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21. 皇帝の肉体自慢

 鍛錬を始めてから、すでに一か月ほど経っていた。


 レオトは自室に置かせた大きな鏡の前に上半身裸で立ち、誇らしげな目つきで自分の体を眺めていた。以前とはまるで違い、完璧に刻まれた見事な腹筋が腹部に浮かび上がっている。


 肩や腕の筋肉も美しく形を整えていた。ボディビルダーのように過剰で見る者を圧倒する筋肉ではなく、マーベル映画のヒーローのように引き締まりながらも洗練された体つきだった。


 これほど速く、しかもこれほどまでに完璧な肉体に仕上がるとは思ってもみなかった。かつて専門トレーナーに食事制限やプロテインを課されて鍛えていた頃よりも、はるかに理想的だ。当時トレーナーが「稀に本当に天賦の才を持つ体質の人間がいる」と話していたが、この体はまさにそうなのかもしれない。


 満足げにあちこちポーズを取りながら体を確かめるレオトを、カティルは半ば呆れ、半ば興味深そうに眺めていた。その視線に気づいたレオトは問う。

「以前から私がこうして体を映すと、不思議そうに見るな。そんなに珍しいのか?」


 カティルは気まずそうに笑みを浮かべた。

「まことに見事な体だと存じます。ただ……男がこうして裸身を鏡に映して悦に入るのは、あまり一般的な振る舞いではございませんので」


 そういえば、ランシアも鍛錬場で、自分が鏡越しに体を確かめているとき妙な表情をしていたことがある。レオトはふと妙案を思いつき、口端をつり上げた。


「ちょうどいい。最近あまりにも〈まとも〉に見えて困っていたところだ。これを新たな皇帝の奇行に加えてみるとしようか」



 その日、会議の場。

 レオトは本当に大鏡を持ち込ませ、列席する大臣たちの前で上着を脱ぎ捨てると、堂々と自らの姿を映してみせた。


「近頃は鍛錬に夢中でな。見よ、この通りだ。どうだ、見事に仕上がったと思わんか? 諸卿の目には、余の体はどのように映る?」


 あまりに突飛な振る舞いに呆然とした大臣たちは、互いに顔を見合わせてはおずおずと口を開いた。

「は、はい……実にご立派でございます」

「ええ……まことに素晴らしい筋肉で」

「……美しいお体にございます」


 レオトはにやりと笑みを浮かべ、大臣たちを順に見回し、やがて一人を指さした。

「内務大臣。そなたの言葉で、この美しい体を飾り立ててみよ。最上ので麗辞(れいじ)でな」


 突然の無茶ぶりに、内務大臣は目をぱちぱちさせ、狼狽しながら口を開いた。

「え、ええと……陛下の、その、美しき御体は……つまり……その、女性の裸身よりも、いっそう艶めかしゅうございます……?」


「ほう? そなたの嗜好がそちらだとは知らなんだな」

 レオトがからかうように言うと、内務大臣の顔は熟れた果実のように真っ赤になった。


「い、いえ! 私はただ……」

「まあよい。言葉の乏しさは否めぬな。では、法務大臣、そなたはどうだ? もう少し気の利いた表現はできぬか?」


 法務大臣は唇を引きつらせながらも、なんとか絞り出すように口を開いた。

「……陛下の筋肉は、まことに均整が取れ、規律正しく……よく練られた法典にも似ております」


「ふむ……褒め言葉には聞こえるが、どうにも解せぬ比喩だな」

 そう呟きつつ、レオトは再び鏡に映る己の姿を眺め、薄ら笑みを浮かべた。


「これを女たちだけに見せるのは惜しい。今後も折に触れて、そなたらにもこの肉体美を拝ませてやろう。この素晴らしき肉体にふさわしい賛辞を考えておけ。余の気に入る言葉を贈った者には、褒美を取らせるとしよう」


 そう言い放つと、レオトは侍従の手を借りて衣をまとい直し、何事もなかったかのように席へ戻った。大臣たちは顔に困惑を浮かべつつも、皇帝に倣って腰を下ろした。


 レオトは心中で満足げに頷く。これでよい。たまにこうしてナルシストを気取って見せれば、鍛え上げた身体の理由づけにも格好がつく。



 その日も鍛錬場で、レオトは稽古を始める前に上半身をさらし、四方に据えられた鏡に映る自分の体をあれこれと角度を変えて映していた。背後に立つランシアの表情が妙に興味深い。彼女はじっとレオトを見つめていた。やはり彼女の目にも、この振る舞いは珍しく映るのだろう。


「余の姿が……奇妙に見えるのか?」

「そういうことではございません。とてもよく鍛えられた立派なお体だと思います。ただ……」


「〈こうして鏡に映して眺め回すこと〉が気になるのだろう?」

 レオトがにやりと笑って振り返ると、ランシアは否定できずに、そっと首を垂れた。


「はは、構わんさ。皆もそういう顔をするからな」

 とにかく、自分で見ても惚れ惚れするほどの肉体だ。これからはあちこちで存分に体を誇示し、ナルシスト皇帝を演じてやろう――そう考えると、レオトは愉快に笑みをこぼした。


 気分が乗った彼は、かねてからの憧れだった〈二本指腕立て伏せ〉に挑んでみた。すると、あっさり成功してしまった。


(おや……? こんなことまで出来るのか。なら、これも……)

 勢いづいて〈一本指〉に挑戦してみると、それすら軽々とこなしてしまった。


(……ううむ、これは……どう考えても常軌を逸しているな……)

 改めて、この身体の異様なまでの能力に感嘆せざるを得ない。


 その頃、シェイプスを通じてペトラオンからもたらされた別の報告によれば、勇者クラインは並外れた素質を持つ少年だった。クラインは闘気と魔力の両方に高い潜在性を備え、さらに優れた身体能力まで併せ持っているという。


 つまり、クラインがゲームの設定通り『勇者』であることは疑いようがない。であるならば、レオトの持つこの能力は勇者とは別に、彼自身のものということになる。


(あとは勇者が順調に成長してくれればいい。……俺は鍛錬を重ね、勇者が現れる時まで生き延びる時間を稼ぐのだ)

 そう固く心に誓い、レオトはひたすら修練に打ち込んだ。


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