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18. 2度目の夜

 皇后のもとへ赴く2度目の夜がやってきた。6日に一度は義務として通うことになっているが、実際には皇帝が望めばいつでも訪れることができる。だが、彼女が恐れ、嫌悪していることを知りながら会いに行くのは、苦しめるだけだとわかっているので、これまでは控えていた。


 初夜には媚薬入りの飲み物のせいで、散々な目に遭ったばかりだ。今夜は、できるかぎり大人しく振る舞うつもりだった。


「何事も起きはせぬ。だから、どうか先にお休みなされ」

 無駄だと知りつつもそう声をかけ、レオトはテーブルに腰を下ろして本を広げた。微かな香りが鼻先をくすぐる。これは彼女自身の匂いなのか、それとも特別な香料のせいなのか。レオトは頭を振り、本に集中しようと努めた。


 先夜と同じように、イステルは身じろぎもせず座っている。眠るか、他のことでもしてくれればいいものを。じっと黙ったままなのが、かえって気に障る。自分もまた同じページを開いたまま、ぼんやりと座り込んでいることに気づいたレオトは、ついに本を閉じて立ち上がった。


 イステルが緊張した様子で立ち上がる。レオトはベッドの反対側へ行き、仕方なく内側を向いて横になった。目を閉じながら、彼女が隣に身を横たえる気配を感じ、そっと片目を開けると、やはり今夜も向かい合うように眠っていた。


 ゲーム終盤、イステルが皇帝を刺したあの剣は、どこで手に入れたものなのか。ゲームではそこまで描かれていない。となれば、この部屋のどこかに隠されている可能性もある。


 だが、皇后の私室を探るわけにはいかない。もし凶器が見つかれば、その時点でイステルは命の危険にさらされるだろう。皇后といっても今の彼女には頼れる者などいない。家族は皆殺され、故郷は焼き払われた。


 皇帝暗殺の疑いがかかれば、レオトが庇おうとしたところで助けるのは難しい。シェイプスあたりが、すぐさま彼女を遠ざけようと動くだろう。だからこそ――自分が注意を払うしかないのだ。


(待てよ……ゲームでは背後から刺されたが、正面から刺されないとも限らないな?)

 そう考えがよぎった瞬間、レオトはガバッと起き上がった。


(やはり、本でも読んでいよう)

 こんなふうに呆気なく死ぬのは御免だ。それならば、むしろ堕落しきって享楽に浸り、最後は勇者に討たれるほうがまだましだ。


 テーブルへ戻ったレオトは再び本を開き、イステルの視線を意識しつつも無理に文字へ集中した。スマートフォンもパソコンもないこの世界では、時間を潰す術など他にない。


 彼が手に取ったのは一種の旅行記で、帝国各地の文化や風習が紹介されていた。昨日立ち寄ったマビナに関する記述があると聞き、持ってきたのだ。


 帝国西部のあるプララート地方には、リュミアタという大きな湖があり、人々の生活の基盤となっている。人々はその湖を神聖な存在と崇め、年に一度「水の祭り」を開き、湖の女神に捧げていた。


 祭りの見どころは、美しい娘たちが湖に浮かべた船の上で舞う踊りだった。中でも中心となる舞姫は水の力を操り、聖なる力で水を噴き上げ、その上に咲かせた花の中で舞うのだという。挿絵には、水柱の上に咲いた大輪の花の中で舞う女性の姿が描かれていた。


(なるほど……マビナがやろうとしていたのは、これか)

 神に捧げる神聖な儀式の舞を、無理やり自分のものとする。なんともクズ皇帝らしい所業だ。当然、舞を躍らせるだけで済んだはずもない。あの日、目を覚ましたときの出来事を思い出すだけで、恥ずかしさに顔を上げることすらできないくらいだ。


 本を読みながら、やがて眠気が襲い、テーブルに突っ伏してうたた寝をした。イステルが彼の動きに敏感に反応するように、レオトもまた彼女の気配に目を覚まし、眠り直すのを繰り返した。結局、明け方には疲れ果てた状態で、その部屋を後にすることになった。


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