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転生令嬢冒険者は元・ニセモノ魔法少女!  作者: 軟膏
第二章『結成!ミラージュアモーレ!』
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10話『仲間と一緒に!』

吹き荒れる砂塵の向こうで、禍々しい巨体を誇るアントゥルーが、破壊の衝動に満ちた咆哮を上げた。その圧倒的な威圧感を前に、ブリジットはレイピアを握る手に汗が滲むのを感じ、カナリアは恐怖で顔を青くしていた。もはや、通常の手段で勝てる相手ではない。

「二人とも、下がってて!」

アンナの凛とした声が、絶望的な空気を切り裂いた。彼女は一瞬のためらいも見せず、ブリジットとカナリアの腕を掴むと、後方の崩れた壁の陰まで二人を押しやる。

「アンナ様!?」「あなた、一人で何を!」

戸惑う二人を振り返ることなく、アンナは単身、再び荒れ地の中央へと躍り出た。その華奢な背中は、これから対峙する怪物の巨体とはあまりに対照的だった。だが、その背中には、仲間を守るという揺るぎない覚悟が満ち溢れていた。

「私が、相手よ!」

アンナはアントゥルーを真っ直ぐに見据えると、胸元から取り出した、砕けたミラージュパクトを天に掲げた。

「チェンジ・ミラージュ!」



魂からの叫び。それは、この世界を救うための、そして自らの運命を受け入れた少女の、戦いの始まりを告げる聖なる呪文。

その言葉に呼応し、アンナの胸の中心が、淡い薄紅色の光を放つ。光は、この世界で育んだ彼女自身の「夢」の結晶――『ドリームクリスタル』となって形を成し、アンナはそれをパクトの中央、砕けた鏡の窪みへと、祈るようにはめ込んだ 。



カチリ、と小さな音が響くと同時に、光が爆発した。

凄まじい光の奔流が、アンナの全身を包み込む。夜明けの空のようだった薄紅色の髪は、影を帯びた鮮烈なダークピンクへと染まり、瞳もまた、同じ色に輝きを増す。顔や剥き出しになった腕には、ひび割れた鏡のような黒い紋様が走り、両手両足には鋭角的なデザインのガントレットとブーツが装着されていく 。


それは、パクトが破損しているために完全な力を引き出せない、不完全な戦闘形態『ゼロモード』 。しかし、今の彼女が持ちうる、最大の力だった。



光が収まった時、そこに立っていたのは、決意に満ちた一人の戦士。彼女は高らかに、自らの真の名を叫んだ。

「夢写し出す、無限の鏡! ミラージュティアドリーム!」


名乗りを終えると同時に、ミラージュティアドリームは地面を蹴った。その体は弾丸のように加速し、一直線にアントゥルーへと突進する。

「はあああっ!」

ダークピンクのオーラをまとった拳を、アントゥルーの巨大な腹部へと叩き込んだ。故郷の町でアントゥルーを打ち破った時と同じ、渾身の一撃。

だが――

ガギンッ!という、金属同士がぶつかったかのような鈍い音が響いただけだった。

ミラージュティアドリームの拳は、レッサードラゴンの強靭な鱗と融合した、漆黒の外皮にやすやすと弾かれてしまったのだ。

「なっ……!?」

驚愕する彼女に、間髪入れずアントゥルーの反撃が襲いかかる。背中から生えた不気味な腕の一本が、見えないほどの速度で薙ぎ払われた。ミラージュティアドリームは咄嗟に腕を交差させてガードするが、そのあまりの衝撃に、後方へと大きく吹き飛ばされる。

なんとか体勢を立て直し、砂煙を上げて着地するが、休む暇はなかった。アントゥルーは巨体に似合わぬ俊敏さで距離を詰め、嵐のような連続攻撃を仕掛けてくる。

鋭い爪、岩をも砕く拳、鞭のようにしなる尻尾。そのすべてが、一撃必殺の威力を持っていた。ミラージュティアドリームは、それらを紙一重で避け、あるいはガントレットで受け流すだけで精一杯だった。完全に、防戦一方だった。

「ハッハッハ! どうした、失敗作! その程度か!?」

教会の屋根の上で、グリーヴァが腹を抱えて高笑いしている。

「レッサードラゴンと、そこの村にいた人間の負の感情を吸収した、俺様の最高傑作だ! てめえみてえなニセモノが敵う相手じゃねえんだよ!」

グリーヴァの嘲笑が、ミラージュティアドリームの心を苛む。だが、今はそれに構っている暇はなかった。

(くっ…速い、重い…! 攻撃の隙がまるでない…!)

焦りが、動きをわずかに鈍らせる。その一瞬の隙を、怪物は見逃さなかった。

アントゥルーは、地響きを立てて高く跳躍すると、ミラージュティアドリームの真上から、その巨体で押し潰そうとしてきたのだ。逃げ場はない。

ミラージュティアドリームは、最後の抵抗として両腕を天に突き上げ、落下してくる巨大な足を真正面から受け止めた。

ズウウウウンッ!!

凄まじい轟音と共に、彼女の体が大地にめり込む。

「ぐっ…う……あああああああっ!」

ミラージュティアドリームは絶叫し、渾身の力でアントゥルーの巨体を支えた。全身の骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。だが、アントゥルーは少しずつ、しかし確実に、その体重をかけてくる。彼女の膝が折れ、ついに地面に片膝をつかされてしまった。

そして、無情にも、胸のミラージュパクトにはめ込まれたドリームクリスタルの光が、変身の限界が近いことを告げるように、弱々しく明滅を始めた。タイムリミットは、刻一刻と迫っていた。

(だめ…もう、もたない……)

力が抜けていく。視界が霞み、意識が遠のき始める。絶対的な力の差。覆すことのできない現実が、彼女の心を絶望の色に染め上げていった。


その、あまりにも絶望的な光景を、壁の陰から見ていた二人の少女がいた。

「……アンナ様……」

カナリアは、涙を浮かべながら、祈るように両手を胸の前で握りしめていた。

ブリジットは、悔しさに唇を噛みしめていた。自分の無力さが、プライドの高い彼女の心を深く傷つけていた。あの少女は、自分たちのために一人で戦っている。それなのに、自分はこうして、恐怖に竦んで見ていることしかできない。

(このまま、見ているだけでいいの……? わたくしは、このまま……!)

ブリジットの脳裏に、ギルドでのやりとりが蘇る。『あなた、心配してくれてるんだね』。あの時の、アンナの屈託のない笑顔。

そうだ、自分は心配していたのだ。この無鉄砲な少女のことを。そして今、その彼女が目の前で押し潰されようとしている。

「……見てられませんわッ!!」

ブリジットは、心の底からの叫びと共に、恐怖を振り払って駆け出した。

「えっ!? ブリジット様!?」

驚くカナリアを置き去りにして、ブリジットはアントゥルーの巨大な足元へと走り寄る。そして、自らのレイピアを鞘から抜き放つと、その切っ先を、アントゥルーの足の甲に突き立てた!

キンッ、という甲高い音が響く。だが、彼女の渾身の一撃は、漆黒の鱗に浅い傷をつけただけだった。

「くっ……!」

それでも、ブリジットは諦めなかった。レイピアを杖のようにして、ミラージュティアドリームと一緒になって、アントゥルーの巨大な足を支え始めたのだ。

「アンナ様!」

その姿に勇気をもらったカナリアもまた、杖を握りしめ、二人の元へと駆け寄る。

「私も……私も、ご一緒します!」

彼女もまた、ブリジットの隣で、小さな体で必死に怪物の足を支え始めた。物理的には、ほとんど意味のない行動だった。少女二人が加わったところで、この圧倒的な重量を覆せるはずもない。


「ハッ! 馬鹿な奴らめ!」

その滑稽な光景を見て、グリーヴァが腹の底から嘲笑った。

「そんな無力な者たちの助力が、今さら何になるというのだ! まとめて潰れて、後悔するがいい!」

だが、ミラージュティアドリームは違った。

支えてくれる二人の手のひらから、温かい何かが流れ込んでくるのを感じていた。それは、ただの体温ではない。友情、信頼、そして、自分を想ってくれる、かけがえのない仲間の心。

その温かさが、消えかけていた彼女の心の炎を、再び燃え上がらせた。

「……なるよ」

ミラージュティアドリームは、絞り出すような声で、しかし力強く呟いた。

「なる! 仲間がいれば、一人では出来ない事だって……できるんだ!!」

それは、父ゴードンの言葉。そして、彼女自身がこの世界で見つけ出した、真実。

魂からの叫びに呼応するように、胸のミラージュパクトが一際強く、まばゆい光を放った。

その光は、もはやミラージュティアドリーム一人だけのものではなかった。黄金色の光の奔流となって、隣で支えるブリジットと、カナリアの体をも包み込んでいく。

「きゃっ!?」「これは……!?」

二人の体から、それぞれの髪の色を宿したオーラが立ち上る。ブリジットからは輝く黄金の、カナリアからは若葉のような緑の光が。ミラージュパクトが、三人の心を繋ぎ、その力を分かち合ったのだ。

力が、みなぎる。

一人では支えきれなかった重圧が、嘘のように軽くなっていく。

「うおおおおおおおおおおっ!!」

三人の雄叫びが、一つになった。

心を一つにした三人は、アントゥルーの巨大な足を、一気に押し返した。

「なっ……!?」

ズシン、と巨体を揺らし、アントゥルーがたたらを踏む。ありえない光景だった。

「ば、馬鹿なーっ!? てめえら、何をしやがったァ!?」

屋根の上で、グリーヴァが呆気に取られて叫んでいる。その顔から、余裕の笑みは完全に消え失せていた。


押し返され、体勢を大きく崩したアントゥルーの胸元に、一瞬の、しかし決定的な隙が生まれる。

ミラージュティアドリームは、その好機を見逃さなかった。

(今しかない…!)

彼女は、仲間から注がれた温かい力を、そのすべてを、右の拳へと集中させる。ダークピンクのオーラをまとったガントレットが、これまでとは比べ物にならないほど強く、そして、夜明けの空を思わせる希望に満ちた薄紅色の光を放ち始めた。

それは、ミラージュティアドリームの力と、アンナ・ミラナティアの心、そして、二人の仲間の絆が完全に一つになった証の光だった。

「受けなさい! これが、私たちの…みんなの夢の力よ!」

ミラージュティアドリームは、光り輝く拳を構え、必殺の技の名を叫んだ。

「ミラージュ・アモーレ・コメットォォッ!!」


彗星コメットの名を冠した、アモーレの光の拳。

それは、ただの破壊の力ではない。負の感情を浄化し、囚われた心を解き放つ、絆の光 。



閃光となって放たれた一撃は、アントゥルーの胸の中心、その核となっていたダークミラーを、寸分の狂いもなく正確に撃ち抜いた。

「アントゥルゥゥゥ……ッ!?」

怪物の断末魔が、浄化の光の中に溶けていく。そのおぞましい巨体は、漆黒の粒子となって内側から崩壊し、核となっていたダークミラーには無数の亀裂が走った。

やがて、パリン、と澄んだ音を立てて砕け散り、邪悪な存在は光の中に完全に消滅した。


光が収まった後には、一体のアントゥルーも、レッサードラゴンもいなかった。ただ、荒れ地の真ん中で、気を失って倒れている一人の村人らしき男の姿があるだけだった。彼こそ、このアントゥルーの素体とされていた人間だったのだ。

「くっ……! あの失敗作が、これほどの力を……! 信じられん……!」

形勢不利と見たグリーヴァは、忌々しげにそう吐き捨てた。

「これは本部に報告せねば! 覚えてやがれ、ミラージュティアドリーム!」

彼はそう言い残すと、その巨体を影の中に溶かすようにして、音もなく姿を消した。


戦いは、終わった。

ミラージュティアドリームの変身が解け、アンナは元の姿に戻ると、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。全身の力が抜けきって、指一本動かすのも億劫だった。

しかし、彼女の体が地面に倒れることはなかった。

「大丈夫ですの、アンナ!」「アンナ様、お見事でした!」

ブリジットとカナリアが、両側からその体を力強く支えていた。

三人は、互いの顔を見合わせる。服はボロボロで、顔も煤で汚れている。だが、その表情は、達成感と、確かな絆で結ばれた仲間の、晴れやかな笑顔だった。

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