27話『閃け!ミラージュ・ドリームミーティア!』
「パクトよ! この思いに…ただ一人の友を救わんとする、この誇りに応えなさい! チェンジ・ミラージュ!!」
光の奔流がブリジットの全身を包み込み、その姿を気高き戦士へと変えていく。白を基調とした騎士の甲冑を思わせる戦闘服、背中に広がる光の翼 。
「天翔ける、気高き翼! ミラージュティアウィング!!」
続いて、カナリアもまた、胸に抱いた銀色のパクトに祈りを込める 。
「お願いします…! アンナ様を助けたいんです! この臆病だった私に、戦う勇気をくれた、大切な人を…! チェンジ・ミラージュ!!」
カナリアの心の叫びに呼応し、パクトは温かい奇跡の光を放った。紫と白を基調とした優美な衣がその身を包み、手には紫水晶の杖が握られる 。
「奇跡の光で、愛を紡ぐ! ミラージュティアミラクル!!」
黄金の戦士と奇跡の戦士。二人の魔法少女が、友を救うために並び立つ。
ウィングはミラージュブレイカーを構え、その切っ先をアンナが消えた鏡の床へと向けた。ミラクルはその柄頭にそっと手を添え、自らの魔力を注ぎ込み始める。
ウィングの瞳に、アンナと初めてギルドで出会った時の光景が蘇る 。無謀で、世間知らずで、それでいて、どこまでも真っ直ぐな瞳をしていた少女 。その瞳に、いつしか自分が救われていたことを、彼女は知っていた。
(ふざけないでちょうだい、アンナ! あなたが失敗作ですって? 冗談も大概になさい! あなたは、誰よりも強くて、優しくて…わたくしが、このわたくしが認めた、たった一人の好敵手であり…仲間なのですから!)
ミラクルの脳裏には、いつも自分を庇ってくれた幼いアンナの姿が浮かんでいた 。どんな時も、その小さな背中で自分を守ってくれた 。今度は、自分がその背中を守る番なのだ。
(アンナ様! 聞こえますか! 私はもう、守られるだけの私じゃありません! あなたがくれたこの勇気で、今度は私があなたを守ります! だから、独りだなんて思わないでください! 私たちが、ついています!)
二人の魂からの叫びが、黄金と奇跡の光となってミラージュブレイカーへと注ぎ込まれていく。白銀の魔道具は二色の光を螺旋状に束ね、凄まじいエネルギーを蓄えていった。
「今よ!」
「届けーーーっ!!」
ウィングがミラージュブレイカーを鏡の床へと突き立てる。眩い閃光が走り、二人の「想い」は物理的な力となって、アンナが囚われた鏡の深淵へと撃ち込まれた。
闇の底で、アンナの意識は消滅の寸前にあった。女王の声が、子守唄のように魂を無へと誘う。もう、どうでもよかった。
その、時だった。
どこか遠くで、自分を呼ぶ声がした。
温かい、光。
『――しっかりなさい、アンナ!』
力強く、少し不器用で、でも、どこまでも誇り高い声。
『――アンナ様! 聞こえますか!』
優しくて、ひたむきで、芯の強さを感じさせる声。
闇に閉ざされたアンナの心象世界に、二筋の光が差し込んだ。それは、鏡の女王が囁く呪いの言葉をいともたやすくかき消していく。
「ブリジット…? カナリア…?」
『あなたが失敗作ですって? 冗談も大概になさい!』
ウィングの力強い声が、女王の呪縛に亀裂を入れる。
『アンナ様は一人じゃありません! 私たちが、ついています!』
ミラクルの温かい声が、その亀裂から差し込み、凍てついたアンナの心を溶かしていく。
そうだ。私は、もう失敗作なんかじゃない。コピーでも、ニセモノでもない 。
鏡の女王に生み出されたミラージュティアドリームとしての過去は消えない。でも、今の自分は、それだけじゃない 。この世界で、父様と母様に愛され、領民たちに慕われ、そして、かけがえのない仲間たちと出会った 。
「私は…」
アンナの瞳に、再び光が宿る。
「私は、ミラージュティアドリームであり――アンナ・ミラナティアだ!」
それは、二つの世界の、二つの名前を持つ少女が、ついに本当の自分を見つけた瞬間の雄叫びだった 。
その魂の叫びに呼応するように、現実世界から放たれた光の奔流が、アンナの目の前で形を成した。白銀に輝く『ミラージュブレイカー』が、彼女を迎えに来たのだ。
アンナは、迷うことなくその手を伸ばし、ミラージュブレイカーを強く、強く握りしめた。
「もう、あなたの思い通りにはさせない…!」
アンナはミラージュブレイカーを掲げる。その切っ先から放たれた光が、彼女を閉じ込めていた心の闇を、悪夢の世界そのものを、内側から切り裂いていく。
現実世界では、ウィングとミラクルが固唾をのんで鏡の床を見守っていた。すると、二人の想いが届いた証のように、鏡面がまばゆい光を放ち始めた。
ミシリ、と鏡に無数の亀裂が走る。
パリン、パリン、と澄んだ音が連続し、ついに、アンナを飲み込んだ鏡の床が、光の粒子となって砕け散った。
そして、光の奔流の中から、一人の少女がゆっくりと姿を現す。
夜明けの空のような薄紅色の髪に、澄み切ったアズールブルーの瞳 。その手にはミラージュブレイカーが握られ、その瞳には、どんな闇にも屈しない、絶対的な戦士の光が宿っていた。
「二人とも…ありがとう」
アンナ・ミラナティアが、絶望の淵から、今、帰還した。
「二人とも…ありがとう」
絶望の淵から帰還したアンナ・ミラナティア。その声は、もはや闇に囚われたか弱い少女のものではなかった。ミラージュブレイカーを手に、どんな闇にも屈しない絶対的な戦士の光をその瞳に宿している。
「アンナ様!」「アンナ!」
ブリジットとカナリアが、涙ながらに駆け寄ろうとする。だが、アンナはそれを手で制した。まだ、戦いは終わっていない。神殿全体が、まるで生き物のように不気味な脈動を始めたのだ。
「…来るわ!」
アンナが叫んだ瞬間、神殿の壁という壁、天井、そして床までもが、禍々しい黒い瘴気を放ち始めた。ダークミラーの邪悪な力に完全に汚染された『鏡の試練』そのものが暴走し、形を成そうとしているのだ。
「ククク…アアアアア…!」
無数の声が重なり合ったような、おぞましい笑い声が響き渡る。鏡の破片が寄り集まり、女神像を核として、一つの巨大な怪物へと変貌していく。それは、アンナたち三人がそれぞれ打ち破ったはずの、心の闇の具現。鏡の女王の冷酷さ、幼き日のブリジットの無力さ、そしてアントゥルーと化したカナリアの絶望。そのすべてが溶け合い、より歪で、より強大な悪意の集合体として再構成されていく。
やがて、神殿そのものが一つの巨大なアントゥルーと化した。それはもはや特定の形を持たず、ただただ、見る者の心を絶望に染め上げるためだけに存在する、悪夢の化身だった。
「アントゥルーゥゥゥゥッ!!」
神殿を揺るがす咆哮。しかし、アンナの心はもう揺らがなかった。彼女はミラージュブレイカーを構えると、大切な二人の仲間へと向き直り、不敵な笑みを浮かべた。
「さあ、始めましょうか。私たちの本当の力を、見せてあげる番よ」
その言葉に、アンナはまだ変身していなかったことに気づく。だが、迷いはなかった。闇を克服し、本当の自分を受け入れた今、彼女の変身は、かつてないほどの輝きを放つことになる。
「チェンジ・ミラージュ!!」
アンナの魂からの叫びに呼応し、胸のドリームクリスタルがまばゆい光を放つ。その光はもはや不完全なゼロモードのものではない。砕けていたミラージュパクトの亀裂が、アンナの心の成長と共に完全に修復され、滑らかな鏡面を取り戻していたのだ。
光の奔流がアンナの全身を包み込み、その姿を真の戦士へと変えていく。黒を基調とした、砕けた鏡を思わせる鋭角的なデザインのコスチューム。影を帯びていたダークピンクの髪と瞳は、闇を受け入れた証として、さらに深い輝きを増していた。
「夢写し出す、無限の鏡! ミラージュティアドリーム!」
完全覚醒を遂げたミラージュティアドリームが、今、ここに降臨した。その隣には、黄金の戦士ミラージュティアウィングと、奇跡の戦士ミラージュティアミラクルが並び立つ。三人の魔法少女が、初めてここに揃い踏んだのだ。
「行くわよ!」
ドリームの号令一下、三人は完璧な連携で散開した。
「今度は、私たちの番よ!」
ウィングとミラクルが、復活したドリームの隣に並び立つ。三人の魔法少女が、初めてここに揃い踏んだ。
「これまでのお返し、させてもらいますわ!」
戦況は完全に逆転していた。
神殿アントゥルーが、鏡の壁から無数の黒い手を伸ばし、三人を捕らえようとする。それは、アンナを鏡の底へ引きずり込んだ悪夢の再現。だが、今の彼女たちには通用しない。
「天翔ける翼に、その汚れた手で触れられると思うて?」
ウィングが背中の光の翼を広げ、優雅に宙を舞う。彼女の放つ黄金の斬撃『シルフの舞・天翔』が、伸びてくる黒い手を次々を切り裂いていく。
「もう、幻になど惑わされません!」
ミラクルもまた、杖から放つ光の障壁『プロテクションウォール・プラス』で黒い手を弾き返す。その瞳には、かつての怯えは微塵もなかった。
アントゥルーは目標をドリームに変え、心の弱さを抉る幻影の光線を放つ。鏡の女王の姿、ラメントの嘲笑、グリーヴァの暴力。だが、ドリームはそれを真っ向から睨みつけた。
「そんなもので、今の私が止まると思うな!」
彼女は幻影をものともせず、弾丸のようにアントゥルーの懐へと突進する。その拳には、仲間を、そして自分自身を信じる力が満ち溢れていた。
「これまで散々、私たちの心を弄んでくれたわね!」
ウィングが叫び、アントゥルーの動きを封じるかのように、無数の黄金の羽を放つ。
「人の心を玩具にするようなやり方、絶対に許しません!」
ミラクルもまた、杖から放つ光の鞭で、怪物の巨体を縛り上げた。
三人の完璧な連携攻撃が、これまで苦しめられた鬱憤を晴らすかのようにアントゥルーを猛攻し、瞬く間に追い詰めていく。その姿は、まさしく一心同体。言葉を交わさずとも、互いが何をすべきかを完璧に理解していた。
「とどめよ、二人とも!」
ドリームが、アンナの姿で手に入れたミラージュブレイカーを天に掲げた。それは、もはやキルケの発明品というだけではない。三人の絆の象徴であり、新たな力を生み出すための奇跡の杖となっていた。
ドリームの呼びかけに、ウィングとミラクルが応える。二人はドリームの元へと飛翔し、ミラージュブレイカーの柄に、それぞれの手を重ねた。
「わたくしの誇りを、この一撃に!」
ウィングの体から、気高き黄金の光が立ち上る。
「私の愛を、すべての光に変えて!」
ミラクルの全身から、優しき奇跡の光が溢れ出す。
そして、ドリームが叫ぶ。
「私の夢を、未来へ繋ぐために!」
彼女の魂から、どんな闇をも照らす希望の光が迸った。
誇り(ウィング)と、愛と、夢。
三人の魂の輝きがミラージュブレイカーへと注ぎ込まれ、一つになる。白銀の魔道具は凄まじい光を放ち、その切っ先には、星々を集めたかのような、巨大な光の流星が形成されていった。
「これが私たちの絆の力!」
三人は、声を一つに重ね、その新たなる必殺技の名を叫んだ。
「「「ミラージュ・ドリームミーティア!!」」」
三人の夢と愛と誇りが一つになった光の流星が、神殿アントゥルーへと放たれる。それは、悪夢の化身を撃ち砕くだけではない。囚われた魂を浄化し、歪められた試練をあるべき姿に戻す、救済の光。
光の奔流に飲み込まれたアントゥルーは、断末魔の叫びを上げる間もなく、その巨体を構成していた黒い瘴気が払われていく。禍々しい鏡の壁は、本来の透き通るような水晶の輝きを取り戻し、核となっていた女神像もまた、その涙の跡を消して、穏やかな微笑みを浮かべていた。
やがて、浄化の光が収まった時、神殿は本来の穏やかで神聖な輝きを取り戻していた。戦いを終え、変身を解いたアンナ、ブリジット、カナリアの三人は、互いに支え合いながら、そこに立っていた。
「…終わったのね」
「はい…私たちの、勝ちです!」
「ええ。当然の結果ですわ」
三人は互いの顔を見合わせ、満身創痍ながらも、達成感に満ちた笑みを浮かべた。その三人の間には、もはやどんな闇にも揺るがない、絶対的な絆が確かに結ばれていたのだった。
「ふむ! 見事、見事! いやはや、ワシの計算を遥かに超える、最高のデータが取れたわい!」
いつの間にか物陰から現れたキルケが、興奮冷めやらぬ様子で分厚いノートに何やら書きつけながら、三人に駆け寄ってくる。その顔は、子供のようないたずらっぽい笑顔だった。
こうして、心に巣食う最大の闇を乗り越え、真のチームとして覚醒した『ミラージュアモーレ』。
彼女たちの奇跡と愛の物語は、まだ始まったばかりだ。




