籠の鳥は自由を夢見て
読みに来てくださってありがとうございます。
結構重い話のはずなのですが、軽めに仕上がったかな? と思います。
よろしくお願いいたします。
ルルは幸せだと信じていた。
バートは、家に閉じ込められ、継母と義妹から虐げられていたルルを見つけ、家族に制裁を与えてルルを悲惨な状況から助け出してくれた。これからは僕が守るとバートはにこやかに微笑み、ルルを大切そうに抱きしめてくれた。
やっと「家」という名の鳥籠から解放されたルルは、すぐにバートと結婚した。式を挙げた2人が「新婚旅行」として遠い外国に旅立ったのは1ヶ月前のこと。
鳥籠から飛び出した小鳥同様あちこち旅しながら、ルルはバートの愛こそが真実の愛なのだと有頂天になっていた。
それにしても、新婚旅行にしてはずいぶん遠くまで来たものだとルルが思い始めた日。たどり着いたのはホテルではなく大きな邸だった。
「ここは?」
「まあまあ」
バートがにこにこと微笑んでいる。門番は馬車の中のバートに頭を下げ、玄関にはピシッとした身なりの初老の男性が立っている。
「お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま。変わりはなかったかい?」
「はい、みなもご主人様を待ちわびていますよ」
お帰りなさい? ただいま? ここはバートの家なの?
ルルは不安げにバートを見上げた。
「ああ、ルルには説明していなかったね。今日からここがルルの家だよ」
「新婚旅行じゃなかったの?」
「ここに来るまでが新婚旅行だよ?」
ルルの中で何かが違うという警戒感が生まれた。
「新しい奥様ですね? 初めまして、家令のセオドアでございます。奥様のお名前を教えていただけますか?」
「ルル、です」
「ルル様ですね。ではルル様、お部屋へご案内致します」
「え?」
「ルル様の部屋はこちらですよ」
セオドアがルルに声を掛けた時だった。扉がバーンと開けられ、何人もの女が部屋に雪崩れ込んできたのだ。
「バート様、お帰りなさい!」
「お待ちしておりましたわ、バート様!」
「今回もお疲れだったでしょう、どうぞ私の所でお休みになって!」
「今日は私の所ですよね、バート様」
女たちがバートを取り囲んでいる。ルルは呆然とした。
「……どういうこと?」
「おやおや、何も聞いていらっしゃらないのですか?」
セオドアは困ったことだ、という表情をしながら、ルルに「歩きながら説明しましょう」と言った。ルルはもう一度バートを見た。バートの目はすでにルルを見ておらず、飛び込んできた女性たちと楽しそうに話をしている。
私のバートよ! 近づかないで!
そう言いたかったが、女性たちはバートの頬に触れたり、手を握ったり、後ろから抱き着いたりとやりたい放題だ。バートのことが大好きなはずなのに、急に距離が生まれたように感じた。仕方なくセオドアの後ろについて歩き出したルルに、セオドアが説明してくれた。
「ルル様は、アルバート様の25人目の奥様です」
「25人目?」
もう開いた口が塞がらなかった。
「この国では、養うことができれば何人でも妻帯することができます。男性の数が少ないからなのですが、アルバート様には特殊な癖がございまして」
特殊な癖と言われて、ルルは鳥肌が立った。
「いえ、奥様方に何か暴力を振るわれるとかそんなことはございませんよ。虐げられて心を閉ざしていた良家のお嬢様を助け出すことに執念をお持ちなのです」
あまりにも納得のいくセオドアの言葉に、ルルは項垂れた。
「皆さん初めは同じようにがっかりなさいます。ですが、ここには暴力も暴言もありません。自由に使えるお金もあるございます。専属の侍女が付けられて丁重に扱われますし、妻どうし同じような境遇だったからか皆さん仲がいい。ぬるま湯のように穏やかな生活をするうちに、みなさんここにいた方が安全だと思うようになり、誰一人自分の意志で出ていった方はいらっしゃいません。ですから、ルル様もすぐに慣れると思いますよ」
一室の扉が開けられた。
「こちらがルル様のお部屋でございます」
実家の子爵家にあった自分の部屋は、後妻が産んだ妹に奪われていた。使用人たちと同じ部屋の隅で寝ていたルルにとって、貴族らしい大きさと室内の調度品にため息が出る。
「それから、専属侍女のケイです。これからルル様にお仕えします」
「ケイです。どうぞよろしくお願いいたします」
「ええ、よろしく」
セオドアはケイに一言二言耳元で何か言うと、それではと言って出ていってしまった。旅行用品が入ったトランクは既に部屋に置かれ、荷解きの準備に入っていたようだ。
「ルル様、お茶はいかがですか」
「そうね、お願いするわ」
8才までは子爵令嬢としての教育を受けていたし、専属の侍女もいた。だから、思い出すのは難しいことではない。ルルは窓から外を覗こうとして、その窓に格子がはめられているのに気づいた。窓は開けられるが、外に顔を出すことさえできない。
再び違和感が増す。
「お茶が入りました」
「ありがとう」
クッキーと一緒に出されたお茶を一口含み、ルルはハッとした。
このお茶、まさか……。
「ねえ、ケイ。このお茶、とてもおいしいわ。どこの何というお茶なのかしら?」
「確か、この国の北部にあるリッテル地方で産出されるハーブティーのはずですが」
「この家では、このハーブティーはよく飲むの?」
「はい、ご主人様の趣味だそうで、他のお茶は用意されていません」
「そうなの……」
ルルはケイに、目を冷やしたいので冷たい水か氷を持ってくるように言って部屋から追い出した。
「なんでこんなもの飲ませているのよ!」
ルルはハーブティーを窓から捨てた。
あのハーブは心を開きやすくするというすばらしいメリットがあるが、多用すれば他人に依存するようになるという副作用を持つ。後妻たちに虐げられ鬱屈していたルルの心にバートがするりと入り込めたのは、きっと気づかぬ間に使われていたあのハーブと、効果的に心を開かせるバートの言葉選びが相乗的に働いたに違いない。
実家の子爵家は薬草となるハーブを領地で栽培し、それを子爵家が持つ商会で売買して利益を得ていた。10年前に母が、3年前に父が死んだ。父が死んだ時、ルルは息を引き取った直後の母と同じハーブの臭いに気づいていたが、知らぬふりをした。母が死んだ時、後妻が毒となるハーブを使って殺したのだとルルが言えば父は死なずに済んだかもしれない。だが、母が殺されたのは父が後妻に引っかかってこそこそと浮気をしたことが原因だ。だからルルは父も後妻と同罪だと考え、父を助けてこなかった。そして、財産と爵位目的で近づいた後妻と連れ子の妹に父は毒殺されたのだ。父に対してよい思い出がないルルは、悲しむ気持ちになれなかった。
誤算だったのは、ルルが未成年であることを理由に後妻が子爵代理になってしまったことだった。ルルが成人するまでの間とされていたが、結局後妻はルルが成人してもその存在を隠し、社交界デビューもさせなかった。ルルの存在を知るごく一部の人間はおかしいと思っただろうが、多くの貴族は下位貴族の子爵令嬢のルルのことなど誰も知らない。
子爵家を確実に己のものとするため、後妻はルルの自尊心を折り続けた……令嬢教育の中止、当主教育の中止、外部との接触禁止、下働きをさせる、部屋を使用人の部屋に移す……もちろん、暴力暴言は当たり前。後妻に抗議した家令は、紹介状なしで解雇されてしまった。それ以来、使用人たちは裏でこっそり食事を分けてくれたり、仕事を手伝ってくれたりしたが、表では後妻の言うとおりにするしかなかった。
あの性悪母子にこの3年、いいように使われてしまったけれど。
その代わり、ルルはハーブの知識を深い所まで学んでいた。後妻が家の仕事を嫌がったからだ。当主教育を止めておきながら、当主として必要な計算や事業計画などはルルに丸投げしていたのだ。後妻は全くどうしようもない女としか言えない。
そのハーブの知識がこんなところで生きるなんて。
ルルはこれ以上バートに心を操られぬようにするため、ハーブティーはすべて飲んだふりをして捨てることにした。これからは白湯でも飲むしかないだろう。
ルルはその夜尋ねてきたバートに対して、疲労を理由に同衾を拒んだ。そんな日もあるよね、そう言ってバートはにこりとしたが、目が笑っていなかった。
ルルはその夜、バートからの愛の言葉を思い出した。
「君のことを理解できるのは、同じように苦労した私だけだ」
「君は愛されるべき人間だ」
「君を支える人として、私を選んでほしい」
よくよく反芻してみれば、「愛している」と言われたこともなければ、重要な決定はルルがしたように誘導されていた。
そうか、私は騙されていたんだ。
ルルは唇をかんだ。少しだけ泣いた。
泣いて今までの愚かな自分と決別すると、どうやってここから逃げ出すか考えることにした。
翌日から、ルルは邸の中をよく観察するようになった。他の「妻」たちを、使用人たちを、そしてバートを。
「ルル様、せっかく同じ夫を持つ身となったのですもの、仲良くいたしましょう」
声を掛けてくれたのは、ルルより3つ年上のリズだった。リズもルルと同じく子爵令嬢であったが、求められてとある伯爵家に嫁いだ。だが、夫は浮気三昧で邸に愛人が何人もおり、仕事を押し付けるためにリズを金で買ったのだと平気で言うような男だった。姑や愛人たちからの嫌がらせにも耐えてきたが、夫の子を産んだ愛人の一人から殺されそうになった所をバートに助けられ、駆け落ちしてきたのだと教えてくれた。
「でもね、こんなに妻がたくさんいるなんてね。仕事を言いつけられないし嫌がらせも受けないだけで、前と同じだと思う私もいるのよ」
リズは寂しそうに庭を見た。色とりどりの花が植えられ、大きな木が日陰を作っている。日陰の下のベンチの中央にはバートが座り、その周りを妻が5人ほど取り囲んでいる。
「あなたは大丈夫?」
リズが信用できるかどうかまだ分からない中では、ルルも聞きたいことを聞けない。
「話が違うっていうのは、詐欺なんでしょうか?」
「そうかもしれないわ。それなら、バートは稀代の詐欺師ね」
リズは優しく寂しく微笑んでいる。リズはバートを愛し、心の底から信じていたのだろう。それはルルも同じだ。次から次へと新しい妻を連れてくるバートのことを、リズはただじっと見ているだけ。ルルはやっぱりこの状況はおかしい、何とかすべきだと思っている。何をどうすればいいのか、まだ分からないけれど。
2週間後、毎日お茶をしていたリズが邸から消えた。ルルはあまり邸の人間とは接点を持たないようにしていた。だが、リズの専属侍女とは毎日顔を合わせていたから分かる。廊下でリズの専属侍女を見つけたルルは、自室に引き込んだ。そして、かつてバートからもらったピアス(おそらく使用人の給金3か月分)を餌にして、情報を引き出すことにした。侍女はピアスの価値を正しく認識し、自分のエプロンのポケットにピアスをしまうと、ペラペラと話し出した。
「売られたに決まっているでしょう」
「売られた?」
リズの専属侍女は当然という顔で言った。
「ご主人様が連れて来る『妻』は、みんな訳ありで家に戻ることができない事情を抱えた人ばかり。ご主人様はそういう『妻』たちを侍らせて、飽きたら他の貴族に売るの。愛人用として買われる人もいるけれど、売られた人は二度と姿を見たことがないって噂ですからねえ。どんなふうに扱われているのかなんて、ご主人様も知らないんじゃないかしら」
「つまり、私も人身売買用に連れて来られたってこと?」
「そうよ。逃げようとしても無駄よ。この邸は傭兵団に囲まれていて、お仕着せを着ていない女が出ようとしたらそのまま捕まえて娼館に売り飛ばすことになっていますから」
侍女はルルの部屋を出ていった。
リズは売られた。もしこの国で人身売買が許されているとしても、先ほどの侍女の話どおりであればよい扱いは望めないだろう。なんなら、人体実験用に使われる可能性だってある。
逃げなければ、と思った。だが、傭兵団の話も気になった。捕まって娼館に売られるのも困る。
ルルは鬱屈した日々を送ることになった。使用人たちはバートが何をしているのか知っている。妻たちの中には気づいている者もいるだろう。バートにまとわりついていた妻たちが、売られないために必死でしがみついているのだと思えば、涙ぐましい努力だとさえ思えた。あまり急いて行動すれば、使用人からバートに報告されるだろう。ルルは考えた。窓の外を見ると、多くの人たちが行き交っているのが見えた。ルルははっとした。
決めた。これに賭けよう。
やがて、ルルの専属侍女からルルが気鬱のようだとバートに報告が挙げられた。
「ルル、どうしたんだい? ここの生活は以前の生活よりもいいだろう?」
「ええ、そうね。でも、私の趣味をバートは忘れてしまっているわ」
「趣味? それは気づかなくてすまなかった。なんだったかな?」
「折り紙よ。折り紙用の紙をたくさん用意してほしいわ。私、折り紙さえあればおとなしくしていられるから」
「確かにルルの国には女性が折り紙を楽しむ文化があったね。いいよ、直ぐに用意させるから」
バートは大量の折り紙をルルにくれた。ルルは折り紙でいろいろなものを作った。立体造形だけでなく、折り紙を細かく刻んでタイル画のように貼り付けた絵や半立体の押し絵なども作った。ルルは実際に折り紙が得意だったので、その価値に気づいたバートは売り物にするようになった。
立体の折り紙で、鳥や花なども折った。時々四角いボールのように膨らめたものや先端を尖らせたものを折って投げたり飛ばしたりして遊ぶこともあった。時にはそれが庭に落ちていることもあって、バートは微笑ましく思っていた。
そんなある日、突然騎士隊がバートの邸を囲んだ。
「監禁と人身売買の疑いで捜査します」
「何を証拠に!」
だが、バートの叫びも虚しく、バートの執務室からは人身売買の記録が何枚も見つかった。妻たちの何人かは、騎士隊に保護されて喜んでいた。妻たちも、使用人も、みなホールに引きずり出された。もちろん、ルルも。
「あなただね?」
1人の騎士がルルに声を掛けた。
「ええ、気づいてくださってありがとうございます」
「私が巡回に来ると、必ずこれが飛んできた。そして、あなたが『助けて』と口だけ動かしているのが見えた。調べたらここの主人は真っ黒でね、直ぐに動かないとあなたたちが殺されるのではと心配していたよ」
騎士はルルに、折り紙で作った鳥のような形のものをルルの手に乗せた。それはルルが折った、よく飛ぶ鳥の折り紙だった。故国では男の子たちが遠くまで飛ばせる形を追い求め、鳥飛ばしの大会まであった。ルルは小さい頃、使用人の息子にこの鳥の折り方を教えてもらってよく一緒に飛ばしていた。あの日ルルは通りを歩く人々の中に巡回の騎士の姿を見つけ、彼らに気づいてもらう方法としてこの折り紙の鳥のことを思い出したのだ。
逃げ出そうと決めた日から、ルルは騎士が巡回に来る時間を格子が嵌められた窓から毎日確認した。そして、騎士たちが巡回に来る時間を見計らってケイに用事を言いつけて部屋から出すと、自分の鳥ならあの道路まで届くと信じ、鳥を飛ばし、助けを求め続けたのだった。目が合うたびに、騎士はうなずいてくれた。
『もう少し、がんばれ』
騎士の口がそう形作るのをみることが、ルルの心の支えだった。
ルルたちは取り調べの後、解放されることになった。だが多くの妻たちは遠い外国から連れて来られたこともあり、国に帰ることが難しかった。貴族の娘や妻だった者が多く、市井で生活するのは難しいと判断して修道院に入ったものも多かった。鳥のように家から逃げ出したいという願いは叶ったが、所詮ルルはじめバートに騙された女たちはみな鳥籠の中の鳥。逃げた先には別の鳥籠があっただけだった。リズの行方は最後まで分からなかった。
ルルはもう故国に戻りたくなかった。それでも生きるためには働かなければならない。バートの家からの賠償金はそれほど多くはなかったが、この国のシステムに問題があったということもあり、王家からの賠償金も入った。それを元手に、ルルは商売を始めることにした。
「いらっしゃいませ」
常連になった騎士エディを見て、ルルは微笑んだ。
「今日もよく眠れるハーブをお願いできるかい?」
「ええ、用意してありますよ」
ルルはハーブの知識を生かして、ハーブティーの店を開いた。エディが協力してくれて、不動産屋の紹介、商会立ち上げ、銀行の等、全て手伝ってくれた。開店直後は怪しい店だと思われていたが、ルルの鳥に気づいてバートの家を調べてルルたちを救出してくれたエディは町の人たちから相当信頼されているようで、おかげで合法的な店だと周囲に納得してもらうことができた。
医者に行くほどではない、でも体調が悪い。
医者からもらう睡眠薬は強すぎて、まだ子どもには使いたくない。
そんな需要を拾いながらルルは少しずつ取り扱い品目を増やし、売り上げも伸ばしている。
「今日は一つお願いしたいハーブがあるんだが」
「どんなものが必要ですか?」
「好きな女性に結婚を申し込もうと思うんだが、イエスと言わせてくれるようなハーブはないだろうか?」
「……」
一瞬取り乱した。ルルは、なぜ自分が取り乱したのか分からなかった。
「エディさんの恋人に、ですか? そういうのはうちにはなくて……」
「恋人はいないよ。私が片思いしているんだ」
「そ、そうですか。ならば、ハーブの力など借りずに直接当たってみたらどうですか? エディさんみたいな素敵な人なら、きっとOKしてくれると思いますよ?」
「本当にそう思う?」
「ええ、きっと」
胸が痛い。涙が出そう。
ルルはようやく、自分がエディに恋していたことを自覚した。自覚と同時に失恋なんて、ついていない。そう言えば今朝の新聞の占いのコーナーには、「吉凶を問わず大きな出来事が起きるでしょう」と書いてあった。こういうの、悪いことばかりが当たるな、と思った。同時に、一刻も早くこの町を出てエディのことを忘れなければ、と思った。
「じゃ、君の助言に感謝して……ルル、私と結婚してほしい」
「へ?」
思いがけない言葉に、ルルはぽかんとした。エディは優しい目でルルを見つめている。
「君の諦めない姿勢、よく努力するところ、真面目なところ、なにより可愛いところ。全部好きだ。君となら、楽しく一生を過ごせると思うんだ」
想定外のことが起きると、人はフリーズする。ルルもフリーズしたまま「あうあう」と訳の分からない音を口から出すだけだ。
「駄目かな?」
エディの頭から、しょげた犬耳が見えた気がした。
「駄目じゃありませんが……私バツイチですよ? それに、突然すぎませんか?」
「そうか? 私は毎日この店に来て、ルルにアピールしているつもりだったのだが」
ああ、私って鈍感!
恋愛を知らなかったから、バートに騙された。
バートに騙されてから、他人を信じるのが怖くなった。
人の心の機微にルルは疎いのだろう。ルルは恥ずかしさの余り、真っ赤になった顔を両手で隠した。
「ルルちゃん、返事してやれよ。そうしないと、エディ様だって動けないぜ?」
「そうだよ、イエスでもノーでも、ルルちゃんの思うとおりに言っておやり」
どうして近所のおじさんおばさんたちが扉の向こうから覗いているの!?
期待のまなざし。ルルは破れかぶれになって叫んだ。
「す、好きに決まっているじゃない! 私を助けてくれた王子様なんだもの!」
エディの頭の上でしょげていた犬耳がピンと立ち上がり、今まで見えなかった尻尾がぶんぶんと振られているのが見えるような気がする。エディに抱きつかれてすっかり茹で上がってしまったルルは、そのまま腰の力が抜けてエディに寄り掛かるように崩れた。
「ルル!」
「ルルちゃん、大丈夫かい?」
「げ、限界……」
慌てた近所のおばさんたちにエディ含め男性陣は追い出され、おばさんたちに服のボタンをはずされて体を冷やされたことは、今でも笑い話になっている。
しばらくしてエディがルルの店の2階に一緒に住むようになると、なぜか店先で求婚する若者が増えた。
「みんな、エディ様とルルちゃんにあやかりたいのさ」
「あやかりたいって……」
「籠の中の鳥を救い出した王子様にプロポーズされるなんてさ、女の子が夢見がちなシチュエーションだからね。女の子たちが、ルルちゃんの店の前で求婚してほしいっておねだりしているらしいよ」
「あう……」
今日もルルは、ハーブをブレンドしながらハーブティーを作る。暇を見つけては折り紙を折ったり、折り紙を使った押し絵やちぎり絵なども作ったりして、副業にしている。近所の子供たちと折り紙で鳥を作り、飛ばしあいをすることもある。いつだってルルの鳥が一番遠くまで飛んでいく。
「ただいま。ずいぶん遠くに落ちていたよ」
帰って来たエディが見失ってしまった折り紙の鳥を持って帰って来た。
「おかえりなさい。どこに落ちていたの? 近場は子供たちと探したんだけど、どうしても見つからなかったのよ」
エディにハーブティーが入ったカップを渡す。エディはそれを一口含んでほっと息をつく。
「落ちた後に風に飛ばされたか、落ちていたのを誰かがさらに飛ばしたのかもしれないが、河原に落ちていたよ」
「ええっ、それはさすがに飛びすぎでしょう? 誰かがいたずらしたのね! 新しい折り方だったから、どこかへ行ってしまって残念って思っていたのよ。よかったわ、これでまたよく飛ぶ鳥を折れるわ」
ぷんぷんとニコニコがころころと入れ替わる。そんなルルを見て、エディがニコニコしながら言う。
「ルルと一緒になってから、心があったかいんだ」
いけません、あなたのその顔面偏差値の高い口からそんな言葉が出ると、私は撃ち抜かれて死んでしまいます!
「あは、ルルが茹で蛸になった! かわいい!」
「もう!」
実家から逃げ出し、軟禁されていた夫の家からも逃げ出した鳥は、今日も明るく楽しく、自由を謳歌しているようだ。
読んでくださってありがとうございました。
エディが本当に王子様かどうかは、皆様の脳内で楽しんでいただければと思います。
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