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転生令嬢冒険者は元・ニセモノ魔法少女!  作者: 軟膏
第二章『結成!ミラージュアモーレ!』
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7話『王都と冒険者ギルド』

父ゴードンの力強い声が、馬車の揺れと共にアンナの胸の内でこだましていた。

『まずは仲間を見つけなさい。仲間がいれば、どんな事だって出来る』

その言葉を胸に、故郷ミラナティアを発ってから数日。アンナとカナリアを乗せた馬車はついに、王都フォーギヴンの威容をその目に捉えた。


故郷の穏やかな領地とは、何もかもが違っていた。視界を埋め尽くすようにそびえ立つ白亜の建物群は、まるで天を突く巨人の槍のようだ。石畳の道を埋め尽くす人々の波は、絶え間なく流れ、その活気は大地を震わせるかのようだった。行き交う馬車はどれも豪奢な装飾が施され、行き交う人々の服装も洗練されている。

「わあ……」

「すごい……です……」

馬車の窓から外を眺め、アンナとカナリアはただただ目を丸くするばかりだった。領都の広場も賑やかだと思っていたが、それは広大な海辺に佇む、小さな水たまりに過ぎなかったのだと思い知らされる。圧倒的な喧騒と、生命力に満ち溢れた熱気。それが、王都フォーギヴンの第一印象だった。


御者に礼を言って馬車を降り、人波の中へと一歩踏み出す。それだけで、人の多さに押し流されそうになった。アンナは慌ててカナリアの手をぎゅっと握る。

「はぐれないようにしないとね」

「は、はい! ですがアンナ様、どこへ向かうのですか?」

大きな鞄を背負い直し、カナリアが不安げに周囲を見回す。アンナは父にもらった地図を広げ、太陽の位置と照らし合わせながら、きっぱりと告げた。

「もちろん、冒険者ギルドよ!」


父の助言通り、まずは冒険者としての公的な身分を手に入れる。それが、この広大な世界でダークミラーの情報を集め、鏡の女王の復活を阻止するための、最も確実な一歩になるはずだった。


地図を頼りに歩くことしばし、二人は目的の場所にたどり着いた。王都の華やかな大通りから一本脇道に入った、武骨な石造りの建物が立ち並ぶ一角。その中でもひときわ大きく、年季の入った建物が冒険者ギルドだった。扉の上には、交差する剣と盾をかたどった古びた木製の看板が掲げられている。

王都の洗練された空気とは明らかに一線を画す、物々しい雰囲気。アンナはごくりと唾を飲み込むと、意を決して重厚な木の扉を押し開けた。


ギイ、と軋む蝶番の音と共に、むっとするような熱気が二人を迎えた。

汗と、油の染みた革の匂い。鈍く光る鉄の匂い。そして、狩られた獲物のものだろうか、微かに漂う生々しい血の香り。それらが混じり合った独特の空気が、鼻腔をついた。

中は広々としていたが、華やかさとは無縁だった。壁際には様々な武器が立てかけられ、奥には酒場バースペースがあって、昼間からエール杯を呷る者たちの陽気な、それでいて荒々しい声が響いている。屈強な戦士たちが黙々と武器の手入れをし、軽装の斥候らしき男女が地図を広げて何事か話し込んでいる。誰もが歴戦の強者であることを、その佇まいだけで示していた。


「うう……なんだか、すごい場所ですね……」

カナリアは完全に気圧され、アンナの背中に隠れるようにして囁いた。王都の喧騒とは質の違う、剥き出しの力と実力が支配する空間。可憐なメイド服にモスグリーンのローブを羽織ったカナリアと、貴族の仕立てた上質な旅装のアンナは、明らかに場違いだった。周囲から注がれる好奇と、いくらかの侮りが混じった視線が肌に痛い。

しかし、アンナは怯まなかった。むしろ、そのひりつくような緊張感が、彼女の内に眠る戦士の魂を奮い立たせる。

「大丈夫よ、カナリア。行こう」

アンナは親友の手をもう一度強く握ると、胸を張ってギルドの奥にある受付カウンターへと向かった。


カウンターの向こうでは、そばかす顔の女性職員が、山積みの書類を気だるげに捌いていた。アンナたちが目の前に立つと、彼女は書類から顔を上げ、値踏みするような目で二人を上から下まで眺めた。

「……何? お嬢ちゃんたち。ここは迷子センターじゃないよ。お父さんかお母さんはどうしたんだい?」

からかうような口調に、カナリアの肩がびくりと震える。だが、アンナは動じなかった。彼女は背筋を伸ばし、貴族の令嬢として叩き込まれた作法に則って、にこりと微笑んでみせた。

「ごきげんよう。わたくしたち、冒険者になりたくて参りましたの」

丁寧だが、有無を言わせぬ凛とした響き。その言葉とアンナの堂々とした態度に、受付の女性は少しだけ目を見開いた。

「……ほう。冒険者ねえ。どっかの貴族サマのお遊びかい? 悪いことは言わない、やめときな。ここはあんたたちみたいなのが来るところじゃない」

「お遊びではありません。わたくしは本気ですわ」

アンナの澄み切ったアズールブルーの瞳が、真っ直ぐに受付の女性を射抜く。その瞳に宿る光が、ただの世間知らずの令嬢のものではないと察したのだろう。女性はやれやれと肩をすくめると、一つの羊皮紙を取り出した。

「……そうかい。まあ、誰にでも門戸は開かれているからね。ただし、ギルドへの正式な登録には、実力を示してもらう必要がある。そこに並んでる掲示板から『認定クエスト』を一つ選んで達成してきな。無事に達成できれば、最低ランクのFランク、ストーン級の冒険者として認めてやる。これがギルドバッジだ」

そう言って、彼女はカウンターの上に、石でできた粗末なバッジを一つ置いた。

「クエストを達成したら、このバッジに功績値が記録される。功績を積めば、ランクも上がっていくって寸法さ。ま、あんたたちなら、薬草採取あたりがお似合いじゃないかね」

最後の言葉は、再びからかいの色を帯びていた。

「ご親切にありがとう。参考にさせていただきますわ」

アンナは優雅に一礼すると、カナリアを伴って掲示板へと向かった。


掲示板には、大小様々な依頼書が所狭しと貼られている。受付の女性が言った通り、Fランク(ストーン級)と書かれた新人向けのクエストが大半を占めていた。『近郊の森での薬草採取』『下水道に棲み着いた巨大ネズミの駆除』『ゴブリン前哨基地の偵察』。どれも、アンナにとっては物足りないものばかりだった。

(こんなことをしていても、時間は過ぎていくだけ。もっと早く、奴らの情報を掴まないと……)

ダークイマージュの影が、アンナの心を焦らせる。彼女の視線は、より難易度の高い依頼書を求めて掲示板の上を滑った。そして、その隅に、ひときわ古びて汚れ、多くの冒険者が避けていることを示すかのようにぽつんと残された一枚の依頼書に、目が釘付けになった。


『特別認定クエスト:Cランク(アイアン級)認定』


Fランクを二つ飛び越えた、Cランク。それは本来、いくつもの死線を乗り越えてきた中堅冒険者がようやく到達できる領域だ。依頼内容は、アンナの予想をさらに上回るものだった。


『依頼内容:王都より西に位置する廃村付近に棲み着いた魔物『レッサードラゴン』の討伐』


「レッサードラゴン……!」

カナリアが息を呑む。竜種。たとえ下位レッサーとはいえ、ゴブリンやネズミとは比較にならない、強力な魔物だ。新人が挑むなど、自殺行為に等しい。

しかし、アンナの心を捉えたのは、ドラゴンの名ではなかった。依頼書の最後に、小さな文字で書き加えられた、忌まわしい但し書きだった。


『特記事項:当該地域では、近頃、正体不明の怪物『アントゥルー』の目撃情報が相次いでいる。この影響により、周辺の魔物も凶暴化している可能性あり。複数のパーティが本件依頼の遂行に失敗、あるいは消息を絶っているため、ギルドは本件を緊急度の高い特別クエストと認定する。達成者には、即時Cランクへの昇格と、高額の報酬を約束する』


『アントゥルー』。

その単語を目にした瞬間、アンナの心臓が氷の爪で掴まれたように軋んだ。脳裏に、黒い鏡に囚われ、人ならざるものへと変えられていくカナリアの苦悶の表情が焼き付いている。ラメントの冷たい声が響く。この世界のどこかで、今も生まれているかもしれない、新たな犠牲者たちの姿が浮かんだ。

それは、もはや単なる依頼ではなかった。ダークイマージュとの戦いの、最前線そのものだった。

アンナの瞳に、燃えるような決意の光が宿った。

「カナリア、これにしよう」

「ええっ!?」

アンナは迷うことなく依頼書に手を伸ばし、鋲で留められたそれをビリ、と音を立てて剥がした。

「あ、アンナ様、お待ちください! これは危険すぎます! ドラゴンですよ!? それに、アントゥルーって……!」

焦ったカナリアが必死にアンナの腕を掴んで制止する。その声は、恐怖で震えていた。

「まずは、あの受付の方が言っていたように、薬草採取からにしましょう! ね? 一歩一歩、着実に進むのが一番です!」

「いいや」

アンナは静かに、しかし断固として首を振った。

「着実に進んでいる間に、救えるはずの人が救えなくなるかもしれない。この依頼書の先に、私が探している敵がいる。だったら、避けて通る道なんてないわ」


二人のやり取りは、ギルド中の注目を集めていた。最初は「また世間知らずの貴族が来た」と生温かい視線を送っていた冒険者たちも、アンナがCランクのドラゴン討伐依頼を剥がしたのを見て、その目を驚きと嘲笑に変えていた。

「おいおい、マジかよあのお嬢ちゃん」

「Cランクだぞ? レッサードラゴンをペットか何かと勘違いしてやがるんじゃねえか?」

「横のメイドはマトモみたいだがな。無理やり連れてこられて可哀想に」

あちこちから、ひそひそとした声や、隠そうともしない失笑が聞こえてくる。


だが、今のアンナには、そんな声は一切届かなかった。彼女はカナリアの制止を振り切ると、まっすぐに受付カウンターへと戻り、剥がした依頼書をカウンターに叩きつけた。


「これを、やります」


その力強い宣言に、ギルド内のざわめきが一瞬、ぴたりと止んだ。

気だるげな表情を崩さなかった受付の女性も、さすがに目を剥いている。彼女は信じられないといった顔で、依頼書とアンナの顔を何度も見比べた。

「……あんた、本気で言ってるのかい? 死ぬよ、確実に」

「死にません」アンナはきっぱりと答えた。「わたくしには、やらなければならないことがあるんです」


その瞳には、もはや貴族令嬢の気品や、少女の無邪気さはなかった。レッサードラゴンの脅威のさらに奥、その背後に潜む真の敵――ダークイマージュの影を、確かに見据えている戦士の光があった。


父の言葉が再び、胸に響く。

『仲間がいれば、どんな事だって出来る』

アンナは、隣でまだ顔を青くしている、それでも決して自分の側を離れようとはしない最初の「仲間」の顔をちらりと見た。そして、安心させるように、力強く微笑んだ。


「大丈夫よ、カナリア。一緒なら、きっとできる」


その言葉に、カナリアはハッと息を呑む。アンナの瞳に宿る、揺るぎない覚悟を見て、これ以上何を言っても無駄だと悟った。そして、それ以上に、この主人がただの無謀でこれをやろうとしているのではないことを、心のどこかで信じている自分に気づいた。カナリアはごくりと唾を飲み込むと、震える声で、しかしはっきりと頷いた。

「……わかり、ました。私も、覚悟を決めます」


二人の少女の決意を前に、ギルドを支配していた嘲笑の空気は、困惑と、ほんのわずかな興味へと変わっていた。

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