26 ユステアの秘密
翌日の夕暮れ、レオトはユステアの部屋を訪ねた。
きっかけはランシアの助言だった。行事の件で思い悩んでいると打ち明けたところ、ユステアに相談してはどうかと、彼女が勧めてきたのである。学識に富み、思慮深いユステアなら信頼できる。きっと力になってくれるはずだ――ランシアは強い口調でそう断言した。
以前から書物を読むうち疑問や行き詰まりにぶつかるたび、レオトはユステアを訪ねて教えを受けていた。その意味でも悪くない考えだと思われた。
ユステアは、すでにランシアからの伝言を受けていたらしく、レオトを待っていた。
魔王に関わる話を口にすると、ユステアは驚きつつも「だからこそ陛下は変わられたのですね」と、今の変化に合点がいったような反応を見せた。
「そうでもなければ、陛下がこれほどまでに変わられた理由を説明できませぬ」
そう言ってユステアは、これまで見せたことのない穏やかな微笑を浮かべ、続けて真剣な面持ちで語った。
「わたしは演劇や舞踊のことに明るいわけではありません。けれど、この行事は陛下の即位10周年を記念するもの。その意味を反映させつつ、陛下がおっしゃる通り、敵を欺くための遊興の要素も必要かと存じます」
そう前置きして、ユステアは、レオトがどのような趣向や形式、内容を盛り込みたいのか、次々と問いを投げかけた。
それに答えてゆくうち、頭の中で散らばっていたイメージや思考が少しずつ形を取り始める。
レオトがひとつだけ確かに心に決めたのは、自らも舞台に立つ、ということだった。皇帝の体面など顧みず、舞台で舞い、戯れに没頭する姿を見せる。それによって「堕落した皇帝」という評判をあえて強調し、魔族の疑念を薄めようとしたのだ。
その考えを聞いたユステアが言った。
「魔王が地上に姿を現すとき、天空には黒き太陽と血のように赤い月が昇ると申します。陛下はその魔王の復活を阻み、世界を救おうとなさっている。であれば――闇を払う光を象徴する役をお務めになってはいかがでしょう」
「闇を払う光……。私はむしろ、自分が月を血に染める黒い太陽ではないかと考えていたのだが……」
「以前の陛下であれば、そうだったかもしれませぬ。けれど、いまの陛下は真の太陽となられるお方です」
「太陽だなんて……身に余る言葉だ」
レオトは苦笑して首を振った。だが次の瞬間、はっと顔を上げる。
「それだ! 太陽王! 太陽王の舞!」
勢いよく叫ぶと同時に、彼は椅子から跳ね起きた。
脳裏に浮かんだのは、かつて観た映画『王の舞』――フランス絶対王政の象徴、太陽王ルイ14世が自ら太陽神アポロンに扮し舞を踊ったという舞台を描いた作品だった。あの映画のごとく、自分も太陽の装いをまとい、舞を演じる。それこそ、自己陶酔に溺れたナルシシズムの皇帝を演じるにうってつけではないか。レオトの胸は高鳴っていた。
「よい案が閃かれたようですね」
「そなたのおかげだ。大きな方向は定まった気がする」
「そのように仰っていただけるのは嬉しゅうございます。お気持ちも晴れたご様子ですし、今宵は書物ではなく、お酒でも召されてはいかがでしょう?」
「それも良いな。音楽も舞も要らぬ、静かに一献傾けるのがよさそうだ」
レオトはユステアと向かい合い、しんとした空気の中で酒を酌み交わした。
「わたしもいただいてもよろしいでしょうか」
「酒を嗜むのか?」
「たしなむほどではありませんが、少しは口にいたします」
「そうか。それなら当然、注がねばなるまい」
レオトは彼女の盃に酒を注ぎ、自らの盃を掲げて言った。
「太陽王計画の成功を祈って、乾杯しよう」
「太陽王計画、でございますか?」
「うむ、その催しをそう名付けることにした。自己陶酔に浸るダメ皇帝にはぴったりだろう?」
レオトが笑うと、ユステアも微笑みを浮かべた。
「よろしいのですか。そのような汚名までお背負いになって」
「敵を欺けるのなら、汚名など些末なものだ。誰かを傷つけるわけでもないしな」
ユステアは静かに微笑み、盃を掲げた。
「太陽王。陛下にこそ相応しい名と思います。成功のため、力を尽くしましょう」
二人は盃を合わせ、それからは互いに酌み交わしながら酒を重ねていった。やがてユステアの白い頬はほんのりと紅に染まり、これまで変化のない表情と一定の距離感を保ってきた彼女が、柔らかく親しげな雰囲気を見せ始めた。
やがてユステアが胸元に手をやり、かすかに息をつきながら言った。
「お酒のせいでしょうか、少し息苦しいのです。楽な衣に着替えたいのですが……手を貸していただけますか?」
「そうか、それなら侍女を……」
レオトが鈴を取ろうとしたとき、ユステアがそれを制した。
「陛下にお願いしたいのです。今は、誰にも邪魔されたくありません」
「そうか……では、何をすればいい?」
「後ろに結んである紐を解いていただければ」
ユステアは背を向けた。レオトは近づき、彼女の衣の結び目を解いた。その下に見えたのは、胸をきつく巻いた幾重もの布。
「怪我でもしているのか?」
「いいえ。これも外していただけますか」
レオトが固く結ばれた紐を解くと、ユステアは自ら布を外していった。幾重にも巻かれていたため、かなりの圧迫があったに違いない。
「さて……ガウンは……」
「ベッドの上に置いてあります」
視線を向けると、きちんと畳まれたガウンが見える。
「では取ってこよう」
レオトがガウンを手に取り、振り返ったその瞬間――ユステアが静かに立ち上がり、彼に歩み寄っていた。布を解き、胸を露わにしたその姿に、レオトは思わず足を止めた。
なぜ彼女が幾重にも布を巻いていたのか、その理由が一目でわかった。普段の体つきからは想像もできない、豊かで美しい胸がそこにあったのである。
レオトの視線を感じたユステアは、恥じらうように瞳を伏せながら近づき、白く長い腕を伸ばして彼をそっと抱き締めた。
「わたしも陛下の妻のひとりです。……あなたの愛を求めては、いけませんか?」
その声は羞恥と切なる想いに震えていた。
こんな女を拒める男など、この世に存在しようはずがない。レオトは手にしていたガウンを床に落とし、彼女を抱き返した。




