表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生令嬢冒険者は元・ニセモノ魔法少女!  作者: 軟膏
第二章『結成!ミラージュアモーレ!』
9/27

8話『高慢な先輩冒険者』

「……本気で言ってるのかい? 死ぬよ、確実に」

受付の女性職員が、最後の忠告とばかりにアンナの顔を覗き込む。しかし、アンナの決意は微塵も揺らがなかった。

「死にません。わたくしには、やらなければならないことがあるんです」

そのあまりにも真っ直ぐな瞳に、職員はついに根負けした。彼女は大きなため息をつくと、依頼書に「受理」のスタンプを乱暴に押し付けた。

「……ああ、もう知らない! 受付は済ませたよ! あんたたちが今から竜の餌になろうが、怪物に食われようが、私には関係ないからね! さっさと行って、二度とこのギルドに顔を見せるんじゃないよ!」

投げやりな言葉とは裏腹に、その声にはわずかな心配が滲んでいるのを、アンナは感じ取っていた。

「ええ、ありがとう。行ってまいります」

優雅に一礼し、くるりと背を向けるアンナ。カナリアも慌てて「し、失礼します!」と頭を下げ、主人の後を追った。ギルド中の冒険者たちの、呆れと好奇が入り混じった視線を背中に感じながら、二人は出口へと向かう。


その、時だった。

「ほう、命知らずなお嬢さんたちだこと」

凛とした、しかしどこか棘のある声が、二人の背中に投げかけられた。

振り返ると、そこに立っていたのは、先ほどから受付の職員と何やら口論をしていた、一人の女性冒険者だった。

陽光を反射してきらめく、見事な金色の髪。意志の強さを感じさせる、アメジストのような紫色の瞳が、アンナたちを値踏みするように細められている 。体にぴったりとフィットした、女性的な曲線を描く軽装鎧は、隅々まで磨き上げられ、まるで美術品のような輝きを放っていた。腰に提げた優美なレイピアもまた、実用品というよりは芸術品の趣がある 。


その女性――ブリジット・スヴァンフルートは、アンナとカナリアが身に着けている、卸したてで傷一つない装備を一瞥すると、あからさまに嘲りの笑みを浮かべた 。



「あなたたちのようなお嬢さんは、おとなしくお花摘みでもしていた方が、身の丈に合っているのではなくて?」

彼女の胸元で、青銅ブロンズでできたDランクのギルドバッジが、見せつけるように鈍い光を放っている。れっきとした先輩冒務者からの、明確な侮蔑だった 。


カナリアは怯えたようにアンナの後ろに隠れたが、アンナはその挑発に臆することなく、まっすぐな瞳でブリジットを見返した。

「ご忠告ありがとう。でも、大丈夫」

アンナは、にこりと微笑んだ。その笑顔には、何の屈託も悪意もない。

「なんとかなるし、なんとかするから!」

それは、絶対的な自信でも、根拠のない楽観でもなかった。ただひたすらに、そうすると決めているのだという、純粋な決意の表明だった。

そう言い放つと、彼女はもうブリジットに興味はないとばかりにくるりと背を向け、再びずんずんとギルドの出口へ向かって歩き出す。

「わ、私もできればお花摘みからやりたいんですけど、アンナ様はこうなるともう聞かないもので……! あの、ご親切にどうも、失礼します!」

カナリアもまた、困り顔でぺこりとブリジットに頭を下げると、慌てて主人の後を追いかけていった。


あまりにも真っ直ぐな反応に、逆に面食らったのはブリジットの方だった。普通なら、ここで反発してきたり、あるいは泣き出したりするだろう。それをどう論破してやろうかと、いくつも言葉を用意していたのに、すべてが空振りに終わってしまった。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

ブリジットは思わず声を張り上げ、二人の後を追う。

「あなた、レッサードラゴンの危険性を本当に理解しているの!? 竜種のブレスは並の防具など容易く溶解させますし、その膂力はオークをも凌駕しますのよ! ましてや、アントゥルーが出没する地域ですのよ! あれがどれだけ厄介な代物か、ご存知ないでしょう!」

早口でまくし立てるブリジット。その言葉は、確かに先輩冒険者としての知識と経験に裏打ちされたものだった。だが、アンナは足を止めることなく、肩越しに振り返って答えた。

「うん、知ってる。だからこそ、私が行かなきゃいけないの」

その瞳は、ドラゴンの脅威ではなく、もっと別の、遥か遠くの敵を見ているようだった。

何を言っても暖簾に腕押し。ブリジットは苛立ちと、自分でもよくわからない焦燥感で、思わず声を荒らげた。

「なぜそう、話を聞かないのですか! あなたのような無謀な初心者が無様にやられでもしたら、このギルド全体の評判に関わりますのよ! 迷惑ですわ!」

「迷惑……」

アンナはそこで、ぴたりと足を止めた。そして、ゆっくりとブリジットの方へ向き直ると、その紫色の瞳をじっと見つめた。

「……そうか。あなたは、私たちのことを心配してくれてるんだね」

「――は?」

予想の斜め上を行く言葉に、ブリジットの思考が完全に停止する。

アンナは、ブリジットの棘のある言葉の奥にある、不器用な優しさを、いとも簡単に見抜いていた。

「ありがとう。優しいんだね、あなた」

花が綻ぶような、一点の曇りもない笑顔。

その瞬間、ブリジット・スヴァンフルートの、常に冷静沈着を装っていた顔が、カッと音を立てるかのように真っ赤に染まった。

「なっ……! わ、わたくしが、いつ、あなたなんかを……! か、勘違いしないでくださる!?」

必死に否定するが、その動揺は誰の目にも明らかだった。ギルドのあちこちから、こらえきれないといった様子の忍び笑いが漏れ聞こえてくる。

「わたくしはただ! そう、ただ、あなたたちのような初心者が無謀な挑戦をして、ギルド全体の士気と評判を落とすのが、Dランク冒険者として許しがたいだけですわ! そう、それだけですのよ!」

自分に言い聞かせるように叫ぶブリジットだったが、アンナは「うん、うん」と優しく頷くだけで、まったく取り合わない。

ついに、ブリジットは観念したように、天を仰いで大きな、大きなため息をついた。そして、何かを決意したように、再びアンナを睨みつける。

「……もう、こうなったら仕方ありませんわ!」

ビシッと、白魚のような指がアンナに向けられる。

「あなたたちが無様にやられて、森の肥料になる前に! このわたくしが、特別に! 手を貸して差し上げますわ! 不本意ですけれど! ええ、まったくもって不本意ですけれどね!」

それは、彼女の高慢なプライドが導き出した、最大限の救いの手だった。


「いや、それはちょっと……」

一部始終を見ていた受付の職員が、困ったように口を挟んだ。

「ランク持ちの冒険者が、新人の認定クエストに手を貸すのは、規則で禁止されてるんだよ。不正行為になっちまう」

「何ですって!? わたくしは善意で……いえ、ギルドの名誉のためにやむなく協力すると言っているのに、それを規則で縛るというのですか!」

ブリジットが職員に食ってかかり、再び口論が始まろうとした、その時だった。


「――構わんさ」


低く、しかしよく通る声が、ギルドの喧騒を静まり返らせた。

声のした方へ誰もが目を向けると、ギルドの奥にある事務所から、一人の壮年の男がゆっくりと姿を現した。年は五十代後半だろうか 。がっしりとした体躯は未だ衰えを知らないようだが、その手には年季の入った杖が握られ、足を引きずるようにして歩いている 。



しかし、その男の眼光は、まるで獲物を前にした獅子のように鋭く、ギルド内のすべての人間を射竦めるほどの威圧感を放っていた。

その男こそ、この冒険者ギルドの責任者ギルドマスターであり、かつては『獅子の牙』と謳われた元Sランクの凄腕冒険者、フェルディナンド・ドラクロワだった 。


フェルディナンドはゆっくりとカウンターまで歩み寄ると、アンナ、カナリア、そしてブリジットの三人を順に見た。

「マスター……しかし、規則では……」

「規則は、平時のためのものだ」

フェルディナンドは職員の言葉を遮った。

「このご時世だ。実力ある者が協力し、アントゥルーの脅威に立ち向かうというのなら、文句はない。むしろ歓迎しようじゃないか」

彼の言葉には、誰も逆らうことができない重みがあった。

「それに……」

フェルディナンドは、アンナの曇りなき瞳と、ブリジットの不器用な正義感、そして二人の間でオロオロしているカナリアの姿を見て、口の端に楽しげな笑みを浮かべた。

「なんだか面白いチームになりそうだ。なあ、お嬢さんたち」

その鶴の一声で、すべては決した。

こうして、向こう見ずな新人令嬢と、心配性のメイド、そして高慢ちきな先輩令嬢という、奇妙でちぐはぐな三人組のパーティは、ギルドマスターの特例承認の元、正式に結成されることになった。


「感謝なさい! わたくしとパーティを組める栄誉を、噛みしめるといいですわ!」

ふん、と胸を張るブリジット。

「は、はあ……よろしくお願いします……」

ぺこりと頭を下げるカナリア。

そして、アンナは満面の笑みでブリジットの手を握った。

「うん! よろしくね、ブリジット! これで仲間ができた!」

父の言葉を思い出し、アンナの心は温かい希望で満たされる。

これから始まるのが、絶望的な怪物との戦いであることも忘れ、彼女はただ、新たな仲間との出会いを心から喜ぶのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ