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17. マビナ

 レオトは、ユステアのもとに立ち寄り、前日に頼んでおいた蔵書目録を受け取ったあと、ランシアの部屋を訪れて鍛錬を行った。ランシアもすでに慣れたのか、彼の訪問を淡々と受け入れている。


 鍛錬を終えて部屋を出たレオトは、カティルに尋ねた。

「今夜は、どの者のもとへ行くことになる?」


 今夜は事前に少しでも情報を仕入れておいた方がよいと考えたのだ。カティルは意味ありげに微笑んだ。


「マビナ様にございます。陛下は、かの方を〈柳の枝〉と呼んでおられました」

「柳の枝? 体が細いとのことか?」

「お会いになれば、すぐにお分かりになりましょう」


 やはりカティルは、この状況をどこか楽しんでいる節がある。少し癪に障りながらも、同時に彼が自分に親しげに接しているように感じられ、悪い気はしない。


(まさかとは思うが……あの変態野郎、柳の枝で日々打って遊んでいた、なんてことはないだろうな?)

 そう思いつつ対面したマビナは、なるほど〈柳の枝〉のように華奢で、弱々しく見えた。だがそれは、みすぼらしく痩せ細っているのではなく、柔らかくしなやかで、ひらひらと風に揺れるような印象であった。


 これまでの他の妃嬪(ひひん)とは異なり、極めて薄い布を幾重にも重ねた、透けるように軽やかな衣をまとっているのも印象的だった。


「いくつだ?」

 もしかすると未成年かもしれないと思い、年齢を確かめた。


「21歳でございます」

 答える顔立ちにどこか見覚えを感じ、記憶をたどったレオトは、目覚めたあの日、自分のそばにいた女のひとりであることを思い出した。あの日、頬を打たせようとした、まさにその娘であった。


 未成年でないことにひとまず安堵しつつも、かつてのクズ皇帝の広すぎる嗜好に改めて驚かされる。

(本当に……ありとあらゆる趣味を取り揃えていたものだな)


 レオトは、両手を前に揃えておとなしく立っている彼女の横をすり抜け、テーブルに腰を下ろして本を広げた。


 その様子を(うかが)っていたマビナが、ためらいがちに口を開く。

「……あの、今夜は浴室へは……行かれないのですか?」


「浴室?」

 レオトは首を傾げた。鍛錬を終えた後、すでに体は清めてきたのだ。

「もう入ってきたばかりだ。これ以上は必要あるまい。今夜は特にすることもない。好きに休むがいい」


 マビナは少し戸惑った表情を浮かべたが、それ以上は問わず、静かに頭を垂れるとベッドの端に腰を下ろした。


「そんなところに座っていなくてもいい。本を読んだら休むつもりだ。先に横になって構わん」


 そう言われても、マビナはすぐには横にならず、しばしレオトの様子を窺っていた。やがておずおずと衣を着替え、ベッドへと身を移した。


(浴室? あの男が大人しく体を清めるだけで済ませていたはずがない)

 あの華奢(きゃしゃ)な娘を相手に、いったいどんな倒錯した行為をしていたのか。気にならないと言えば嘘になる。今のレオトには想像もつかず、かといって口に出して尋ねることもできない。くだらぬ好奇心は胸の奥にしまっておくしかなかった。


 しかし、人は好奇心の生き物、と言ったのは誰だったか。ついに抑えきれなくなったレオトは、そっと立ち上がり、寝室の奥にある浴室へと足を運んだ。


 そこは他の妃嬪の部屋に備えられた浴室とはまるで違っていた。白い大理石で作られた大きく豪奢(ごうしゃ)な円形の浴槽があり、その中には澄んだ水が半分ほど張られている。そして、その水面に、何やら巨大なものが浮かんでいた。


 近づいて確かめると、それは白布でできた巨大な花弁のようなものだった。中央の小さな円を核に、いくつもの花弁が幾重にも重なり合って広がっている。その直径は2メートル近くもあった。


 浴槽の縁に寄って、それを眺めていたレオトは、不意に背後からの気配を感じ、何気なく振り返った。そして思わず目を見張った。いつの間にか、再び衣を着直したマビナが立っていたのだ。彼女はおずおずと視線を伺いながら口を開く。


「……今から、始めましょうか?」

 マビナが一歩踏み出そうとした瞬間、レオトは即座に制した。


「必要ないと言ったはずだ。行って休め」

 そう言い放ち、彼女を追い越してテーブルへと戻る。


 正直なところ、マビナが浴槽で何をしようとしていたのか、好奇心は募るばかりだった。だが、これまでのクズ皇帝の所業を思えば、どうせ常軌を逸した(みだ)らなものに決まっている。


(まったく……カティルの奴、教えるなら、きちんと教えておけ)

 明日になったら、詳しく問いただしてやろう。そう心に決め、レオトは再び書物を開いた。


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