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転生令嬢冒険者は元・ニセモノ魔法少女!  作者: 軟膏
第五章『ミラー・ミラー』
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26話『届け!ミラージュブレイカー!』

「それでこそ、ミラージュアモーレじゃ!」


キルケの檄が、静まり返った神殿に響き渡る。その言葉を合図に、カナリアとブリジットは覚悟を決めた顔で互いに頷き合うと、それぞれのパクトを天に掲げた。アンナを、たった一人の、かけがえのない仲間を、絶望の闇から救い出すために。


「チェンジ・ミラージュ!!」


二人の魂からの叫びが、一つに重なった。

カナリアの体は、慈愛に満ちた奇跡の光に包まれる。紫と白を基調とした優雅な戦闘服をまとい、その手には紫水晶の杖が握られる。

「奇跡の光で、愛を紡ぐ! ミラージュティアミラクル!」


ブリジットの体は、気高き誇りの黄金の光に包まれる。白と金を基調とした騎士の甲冑を思わせる戦闘服をまとい、背中には光り輝く翼が広がる。

「天翔ける、気高き翼! ミラージュティアウィング!」


二人の魔法少女が、アンナを飲み込んだ鏡の床を挟んで対峙する。その瞳には、もう涙も絶望の色もない。友を救うという、ただ一つの目的のために燃え上がる、不退転の決意の炎だけがあった。


「行くわよ、ミラクル!」

「はい、ウィング!」


ウィングは、キルケから手渡された白銀の魔道具『ミラージュブレイカー』を、レイピアのように鋭く構えた。ミラクルは、その切っ先に向かって、自らの杖を向ける。作戦は、キルケが示した通り。ウィングの強い意志を『刃』とし、ミラクルの優しい奇跡の力を『道』として、二人の想いを束ね、アンナの心へと撃ち込むのだ。


「おおおおおおおおっ!!」


ウィングが雄叫びを上げる。彼女の全身から、スヴァンフルート家の誇りと、仲間への愛を体現した黄金のオーラが、奔流となって立ち上った。その力は、ミラージュブレイカーの柄に施された翼の装飾に吸い込まれ、魔道具全体を黄金色に染め上げていく。


「届け、私の想い! アンナ様のもとへ!」


ミラクルもまた、全身全霊で祈りを込める。彼女の体から溢れ出した、仲間を想う純粋な心が、紫と白の入り混じった優しい光のオーラとなって立ち上る。その光は、ウィングが黄金に染め上げたミラージュブレイカーの剣身を包み込み、螺旋を描くように絡みついていった。


黄金の誇りと、奇跡の優しさ。二つの相反するようで、しかし根源では固く結ばれた想いが、一本の魔道具の中で融合し、増幅されていく。ミラージュブレイカーは、もはやただの銀の杖ではなかった。天を衝くほどの凄まじい光の柱と化し、その輝きは神殿全体を昼間のように照らし出した。


「今よ!」

「はい!」


二人の呼吸が、完璧に一つになる。

ウィングは、光り輝く刃と化したミラージュブレイカーを、アンナが消えた鏡の床の中心へと、渾身の力を込めて突き立てた。


「行けぇぇぇぇぇぇっ!!」


ズガアアアアアアアンッ!!!


凄まじい轟音と閃光。突き立てられたミラージュブレイカーは、しかし、硬質な鏡の床を破壊することはなかった。まるで、水面に落ちた石が波紋を広げるように、鏡の床はその光の刃を静かに受け入れると、ずぶずぶと、その内部へと吸い込んでいったのだ。


やがて、まばゆい光は完全に鏡の闇の中へと消える。後に残されたのは、静寂と、中心で微かな光を明滅させながら、まるで心臓のように脈動する鏡の床だけだった。


「…行った…」

「私たちの想い、アンナ様に…」


力のすべてを注ぎ込んだ二人は、変身を解かれ、その場に膝から崩れ落ちた。ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しながら、ただ祈るように、鏡の床を見つめることしかできない。


「…よし。あとは、あやつを信じるのみじゃ」


キルケが、固唾を飲んでその光景を見守っていた。

二人の想いは、確かに闇を貫いた。だが、囚われた心を解き放ち、自らの足で光の中へと帰ってくることができるかどうかは、アンナ自身の心の強さにかかっている。

仲間たちの決死の想いは、果たして、闇の底に沈んだ少女の魂に届くのだろうか。


どこまでも続く、無。

アンナの意識は、もはや思考することを放棄していた。鏡の女王の囁きは、いつしか自分の心の声と一体化し、自分自身を否定する呪いとなって、その魂を蝕んでいた。


(私は、失敗作…)

(私は、ニセモノ…)

(私は、ここにいてはいけない…)


どんよりとした闇が、霧のようにまとわりついてくる。それは心地よく、抗いがたい眠気のように、彼女の意識を永遠の眠りへと誘う。もういい。このまま、消えてしまおう。そう、諦めかけた、その時だった。


ふと、アンナの心の中に、一つの温かい光景が蘇った。


それは、まだ彼女が幼かった頃の記憶。

『アンナ、すごいじゃないか! もう馬に乗れるようになったのか!』

父、ゴードンが、満面の笑みで自分の頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。貴族の令嬢としての淑やかな乗り方ではなく、牧童のように馬と一体になって野原を駆け回る自分を、父は一度も叱らなかった。ただ、誇らしげに、嬉しそうに笑ってくれていた。


『アンナ、お勉強、お疲れ様。これは内緒よ?』

母、リアナが、厳しい家庭教師の目を盗んで、焼きたてのクッキーを部屋に持ってきてくれる。いたずらっぽく笑う母の顔。クッキーの甘い香り。


『アンナ様ーっ! またそんな無茶をして!』

暴れ馬を止めた日。心配で泣きそうになりながらも、自分の無事を何よりも喜んでくれた、親友の顔。


『私たちの姫様を信じてるぞ!』

アントゥルーと戦った日。恐怖に震えながらも、自分を信じ、声援を送ってくれた、領民たちの温かい声。


それは、ミラージュティアドリームとしてではない。

アンナ・ミラナティアとして生きた、十三年間の、かけがえのない日常の記憶。

それは、決して借り物などではない。この世界で、自分の足で歩み、自分の心で感じてきた、紛れもない『本物』の思い出だった。


(…違う…)


闇に沈みかけていたアンナの意識が、ぴくりと動いた。


(私は…ニセモノなんかじゃない…!)


『何を言う。それはすべて、まやかしだ。お前という存在がなければ、得ることもなかった、偽りの幸福』


鏡の女王の声が、その小さな希望の光を消し去ろうと、さらに強く響き渡る。


(だとしても…!)


アンナの心の中で、叫び声が上がる。


(だとしても、この温かい気持ちは、本物だ! 父様と母様がくれた愛情も、カナリアとブリジットと育んだ友情も、みんながくれた信頼も! 全部、私の胸の中にある、本物の宝物なんだ!)


そうだ、私はミラージュティアドリームだ。それは、消せない事実。

でも、私はアンナ・ミラナティアでもある。それもまた、揺るがしようのない、もう一つの真実。

二つの自分がいて、今の私がいる。どちらか一つだけが本物で、どちらかがニセモノだなんて、誰にも決めさせない。


「私は…私だ!!」


アンナは、心の底から叫んだ。闇の中でもがき、必死に光を求めようとする。

しかし、まとわりつく闇はあまりにも濃く、そして重い。女王の呪いは、そう簡単には解けない。もがけばもがくほど、闇はさらに深く、彼女を絶望の底へと引きずり込んでいく。


(だめ…やっぱり、一人じゃ…)


せっかく取り戻しかけた光が、再び闇に覆い尽くされようとしていた。自分の非力さに、心が折れそうになる。もう一度、諦めの感情が心を支配しかけた、その瞬間。


『アンナ!』

『アンナ様!』


どこからか、声が聞こえた。

それは、闇を切り裂く、一筋の光だった。

ハッとして顔を上げると、果てしなく続く暗闇の、遥か頭上に、小さな、しかし力強い光の点が灯っていた。


『一人で悩むな、この馬鹿者!』

『私たちは、ずっとここにいます! あなたの側に!』


間違いない。ブリジットの声だ。カナリアの声だ。

二人の声は、光の奔流となって、アンナの心へと降り注ぐ。それは、ただの声ではない。仲間を想う、温かく、そして力強い想いそのものだった。


『無駄だ。仲間ごっこの声など、この深淵には届かん』

鏡の女王の声が、それを遮ろうとする。


だが、二人の想いは、そんな呪いをものともしなかった。

光は、闇をこじ開けるようにして、アンナの目の前まで届く。そして、その光の中心で、白銀に輝く一本の剣が、静かに浮かび上がった。

ミラージュブレイカー。

その剣からは、二人の感情が、痛いほどに伝わってくる。


ブリジットの、不器用だけど、誰よりも仲間を想う、気高い誇りの光。

カナリアの、どこまでも優しく、そして決して諦めない、奇跡を信じる心の光。


「ブリジット…カナリア…」


アンナの瞳から、涙が溢れた。それは、絶望の涙ではない。自分が一人ではなかったことへの、感謝と喜びの涙だった。

そうだ、私は一人じゃなかった。いつだって、この二人が側にいてくれた。私が私でいられるのは、この二人のおかげなんだ。


『…消えろ、失敗作。光と共に、消え去るがいい』


鏡の女王の声が、最後の抵抗とばかりに響き渡る。

だが、もうアンナの心には届かない。


「黙れ、ニセモノの女王」


アンナは、静かに、しかし絶対的な意志を持って呟いた。


「本物の愛と、絆の力を知らない、あなたこそが、ニセモノよ」


彼女は、闇の中で、光り輝くミラージュブレイカーへと、無我夢中で手を伸ばした。重く、冷たい闇が、その腕にまとわりついてくる。だが、今の彼女を止めることは、もう誰にもできない。


指先が、光に触れる。

温かい。

これこそが、私の、私たちの光。


アンナは、ミラージュブレイカーの柄を、力強く、確かに握りしめた。


その瞬間、光が爆発した。

アンナの体を縛り付けていた闇は、太陽の光を浴びた霧のように、一瞬にして消し飛ぶ。

世界が、白く染まっていく。

そして、アンナの意識は、温かい光に導かれ、現実世界へと、急速に浮上していくのだった。

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