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転生令嬢冒険者は元・ニセモノ魔法少女!  作者: 軟膏
第一章『旅立ちの時!』
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5話『チェンジ!ミラージュティアドリーム・ゼロモード!』

城下町を蹂躙する、かつての親友の姿をした怪物。逃げ惑う領民たちの悲鳴。アンナはバルコニーの手すりの上に立ち、眼下の絶望的な光景をそのアズールブルーの瞳に焼き付けた。恐怖で足がすくむ。だが、その手に握られた、砕けてなお微かな光を放つミラージュパクトが、彼女に勇気をくれた。


(私が、やらなくちゃ)


何をすべきか、明確な答えはない。だが、心の奥底で、魂がその方法を知っていた。十三年間眠っていた戦士の本能が、今、目覚めようとしている。

アンナは意を決すると、天に向かってパクトを高く掲げた。


「チェンジ・ミラージュ!」


魂からの叫び。それは、遠い昔、別の世界で幾度となく繰り返した、変身のための聖なる呪文。

その言葉に呼応し、アンナの胸の中心が、再び淡い薄紅色の光を放ち始めた。しかし、光は彼女の体を変身させるのではなく、まるでホタルが集まるように胸の前で渦を巻き、一つの結晶へと姿を変えていった。


それは、柔らかな光を内包した、桜の花びらのような美しいクリスタルだった。触れずともわかる、温かく、そして力強い鼓動。アンナは、それが何であるかを直感的に理解した。

(これは…ハートクリスタル…)

伝説の光の使者プリティアモーレが、その力の源とする、人の心の光が生み出す奇跡の結晶。ティアドリームも、それを持っていた。だが、目の前で輝くこれは、ティアドリームのものではない。これは、紛れもなく自分自身の――


「これが…私の新しい夢の形…ドリームクリスタル!」


アンナ・ミラナティアとして生きた十三年間。両親への愛、カナリアとの友情、領民たちとの絆。そのすべてが、この世界で育んだ彼女自身の「夢」。その想いが今、形を成したのだ。

アンナは自ら名付けた『ドリームクリスタル』を、震える手でパクトの中央、鏡が砕け散って空っぽになった窪みへと、そっとはめ込んだ。


カチリ、と小さな音を立てて、ドリームクリスタルがパクトに収まる。

その瞬間、光が爆発した。


砕けていたはずのパクトから、凄まじい光の奔流が溢れ出し、アンナの全身を包み込む。

「きゃあ!」

思わず目を閉じるほどの眩しさ。光の中で、アンナの体は劇的な変化を遂げていた。夜明けの空のようだった薄紅色の髪は、影を帯びた鮮烈なダークピンクへと染まり、瞳もまた、同じ色に輝きを増す 。両手両足には、黒鉄色の鋭角的なデザインのガントレットとブーツが瞬時に装着された。そして、顔や剥き出しの腕、足には、まるでひび割れた鏡のような、黒い紋様が走っていた 。


光が収まった時、そこに立っていたのは、もはやただの令嬢ではなかった。領地を守るための軽装鎧はそのままに、その上から闇と光の力をまとった、覚醒した戦士の姿があった。

記憶の底から、自然と言葉が湧き上がってくる。それは、彼女の真の名乗り。


「夢写し出す、無限の鏡! ミラージュティアドリーム!」


高らかに、自らの本当の名前を叫ぶ。全身に力がみなぎる。これならば、あのアントゥルーとも戦える。

だが、アンナは自分の姿を見下ろして、すぐに違和感に気づいた。


「え…? これだけ…?」


確かに髪や瞳の色は変わり、手足には強力な武具が装着された。だが、肝心の衣服は、ミラナティア家の紋章が入った軽装鎧のまま。かつて身にまとっていた、砕けた鏡を思わせる黒衣のコスチュームとは似ても似つかない 。


「そっか…鏡が、パクトが割れてるから、本当の力がまだ出せないんだ…!」


パクトの鏡部分は、依然として砕け散ったままだ。はめ込んだドリームクリスタルが、その亀裂の間からかろうじて光を漏らしているに過ぎない。これは、あまりにも不完全な変身。


「アントゥルゥゥゥッ!!」


アンナの戸惑いを好機と見たのか、アントゥルーがバルコニーに向かって巨大な瓦礫を投げつけてきた。

「危ない!」

アンナは咄嗟に腕を交差させてガードする。ガントレットが閃光を放ち、瓦礫を粉々に砕いたが、その衝撃は凄まじく、アンナの体は大きく後方へと吹き飛ばされた。


「くっ…!」


なんとか体勢を立て直し、広場に着地する。不完全な変身とはいえ、身体能力は格段に向上している。これなら、防御だけではなく、攻撃も通じるはずだ。

アンナは地面を蹴り、弾丸のようにアントゥルーへと突進した。


「はあああっ!」


ダークピンクのオーラをまとった拳を、アントゥルーの腹部へと叩き込む。確かな手応え。アントゥルーは苦悶の声を上げ、数歩後ずさった。

(いける!)

アンナは攻撃の手を緩めない。蹴り、拳打、掌底。前世で培われた戦闘技術と、現世で育んだ身体能力が融合し、洗練された連続攻撃となってアントゥルーを襲う。

しかし、アントゥルーもまた、ダークミラーの力で強化されている。その再生能力は異常に高く、アンナが与えたダメージはすぐに回復してしまう。そして、反撃の一撃は、先ほどよりもさらに重く、速くなっていた。


「がはっ…!」


腹部に強烈な一撃を受け、アンナは壁まで吹き飛ばされる。視界が明滅し、呼吸が苦しい。

その時、アンナはパクトに目をやって、愕然とした。あれほど力強く輝いていたドリームクリスタルから、急速に光が失われているのだ。まるで、ロウソクの火が消える寸前のように、明滅を繰り返している。


(嘘…もう、力が…)


そう、この姿――『ゼロモード』は、破損したパクトで無理やり力を引き出している、極めて不安定な状態なのだ 。変身を維持できる時間は、あまりにも短い 。


焦りが、絶望へと変わっていく。

(やっぱり、私には無理なの…?!)

脳裏に、鏡の女王の冷たい声が響く。『お前に心を与えるべきではなかった』 。ラメントの嘲笑が蘇る。『所詮はニセモノ』。



そうだ、私はティアドリームのコピーとして生まれた、影の存在。本物にはなれない失敗作。自分の夢だなんて思ったこのドリームクリスタルも、結局は本物の模倣品に過ぎないのかもしれない。そんな私が、本物の悪意から生まれた怪物を浄化できるはずが――


「アンナ様ーっ!」


その声に、アンナはハッとした。声の主は、衛兵に守られながらも、必死にこちらを見つめる町のパン屋の主人だった。


「頑張ってください、アンナ様!」

「あなたなら勝てます!」

「俺たちの姫様を信じてるぞ!」


一人、また一人と、町の人々が声援を送り始めた。それは、恐怖に打ち勝ち、自分たちのためにたった一人で戦う少女を、心から応援する声だった。

バルコニーからは、父ゴードンと母リアナの「アンナーっ!」と叫ぶ声も聞こえる。


みんなの声が、光となってアンナの心に降り注ぐ。

(違う…)

アンナは、ゆっくりと立ち上がった。

(私は、もう失敗作なんかじゃない。コピーでも、ニセモノでもない)

鏡の女王に生み出されたミラージュティアドリームとしての過去は、消えない。でも、今の自分は、それだけじゃない。


「そうだ。私はもう…鏡の中の幻じゃない!」


アンナは、自分を縛り付けていた過去の呪いを、振り払うように叫んだ。


「私は…アンナ・ミラナティアだーっ!」


それは、二つの世界の、二つの名前を持つ少女が、ついに本当の自分を見つけた瞬間の雄叫びだった。

その叫びと共に、消えかけていたドリームクリスタルが、最後の輝きを放って燃え上がった。アンナの全身から、凄まじいオーラが立ち上る。

アントゥルーが、その気迫に一瞬怯んだ。その隙を、アンナは見逃さない。


「うおおおおおっ!」


アンナは、常識では考えられない力でアントゥルーの巨体を担ぎ上げると、広場の噴水に向かって、力任せに投げ飛ばした。

ズシャアアンッ!という轟音と共に、アントゥルーが噴水に叩きつけられ、巨大な水しぶきが上がる。

一瞬の、無防備な時間ができた。

(今しかない!)


アンナは最後の力を振り絞り、右の拳に全エネルギーを集中させる。ガントレットがまばゆい浄化の光を放ち、その輝きは、もはや闇の色ではなく、夜明けの空を思わせる、希望に満ちた薄紅色をしていた。それは、ミラージュティアドリームの力と、アンナ・ミラナティアの心が完全に一つになった証。


「受けなさい! これが、私の…私たちの夢の力よ!」


アンナは、光り輝く拳を構え、必殺の技の名を叫んだ。


「ミラージュ・アモーレ・コメットォォッ!!」


彗星コメットの名を冠した光の拳は、閃光となってアントゥルーへと突き進む。

それは、ただの破壊の力ではない。負の感情を浄化し、囚われた心を解き放つ、アモーレの光 。


拳は、アントゥルーの胸の中心、ダークミラーが埋め込まれた場所に、的確に吸い込まれていった。

「アントゥルゥゥゥ……ッ!?」

怪物の断末魔が、浄化の光の中に溶けていく。そのおぞましい体は、黒い粒子となって崩壊し、その奥から、黒い鏡片が姿を現した。鏡片には無数のひびが入り、やがてパリンと音を立てて砕け散り、光の中に消滅した。


光が収まった後には、噴水の中で気を失っている、一人の少女の姿があった。所々服は破れているが、それは紛れもなく、アンナの親友、カナリア・リバーホームだった。


「…やった…」


アンナは、その場に膝から崩れ落ちた。変身が解け、髪と瞳は元の色に戻り、ガントレットも消え失せていた。ドリームクリスタルが収まったパクトが、ことりと手から滑り落ちる。全身の力が抜けきって、指一本動かすのも億劫だった。


静寂が広場を包み、やがて、割れんばかりの歓声へと変わった。

人々が駆け寄り、アンナの名前を呼んでいる。両親が、涙ながらに彼女を抱きしめている。

薄れゆく意識の中で、アンナは噴水の中で身じろぎしたカナリアの姿を認め、安堵の笑みを浮かべるのだった。

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