23. 思案
それなりに穏やかな日々が続いていた。
大臣たちが集う会議の席で、レオトはいつものように退屈そうにあくびを漏らし、わざとらしく気を逸らしていた。
会議が終わろうとした頃、宰相ザモフが声をかけてきた。
「近頃、陛下は宴をはじめ、外の行事を大幅に減らされ、もっぱら離宮で過ごしておられるとか。何か心境の変化でもございましたか?」
レオトはぎくりとしたが、平然を装って答えた。
「別に意味はない。遊び方を変えてみたくなっただけだ。皇太子の頃から同じことばかりでは飽きてしまうしな。女たちの泣き声を聞くのも、もううんざりだ」
「なるほど」
ザモフはうなずいたが、その顔からは何の感情も読み取れない。
そして、ふと気づいた。彼が瞬きをまったくしていないことに。青い瞳だと思っていたその目は、実際には深い漆黒であり、光を飲み込むように見えた。それはレオトにしかそう見えないのかもしれないが、確かにそれこそがザモフの本質だった。やはり、人間ではない。
「陛下に新しい楽しみが見つかったのなら、慶ばしいことです。それにしても……このたび離宮に、従来より多くの予算を割かれたと聞き及びました。新たな妃嬪を迎え入れるわけでも、建物を増築するわけでもないようですが……何か進めておられることが?」
国庫の収支など気にも留めぬはずの奴――いや、魔族がそんなことを尋ねるあたり、やはり自分の行動は不審に映っているらしい。レオトはシェイプスが用意していた口実を思い出し、口にした。
「再来年は、余が即位して10年の節目ではないか? その記念の行事を企画しておるのだ」
「再来年のことを、もう今からご計画なさっているのですか?」
ザモフが小首をかしげた。
「即位10周年の記念だ、盛大にせねばならぬ。せっかく離宮に世の花々を集めたのだ、天下に誇るついでに、この離宮の麗しき女たちを総動員して、大規模な催しを考えておる」
先帝の急逝によって、レオトが16歳の若さで皇帝となってから再来年で10年。その節目に目をつけてひねり出した口実であった。
「そういうことでしたか。だからこそ、陛下はこの離宮にお篭りになっておられたのですね」
「その通り。余の趣向を余すところなく盛り込んで作るつもりでな」
「陛下自らが催される行事とあれば、いやが上にも期待が高まりますな」
ザモフは満面に笑みを浮かべた。
ひとまず疑いをかわすことはできた。だが、今度は本当にそれらしい催しを考えねばならなくなった。レオトは頭を抱える。
単に美しい女たちに踊らせ、容姿を披露させるだけでは足りない。潤沢な資金と時間を費やすに足るものであり、同時に「皇帝の奇行」として世に映るような催しでなければならない。
(……何をすればいい?)
まずは過去の前例を調べ、手がかりを探すべきだろう。そう考えたレオトは、カティルに命じて歴代の事例を探し出させることにした。
*** ***
古い記録をいくつもひも解いてみたが、これだと思える案は出てこなかった。華やかで壮大な催しの記録は数多くあれど、離宮の女たちだけで、それも見た目よりは予算を節約しつつ行えるものとは縁遠い。
まず、ある程度の規模が必要だし、時間もあまりに短くてはならない。舞と歌は当然入れるべきだ。整理してみると、どうやらオペラかミュージカルのような形になるらしい。
(こんなことなら、宝塚公演でも観ておくんだった……)
そんな無意味な後悔すら頭をよぎる。
カティルに命じて適当なものを作らせることもできるだろうが、丸投げにしては〈離宮に籠って使っている金と時間〉の言い訳にはならない。
数日考えても、妙案は浮かばなかった。形式はおおよそ定まったものの、問題は中身である。あまりに真っ当な内容では駄目だ。以前のような乱行とは違っても、やはり「皇帝の奇行」として映る必要がある。
(肝心なのは内容だ……無駄に華やかで、しかもどうしようもなく馬鹿げたものにしなければ)
鍛錬場で体を動かしている間も、その考えは頭を離れなかった。
レオトは速いステップを刻みながら、鋭い音を響かせてシャドーボクシングに没頭していた。空を裂く拳は、まともに受ければ骨の一本や二本は折れ、内臓までも砕かれかねないほどの迫力だった。
ランシアは黙ってその姿を見守っていた。今日のレオトはひと言も口を発さず、険しい表情のまま鍛錬に打ち込んでいる。やがて拳を収めると、今度は鉄棒にぶら下がり、うなりを上げる背筋で懸垂を繰り返す。隆起した背筋は、まるで怒れる獣のように見えた。
(……何をそんなに思い詰めているのだろう? 何か悩んでいるのか?)
ふとそんな疑問が浮かんだ自分に、ランシアは驚いた。あの男に興味を抱くなど、あってはならないことだ。誰かが出てきて討ち取るか、あるいは病にでも倒れてくれることを、心から願い続けてきた相手なのだ。
混乱する思いを必死に抑え、ランシアは視線を逸らした。




