11話『結成!ミラージュアモーレ!』
夕暮れの陽光が、王都フォーギヴンの石畳を橙色に染め上げていた。一日の喧騒が終わりを告げ、家路につく人々の穏やかなざわめきが街を包む頃、冒険者ギルドの重厚な扉が、ギイ、と軋む音を立てて開かれた。
中にいた冒険者たちが、何事かと一斉に入り口に視線を向ける。そして、次の瞬間、誰もが言葉を失った。
そこに立っていたのは、今朝方、無謀なクエストへと向かった三人の少女だった。
しかし、その姿は出発の時とは似ても似つかない。アンナのポニーテールは乱れ、服のあちこちが破れて泥にまみれている。ブリジットが誇りにしていた美術品のような鎧には無数の傷がつき、輝きを失っていた。カナリアのメイド服もまた、見るも無惨な有様だ。三人は疲れ果て、互いの肩を借りるようにして、やっと立っているのがやっとのようだった。
そして、何よりも冒険者たちの目を引いたのは、アンナとブリジットが二人で肩に担いでいる、気を失った一人の男の姿だった。その男が、依頼書にあった「行方不明の村人」であることは、誰の目にも明らかだった。
ギルド内が一瞬、水を打ったように静まり返る。やがて、誰かが呆然と呟いた。
「おい……マジかよ。あれは、Cランククエストに行った嬢ちゃんたちじゃねえか……」
「馬鹿な……生きて帰ってきただけでも奇跡だぞ……? しかも、なんだ? あの男は……」
「まさか……討伐しただけじゃなく、囚われていた村人まで救い出したってのか……?」
ひそひそとした囁きが、徐々に驚愕のどよめきへと変わっていく。朝方、彼女たちを嘲笑していた者たちも、その信じがたい光景を前に、ただただ絶句していた。
その時、事務所の奥から、杖の音を響かせてフェルディナンドが現れた。彼は三人のボロボロの姿と、担がれている村人をひと目見るなり、すべてを察した。その百戦錬磨の顔に、驚きと、深い満足の色が浮かぶ。
彼はゆっくりと、しかし力強く、拍手を始めた。
パチ……パチ……。
最初は、ギルドマスター一人のものだった拍手。しかし、それが合図であったかのように、一人の屈強な戦士が、そしてまた一人と、三人を称える拍手の輪が、波のようにギルド全体へと広がっていった。
やがて、それは万雷の拍手喝采となった。
「すげえ! よくやったぞ、嬢ちゃんたち!」
「まさか本当にやり遂げるとはな! 見直したぜ!」
「俺たちの代わりに、よくぞあの厄介な依頼を片付けてくれた!」
嘲笑は、今や心からの賞賛と尊敬に変わっていた。
突然の喝采に、三人は目を丸くする。アンナは、すぐに状況を理解すると、はにかみながらも嬉しそうにぺこりと頭を下げた。カナリアは、あまりの出来事に感極まったのか、その目にみるみる涙を浮かべている。
そしてブリジットは、戸惑いながらも、必死で平静を装っていた。だが、その頬が誇らしげに紅潮し、口元が微かに緩んでいるのを、アンナは見逃さなかった。
拍手が鳴りやむと、フェルディナンドが三人の前に進み出た。その眼差しは、父のように温かい。
「報告は不要だ。君たちのその姿が、何よりも雄弁に結果を物語っている」
彼はそう言うと、ギルド職員に村人を預けるよう指示した。
「君たちは、レッサードラゴンを討伐しただけではない。ダークイマージュの幹部と相対し、アントゥルーを打ち破り、囚われた市民の命を救った。この功績は、Cランククエストの達成などという枠には到底収まらん。絶大だ」
フェルディナンドは厳かに宣言すると、受付カウンターから二つの真新しいギルドバッジを取り出した。それは、石でできた粗末なものではない。ずっしりとした重みを持つ、アイアン(鉄)でできたCランクのバッジだった。
「アンナ・ミラナティア、カナリア・リバーホーム。本日付で、両名を特例としてCランク冒険者と認定する。受け取りたまえ」
「えっ……!?」
「わ、私まで……!?」
アンナとカナリアは、信じられないといった表情で顔を見合わせる。そして、恐る恐る、その鉄のバッジを受け取った。自分たちの力が、ギルドに認められた証だった。
続いて、フェルディナンドはブリジットに向き直った。
「ブリジット・スヴァンフルート。君の的確な判断と、仲間を思う勇気がなければ、この結果はなかっただろう。君の功績もまた、素晴らしいものだった」
彼は、もう一つのCランクバッジをブリジットに差し出した。
「よって、君も本日付でDランクからCランクへの昇格を認める」
「わ、わたくしが……Cランクに……」
ブリジットは、呆然と差し出されたバッジを見つめていた。目標としていたランクへの、あまりにも早い到達。それが、自分一人の力ではなく、この風変わりな仲間たちと共に勝ち取ったものであることに、彼女は複雑な、それでいて心地よい感情を覚えていた。
三人が、同じランクのバッジを手に、改めて顔を見合わせる。その瞬間、彼女たちの間には、身分も経験も超えた、対等な仲間としての強い絆が確かに結ばれたのだった。
フェルディナンドは、満足げにその光景に頷くと、一つ提案を持ちかけた。
「さて、ギルドマスターとして、君たちに一つ提案がある。君たちが協力してあのアントゥルーを倒したと、救助した村人からも報告を受けている。これほどの連携を見せる君たちだ。どうだろう、このまま正式なチームとして活動してみては?」
「はい! ぜひ、そうしたいです!」
アンナは、待ってましたとばかりに満面の笑みで即答した。
「わ、私も、アンナ様とブリジット様とご一緒できるなら……!」
カナリアも、頬を染めながら力強く頷く。
そして、全員の視線が、自然とブリジットへと集まった。彼女は、ふいっとそっぽを向くと、腕を組んで鼻を鳴らした。
「……わ、わたくしと、この田舎者たちがチームですって? ご冗談でしょう! 誰が組むものですか!」
いかにも高慢な、いつものブリジットらしい返事。しかし、その声はどこか上ずっていた。
アンナとカナリアは、示し合わせたかのように、ブリジットにじりじりと詰め寄る。そして、子犬が飼い主に甘えるかのような、潤んだ瞳で彼女をじっと見つめた。
「お願い、ブリジット……」「お願いします、ブリジット様……」
「なっ……ななな、なんですの、その目は!?」
ブリジットがたじろぐ。さらに、その光景を見ていたフェルディナンドまでもが、悪戯っぽく笑うと、杖に顎を乗せ、同じように潤んだ瞳をして彼女を見つめ始めた。
「そうだぞ、ブリジット君。仲間は大切にしたまえよ?」
「ギルドマスターまで……!」
追い詰められたブリジットに、周囲の冒険者たちから「いいじゃねえか、組んでやれよ!」「よっ、ツンデレお嬢様!」「素直になれよー!」などと、温かい野次が飛ぶ。
ギルド中の視線と期待を一身に浴び、ブリジットの顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
ついに、彼女は観念したように、大きな、大きなため息をついた。
「も、もう……分かりましたわよッ!!」
ほとんどヤケクソのように叫ぶ。
「ただし、勘違いしないでくださいまし! わたくしは、あなたたちが心配だから、仕方なく! そう、仕方なくついていって差し上げるだけですわ! わたくしがついていないと、どうせまたあなたたち、無茶な依頼に突っ込んで、ギルドに迷惑をかけかねませんからね!」
早口でまくし立てるように憎まれ口を叩きながらも、その顔はどこか、とても嬉しそうだった。
こうして、新たなチームの誕生が決定した。フェルディナンドが満足げに頷く。
「うむ、決まりだな。では、君たちのチーム名を教えてもらえるかな? ギルドへの登録に必要だ」
チーム名。その言葉に、三人は顔を見合わせる。
アンナは、少し考える素振りを見せた後、二人の大切な仲間――自分を信じ、共に死線を乗り越えてくれたブリジットとカナリアの顔を、愛おしそうに交互に見つめた。
そして、満面の笑みを浮かべ、高らかに宣言した。
「私たちのチーム名は――『ミラージュアモーレ』よ!」
「ミラージュ……アモーレ……?」
ブリジットが、不思議そうにその言葉を繰り返す。
アンナは、誇らしげに胸を張って説明した。
「『ミラージュ』は、私の本当の名前の一部 。幻みたいに、みんなが不可能だと思うような奇跡を起こす力のこと ! そして、『アモーレ』は――愛!」
アンナは、自分の胸を指さした。
「仲間を想う愛、困っている人たちを守りたいっていう愛。私たちの力は、その愛から生まれるんだって、この戦いでわかったの。だから、ミラージュアモーレ! 奇跡と愛の力で、この世界を救うチームよ!」
それは、彼女の必殺技の名を冠した、このチームの在り方を完璧に示した名前だった。
「……ずいぶんと、キザな名前ですこと」
ブリジットは、呆れたようにそう言いながらも、その口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。
「素敵です……! ミラージュアモーレ……とっても、素敵です、アンナ様!」
カナリアは、瞳をキラキラと輝かせて、心からその名前を気に入ったようだった。
「ミラージュアモーレ、か。いい名前だ!」
フェルディナンドが力強く頷くと、ギルドの冒険者たちから、再び祝福の歓声と、盛大な拍手が巻き起こった。
令嬢戦士と、そのメイド、そして高慢な先輩剣士。
三人三様の少女たちが、一つのチームとして、大きな運命へと立ち向かう。その第一歩が、今、ここに記された。
彼女たちの冒険は、まだ始まったばかりだ。
第二章はここまでです。
お付き合いいただきありがとうございました。