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25. ランシア

(……結局は、こうしてしまったのだな)

 激しい交わりの後、レオトは胸にもたれかかるランシアを見下ろしながら、複雑な思いに沈んでいた。


 いつかは避けられないことだった。石のように心を固め続けて生きられるわけもない。身体を縛っていた(かせ)が断たれ、甘美な解放感に酔う一方で、果たしてこれでよいのか、という不安が脳裏をかすめる。


「何をそんなに思い詰めていらっしゃるのです?」

 潤んだ瞳で覗き込みながら、ランシアが(ささや)く。その声音はいつになく柔らかで、肌に触れる吐息すらも甘く絡みついてくるようだった。


「……ああ、少し考えごとを」

「もう、教えてくださってもよいでしょう? 陛下に……何があったのか」


 ドキリと胸を衝かれ、視線を向けると、ランシアは真っ直ぐに彼の瞳を射抜き、微笑を浮かべた。

「あなたは、以前の陛下とは違います。……私の言葉、間違いでしょうか?」


 胸の奥が凍りつくように沈んだ。

 だが、ランシアの瞳には疑念ではなく、ただ真実を知ろうとする熱が宿っていた。メイリンのときと同じく、ランシアもまた〈なぜ変わったのか〉を知りたいだけなのだ。むしろ気にかけぬ方が不自然であろう。


 レオトはシェイプス父子やメイリンに語ったのと同じ話を、彼女にも打ち明けた。

 語り終えたとき、ランシアの顔に浮かんだのは不安ではなく、安堵の笑みだった。


「つまり……今の陛下こそが本来のお姿。これからもそのままでいてくださるのですね? もう二度と、あの過去の陛下には戻らないと……」

「たとえこの命を落とすことがあっても、あの愚劣(ぐれつ)な男には戻らない」


 それは、偽りのない誓いであった。あのクズ皇帝のようにはならぬと誓い、その決意を支えにここまで歩んできたのだ。


「正直に言えば……以前、自分が何をしてきたのか、ほとんど記憶にない。思い出したくもない。

 だがその責任から逃れることはできない。過去を覆すことはできないが、せめて(つぐな)う努力をするつもりだ。

 魔王の復活を阻み、平和を取り戻したなら……離宮の女たちを解き放とうと思っている」


「……私たちを、お放ちになると?」

「無策で追い出すということではない。多くは望まぬまま連れて来られたのだろう。

 ならば、まず本人の意思を確かめ、愛する相手がいれば結ばせ、そうでなければふさわしい伴侶を見つけてやる。そのうえで地位と財を授け、自由を与えたいと考えている」


 ランシアはその言葉に目を潤ませ、頬を寄せた。汗に濡れた肌と肌がふたたび触れ合い、残響のように熱が二人の間に蘇る。彼の言葉は誓いであり、同時に触れ合う温もりこそがその真実を物語っていた。


「だから、この離宮の誰ひとりにも手を触れられなかったのですね」

「……それを、どうして知っている?」


 ランシアは唇に微笑を浮かべた。

「女同士の噂というものは早いものです。とりわけ陛下の(ちょう)(たまわ)る者たちは、よく一堂に会して茶を飲み交わしておりますから」


「そんな集まりがあったとは知らなかった。離宮の女たちは皆、互いに競い合うものだと思っていたが……」

「一般的にはそうでしょうね。けれど、私たちの立場は少々特別ですから」


 ランシアは自嘲気味に微笑んだ。

「私たちはその集まりを〈不幸自慢〉と呼んでおりましたの」


 荒れ狂っていた皇帝の奇行を間接的に体験してきた身としては、レオトにもすぐに理解できた。


 深いため息を漏らす彼を見つめ、ランシアが問いかける。

「では……私のことも、そうお考えなのですか?」


 かつての彼なら、即座に答えられただろう。だが、今はなぜか言葉がすぐに出てこなかった。短い沈黙ののち、レオトは静かにうなずいた。

「……そなたが望むままにしよう」


 ランシアはにこりと微笑む。

「すぐにそう仰っていたら、きっと寂しく思ったでしょう。私は……あなたの傍に残りますから」


 まさかそんな言葉を聞くとは思っていなかった。驚きを隠せぬ顔をするレオトに、ランシアは続ける。

「以前の陛下なら、逃げ出すことしか考えなかったでしょう。でも今の陛下は……私の理想そのものです。それに……」


 ランシアは言葉を切り、頬をほんのりと染めながら、そっと耳もとへ唇を寄せた。

「先ほどのひととき……あまりに甘美でした。生まれて初めて、あのような至福を知ったのです……」


 艶やかな囁きが耳朶(じだ)をくすめた刹那、胸の奥で(くすぶ)っていた炎が再び燃え上がる。それを見抜いたかのように、ランシアは(あや)しく光る眼差しを投げ、熱を帯びた微笑を浮かべると、柔らかな身体をぴたりと寄せて唇を重ねた。


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