2. 模索
なぜ勇者じゃなく、このクズ皇帝なんだ?
もし勇者だったなら、さっさとクエストを片付け、魔王に憑依された皇帝を倒して世界を救い、平和に導くこともできただろうに……。
なのに、現の自分は、魔王に取り憑かれ勇者に討伐される運命の破滅皇帝だなんて。これからどうすればいいのか、まったく見当もつかない。
混乱したまま、ぼんやりと午前中を過ごした。
午後になると、侍従長のカティルがやってきて「会議にご出席を」と告げた。
仕方なく出席した会議で、ユタカは見知らぬ顔ぶれの中から2人の存在を認め、息を呑んだ。
ザモフとバルセズ。
ゲームの最終局面で魔王と対峙する直前に立ちはだかる、強大な中ボス的存在。彼らは宰相と軍務大臣という要職にあり、帝国の政務をほしいままにしていた。そして、皇帝の肉体に魔王を復活させる張本人でもある。
その正体を知った瞬間、ユタカの背筋に戦慄が走った。
彼らにとって、皇帝など単なる道具にすぎない。下手をすれば、勇者に討たれる前に、彼らの手でどうにかなってしまうかもしれないのだ。
(どうする……? 今すぐ逃げ出したい……でも、そんなことしたら奴らに怪しまれる……!)
焦燥に駆られながらも身動きできず、時間だけが過ぎていく。
臣下の報告や議論など耳に入るはずもなく、上の空でいるユタカであった。だが、周囲はもう〈皇帝が話を聞かないこと〉に慣れきっているらしく、気にせず勝手に議論を進めていた。
気がつけば会議は終わり、力なく部屋へ戻ろうとしたその時――。
「陛下、タランダルがただいま参りましたぞ」
一人の男が現れ、ぴたりと張り付いてきた。
ユタカは「誰だこいつ……?」と戸惑って足を止める。
タランダルは、顔いっぱいに卑屈な笑みを浮かべた。
「遅くなりまして申し訳ございません。家に急な用事がありまして……」
ユタカが答えずに見つめていると、焦ったのか、さらに媚びを売るように笑みを深める。
「ご機嫌が優れぬようですが……。こんな時こそ離宮に赴き、ひとときのご歓談などいかがでしょう?」
「いや……今はそういう気分ではない。一人でいたい。……また今度にしよう」
(こいつとつるむのは、絶対にヤバい気がする……。本物の皇帝をよく知ってるってだけでも厄介なのに、なんか……胡散臭い!)
部屋へ向かうユタカに、タランダルは深々と腰を折った。
「では、今宵の宴にてお目にかかりますゆえ」
部屋へ戻ったユタカは、侍従長カティルさえも下がらせ、一人きりになると、ようやく状況の整理を始めた。机に腰を下ろし、ゲームで得た情報をひとつひとつ洗い出していく。
まずは、いつも影のように付き従う侍従長カティル。そして、先ほど顔を合わせた男タランダル。
ゲーム中の知識はもちろん、設定資料集で読んだ内容、さらにはYouTubeに上がっていた各種情報まで総動員して、皇帝に関する情報を絞り出した。
そこでまず痛感したのは、皇帝に関する情報が思った以上に少ないということだった。
(……まあ、最終盤に登場するラスボスとはいえ、実質〈背景〉に近い存在だったからな)
それでもわずかな情報をつなぎ合わせると、カティルは宮内大臣シェイフスの息子であることが分かった。宮内大臣シェイフスは先帝の時代から忠実に皇帝に仕えてきた人物で、クズ皇帝に諫言したため、その手で殺される。カティルもまた父を守ろうとして先に殺される――そう設定されていた。
カティルがまだ生きているということは、少なくともその悲劇はまだ起きていないという証だ。
そして、最大の問題はタランダル。彼は皇太子時代からつるんで悪行をそそのかしていた張本人である。魔王の配下かどうかは定かではないが、クズ皇帝の側近にして、悪党中の悪党だ。
不幸中の幸いというべきか――クズ皇帝は元来、とんでもなく気性が荒く、気まぐれが激しいとされている。多少行動が変わっても、不審に思われずに済む可能性はある。
でも、タランダルは皇帝の〈変化〉に気づく可能性が高い。何らかの対策は必要だろう。
(最も肝心なのは――これからどうするか、だ)
このまま流されるままに生き、3年後に魔王に憑依されて勇者に斬り捨てられるのか。それともゲームとは違う展開へと変えていくのか。
考えるまでもない。後者しかあり得ない。だが一歩間違えれば、魔王の配下に押さえ込まれ、〈魔王復活の生け贄〉にされてしまう危険すらある。
設定によれば、忠臣たちはすでに皇帝の手によって粛清されており、軍や近衛隊でさえ皇帝の味方ではない。そのうえ宰相ザモフと軍務大臣バルセズは恐るべき強者。冒険を経て成長した勇者レベルの存在でなければ、とても太刀打ちできない。
まさに――進退きわまる。ユタカは大きくため息をついた。
俳優としてようやくキャリアが開花しかけていた矢先に死んだだけでも悔しいのに……よりによって、なんでこんなふざけた運命なんだ。
現状では、とにかく〈皇帝を演じつつ〉活路を探るしかない。
そう考えたユタカは、まず皇帝の行状について詳しく知る必要があると判断した。そこで侍従長カティルを呼び出し、ここ2年間にわたって彼が記録してきた日誌を持ってこさせた。
幸いなことに、この世界の文字を読むのには支障がなかった。ユタカは日誌をめくりながら、皇帝の言動に関する手がかりを探る。同時に、タランダルを排除する適当な理由が見つかるかもしれない、と密かに期待していた。ユタカは最近の日付から、逆順に丹念に読み込んでいった。