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転生令嬢冒険者は元・ニセモノ魔法少女!  作者: 軟膏
第五章『ミラー・ミラー』
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23話『鏡の神殿』

キルケが一行に手渡した古びた地図。それは単なる道案内ではなく、遺跡に関する王立魔法研究院の調査報告書も兼ねていた。出発の準備を進める馬車の中で、ブリジットがその報告書を読み上げる。


「…『黄昏の遺跡』の正式名称は『鏡の神殿』。遥か昔、この地に存在した聖教団の聖地であったと記録に残されていますわ。そして、その教団が奉っていたのが…『涙の聖女』と呼ばれる存在、ですって」


「涙の聖女…」


アンナは、窓の外を流れる景色から視線を戻し、その名前を小さく繰り返した。なぜだろう。その言葉の響きに、胸の奥が締め付けられるような、懐かしくも悲しい感覚を覚える。前世で、自らがティアドリームを庇って光に消える間際、彼女が流した涙。自分の名前の一部である『ティア』。そのすべてが、この『涙の聖女』という言葉に繋がっているような気がしてならなかった。


「その聖女様は、どんな方だったんでしょうか…」


カナリアが、興味深そうに身を乗り出す。


「さあ…そこまでは書かれていませんわね。ただ、時代の流れと共にその信仰は失われ、教団も解体。今では忘れ去られた旧聖地となり、所有権は国に移って、王立魔法研究院の研究実験場として時折使われている…とありますわ」


「ふーん…」


アンナは再び窓の外に視線を向けた。答えの出ない思索に、胸のざわめきは増していく。


そうこうしている内に、馬車は目的地である『鏡の神殿』へと到着した。

目の前に広がる光景に、三人は息を呑む。旧聖地という言葉から想像されるような、寂れた廃墟ではなかった。

風雨に晒され、蔦が絡みついてはいるものの、神殿そのものは崩れることなく、厳然とそこに存在していた。全体が、磨き上げられた黒曜石や、所々に水晶のような素材で作られており、空の光を鈍く、そして神秘的に反射している。巨大な観音開きの扉には、両目から大粒の涙を流す、美しい女神のレリーフが精巧に彫り込まれていた。

それは、長い年月の重みを感じさせながらも、今なお失われない神聖さと、見る者を畏怖させるような静謐な雰囲気を同時に纏っていた。


「ここが…鏡の神殿…」

「なんて…荘厳な場所なのでしょう…」


アンナとカナリアがその異様な迫力に圧倒される中、ブリジットは冷静に周囲を観察し、警戒を怠らない。


「ダークイマージュの気配は感じられませんわね。ですが、油断は禁物です。キルケちゃんの言う通り、この奥に何が潜んでいるか分かりませんから」


三人は互いに頷き合うと、意を決して、女神が涙する巨大な扉へと手をかけた。驚くほど滑らかに開いた扉の先には、どこまでも続くかのような、広大な回廊が広がっていた。


神殿の内部は、外観以上に異様だった。壁という壁、天井、そして床までもが、継ぎ目のない一枚の鏡のような素材で作られていたのだ。三人の姿が、あらゆる角度から無限に映し出され、平衡感覚がおかしくなりそうだった。


「うわ…目が回りそう…」

「なんだか、ずっと見られているような、嫌な感じがしますわ…」


アンナとブリジットが警戒を強める。カナリアはただただ落ち着かない様子で、きょろきょろと周囲を見回した。

回廊を進んでいくと、やがて巨大なドーム状の広間に出た。その中央には、神殿の扉にあったのと同じ、涙を流す女神の巨大な像が鎮座している。そして、周囲の鏡の壁には、壁画のように、かつての光景が映し出されていた。

それは、純白の衣をまとった信者たちが、涙の聖女に祈りを捧げ、その教えを説いている様子だった。しかし、奇妙なことに、どの壁画に描かれた聖女も、その顔だけがのっぺらぼうのようにぼかされていて、表情を窺い知ることはできない。


「まるで、誰かが意図的に顔を隠しているかのようですわね…」


ブリジットが壁画に近づき、その不可解な点に眉をひそめた、その時だった。


「…え?」


カナリアが、小さな悲鳴を上げた。彼女の視線は、自分を映しているはずの、すぐ隣の鏡の壁に向けられている。


「どうしたの、カナリア?」


アンナが振り返ると、カナリアは青ざめた顔で、震える指を鏡に向けた。


「わ、私の…私の後ろに…誰か…」


アンナとブリジットも、はっとしてそれぞれの背後にある鏡を見る。

そこには、自分たちの姿は映っていた。だが、その背後、ぴたりと寄り添うようにして、いるはずのない『誰か』の姿が、確かに映り込んでいたのだ。


それは、まるで心の奥底を覗き込み、最も見たくない姿を形にしたかのような、おぞましい影だった。

アンナの背後には、冷酷な瞳で彼女を見下ろす『鏡の女王』の幻影が。

ブリジットの背後には、母の亡骸の前で立ちすくむ、無力だった幼い頃の自分の姿が。

そしてカナリアの背後には、アントゥルーに変えられ、苦悶に顔を歪める、あの悪夢の光景が。


「なっ…これは、一体…!?」


三人が動揺する中、鏡の中の影が、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。そして、水面から滲み出すように、ゆっくりと、しかし確実に、鏡の中から現実世界へと這い出してくる。


「幻覚…!? いえ、違う! 魔力を持った実体ですわ!」


ブリジットが叫び、レイピアを抜き放つ。アンナとカナリアも、咄嗟にパクトを構えた。

忘れ去られた聖地は、侵入者の心の弱さを映し出し、それを悪夢として具現化させる、恐ろしい試練の場だったのだ。

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