14. 女たちの運命
メイリンの部屋にぬいぐるみや玩具、子ども向けの本などを入れるよう指示を出し、午前の日程を終えたレオトは、シェイプスと共に離宮にいる妃たちについて話し合った。
「どう考えても数が多すぎる。日に一人ずつ相手をするとしても半年以上かかる数ではないか」
レオトがぼやくと、シェイプスは苦笑を漏らした。
「必ずしも順番に全員を召される必要はございません。実際、かなりの方々は妃として迎えられたものの、一度だけ召され、その後二度とお呼びにならなかったと承っております。頻繁にお召しになる方々は、ある程度決まっておりました」
「それなら、なぜわざわざ囲っておいたのだ?」
言ってからハッとした。この身体の前の持ち主がしでかしたことだが、他人の目にはそれが自分自身に映るのだ。
シェイプスは答えに窮したように曖昧な微笑みを浮かべるばかりだった。気まずくなったレオトは話題を転じた。
「いずれにせよ、そういうことなら、国の財政を考えても数を減らすのが良いのではないか? これから先、金の要ることも多いのだから……」
「帝国の財政が、その程度で揺らぐことはございません」
「外では民が飢えて死んでいるではないか」
レオトの言葉に、シェイプスはじっと彼を見つめ、それから喜びを隠せぬような笑みを浮かべた。
「そのようなお言葉を賜る(たまわる)とは……まことに感涙に堪えません。では、どのように減らされるおつもりで?」
「望まぬまま連れて来られた者が大半であろう。本人の意思を確かめ、慰謝料でも与えて家へ帰せばよいのではないか」
レオトなりに理に適った案を出したつもりだったが、シェイプスの反応は違った。彼は落ち着いた口調で諭すように語り始めた。
「陛下のご慈悲深いお心は痛いほど理解いたします。ですが、そのような処置は、かえって妃殿下方にあまりに酷な仕打ちとなりましょう。
離宮の方々は、経緯がどうあれ、すでに陛下の御身のものとなったのです。その状態でただ追い出されれば、それはすなわち陛下に捨てられることを意味いたします。家族はもちろん、誰からも歓迎されず、行き場を失う哀れな身となるかもしれません」
あの幼いメイリンが声をあげて泣き崩れたのも、そのためだったのか?
「では、死ぬ日までこの場所を出られぬというのか?」
「よき形でお出しする方法もございます。しかるべき男子を選び、その者に下賜なさればよいのです。相応の地位と持参金をお与えになれば、男の方でもそれを大きな幸運と心得て喜んで受け入れましょう」
「そんなことを喜ぶと?」
「地位と財を共に賜るのです。当然のことでございましょう。しかも、いかなる形であれ、陛下と縁を結ぶことになりますゆえ、男もその家も決して女性をおろそかにはいたしません。女性にとってもまた、よき道なのです」
レオトは思索に沈んだ。策もなく追い出すわけにはいかない。しかし、地位や財産といった然るべき報いを与えるには、自分にそれだけの力と権限が備わっていなければならない。
(自分が盤石となるまでは保留せざるを得まい……)
ふと、ゲームのエンディングが脳裏をよぎった。魔王へと変じた皇帝が勇者に討たれたあと、離宮の女たちはどうなったのだろうか。
「もし私が敵に討たれるようなことになったら、離宮の女たちはどうなる?」
「魔王が世界を支配するような状況において、誰ひとり無事では済みますまい」
「魔王ではなく、別の者が皇帝となった場合は?」
「滅びた王家の女たちは、たいてい死を免れません。仮に新たな皇帝が極めて寛大な措置をとったとしても、宮廷から追われることになりましょう。その時こそ、まさしく何の備えもなく放り出され、死ぬにも勝る苦難を味わうことになるやもしれませぬ」
その言葉に、否応なく表情は険しくなる。
「つまり、彼女らの安否は私自身に直結しているということか」
「左様にございます」
なんとも皮肉な運命であった。無理やり連れられ、弄ばれる存在とされたのに、その命運がまさにその皇帝に委ねられているとは。
一方では、自ら一人の命だけでなく、多くの命運が己に懸かっているという重圧を背負わされたのだ。
皇后を含め、これまでに5人の女と会った。だが、なお190人を超える人数が残っている。レオトは、かつてのクズ皇帝から特に寵愛を受けていた14名の妃嬪に限らず、全員と少なくとも一度は顔を合わせるつもりでいた。
それは責任感か、あるいは憐憫か──自分でも説明のつかぬ感情に突き動かされてのことだった。このすべてが終われば、彼女らの大半を自由にするつもりでいる。顔も名前も知らぬまま、使い古した物を処分するようにはしたくない。
無名俳優の時代、ほんの一場面のために果てしなく待ち続け、わずかなセリフのために眠れぬ夜を過ごした挙げ句、何の通達もなくカットされるのが常だった。撮影現場では、影のように扱われた。
だからこそ、あのゲームに惹かれたのかもしれない。夢中になっている間は、みすぼらしい現実や不安な未来などすべてを忘れられた。少なくともゲームの中では、自分が主人公であり、すべてを操ることができたのだから。
結局、そのゲームの世界に入ってなお、主人公にはなれなかった。だが、そんな自分に命を預けるしかない彼女たちを、名もなきモブのように扱う気にはどうしてもなれない。
(……一日一人ずつではあまりに時間がかかる。一度に数人まとめて面談でもするか?)
そんなことを思いながら、レオトはユステアの部屋を訪れた。軽く室内を見回すと、書棚には以前あったものとは入れ替わり、題名からして重厚そうな書物が並んでいた。緊張の色を隠せないユステアに手振りで合図し、レオトは席に着かせた。
「ひとつ尋ねたいことがあって来た」
ユステアの表情がはっきりと固くなる。
「歴史や地理について本を読もうと思うのだが、何か勧められるものはあるか? 最初からあまり難しいものではなく、初学者が読めるものから始めて、段階を追ってレベルを上げていけるよう、何冊か挙げてほしいのだが……」
ユステアはいぶかしげな面持ちを見せながらも、落ち着いた声で答えた。
「いくつか心当たりはございます。少しお時間をいただければ、目録を作って差し上げます」
「いつまでにできる?」
「明日のこの時刻までには整えておきます」
「そうか。では頼むぞ」
レオトが立ち上がり、そのまま部屋を出ていくと、ユステアは呆然とした顔で彼の後ろ姿を見送った。
次にレオトが向かったのは、一昨日タランダルに鞭打たれた妃エンナの部屋だった。こちらの医術が優れているのか、それとも衣服に隠れているだけなのか、見たところ外傷はそれなりに癒えているように見えた。
「体の具合はどうだ?」
「大丈夫にございます」
再び何かの災難に遭うのではと、怯えきって身をすくめている姿は痛々しい。長居をするよりも、早く身を引いたほうが彼女の安心につながると判断したレオトは、
「しばらくは呼び出すこともあるまい。ゆっくり休んで心身を落ち着けるがよい」
そう告げて、その場を後にした。




