた才媛たちである。
『クズ皇帝』の異名を持つ皇帝だが、美貌の女性を集める才覚だけは本物だった。集った女たちはそれぞれ異なる魅力を備えており、しかも偶然ながら全員がレオトの寵愛を受ける『不幸自慢』(ランシア談)の一員で、すでにレオトとも顔を合わせたことがある仲でもあった。
とはいえ、女たちの集まりに皇帝が出席するのは初めてのこと。レオトは内心いささか緊張していたが、両脇に座ったランシアとユステアが気遣ってくれた。
場の空気は驚くほど和やかで、温かかった。ランシアの言葉どおり、彼女たちは競い合う存在ではなく、不幸を分かち合い慰め合う同志であり、その絆が雰囲気を包んでいたのである。
ユステアがレオトに起きた出来事と魔王配下の陰謀、そしてレオトがこれから成し遂げようとしていることを語ると、女たちは驚きつつも深く頷いた。もともと最近のレオトの変化について頻繁に語り合っていた彼女たちにとって、それは腑に落ちる説明だった。
〈太陽王計画〉の構想は皆の興味を強く惹きつけた。音楽と歌、舞と物語を融合させた舞台を、離宮の人々だけで作り上げる。その発想に刺激され、次々と意見が飛び交った。
その場で役割分担も自然と決まっていく。物語と脚本はソルテとユステア、台本の監修と演技指導は女優ケイトリン、作曲はセレス――そうした形だ。配役や衣装、舞台美術については脚本完成後に決めることとなった。
ユステアが皆に向けて言った。
「本日は初めての話し合いですので、人数も限られていますが、今後本格的に進める際には、離宮の全員が参加できる形にすべきです。役割を分かち合い、皆が共に取り組んでいると感じられるようにしなければなりません。誰かが蚊帳の外に置かれては、この企画の成功は望めませんから」
そう言ってレオトを見やる。
「その点においては、陛下のお力が非常に大切です。私たちも心して努めますが、陛下におかれましても、できるだけ隔てなく皆をお包みくださいますように」
「心得ている」
レオトは、離宮の女たちをゲームの〈モブ〉扱いすることはすまいと、すでに心に決めていた。
その後も様々なアイデアが飛び出した。主役であるレオトは、舞姫タリアから舞を学ぶことが決まり、練習場所はランシアの部屋に付属した鍛錬室に定められた。日頃運動に使っている場所であり、四方の壁に大鏡が張られていることから、舞の稽古に最適と判断されたのだ。
女たちの活発な議論を横で聞きながら、静かに茶を口にしているレオトに、ケイトリンが問いかけた。
「劇中で、陛下はどのような姿をお見せになりたいのですか?」
農家の娘に扮していた初対面の時と違って、普段のケイトリンは牡丹のごとく華やかな美人だった。
「私か? できれば真剣なのに可笑しい、そんな風にしたいな」
その答えにケイトリンは大きく頷いた。
「まさに喜劇の王道ですわ。本気で深刻なのに、周囲からは滑稽に見えてしまう。それが一番面白いのです」
「その意味では、上半身裸はぜひ入れたいところだな」
その一言に、女たちの目が好奇の光を帯びる。
「理由を伺ってもよろしいですか?」
ソルテが問いかけると、レオトはわざとらしく重々しく答えた。
「会議で上衣を脱いで筋肉を誇示し、賛辞を求めるたび、臣下たちの顔が見るに堪えぬほど曇るのだ」
その言葉に、女たちは一斉に笑い転げた。
ランシアが笑いながら声を上げる。
「それは彼らが男の肉体美を解さないからよ。陛下のお体がどれほど見事で完璧か、知らないのだわ」
ユステアまで微かな笑みで同意を示すと、ソルテは少し拗ねたような表情を見せ、そっとレオトの耳に囁いた。
「私には一度も見せてくださらないなんて……ひどいですわ。今夜こそ、ぜひ私の部屋でご披露くださいませ」
どう返してよいか迷っていると、今度は舞姫タリアが身を寄せ、反対の耳元で囁く。
「ぜひ私の部屋に先にお越しください。これから舞をお教えするのですもの、陛下のお身体を最優先で知るのは当然でしょう?」
ソルテも負けじと声を重ねた。
「私もまた、陛下を主役とする物語を紡ぐためには、じっくりお話を伺わねばなりませんわ」
冗談とも本気ともつかぬ二人のやりとりに、レオトは困惑した。
そんな彼を見て、ランシアが笑みを浮かべながら提案する。
「陛下がお困りじゃない。争うのではなく、二人で一緒にお招きすればいいのではなくて?」
「……!?」
驚いてランシアを見るレオトをよそに、ソルテとタリアはすでに意味ありげな微笑を交わしていた。




