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0話『プロローグ』

よろしくお願いいたします。

天は裂け、地は呻いていた。世界のすべてを鏡に変えようと目論む『鏡の女王』。その居城である歪な水晶の宮殿は、人々の嘆きと絶望を吸い上げて天を突き、禍々しい光を放ち続けている。あらゆるものが反転し、砕け散った悪夢のような光景の中で、二人の戦士が絶望的な戦いを続けていた。


一人は、伝説の光の使者プリティアモーレが一人、『ティアドリーム』。希望を象徴するかのような純白と空色のコスチュームに、太陽の光を編み込んだような金色の髪をなびかせ、その瞳には決して諦めない強い意志の光が宿っている。


そしてもう一人。ティアドリームの鏡像として、彼女を打ち破るためだけに生み出された闇の戦士、『ミラージュティアドリーム』。影を帯びたダークピンクの髪を振り乱し、黒を基調とした、砕けた鏡を思わせる鋭角的なデザインのコスチュームを身にまとっていた。彼女の瞳は、写し身であるティアドリームと同じ形をしていながら、深い悲しみと、やり場のない怒りの色をたたえていた。


「はあっ!」


ティアドリームが放つ浄化の光弾が、鏡の女王が生み出した不定形の戦闘員『イマージャ』の群れを薙ぎ払う。しかし、その一体を消し去るごとに、宮殿の床に広がる鏡面から新たなイマージャが際限なく湧き出してくる。


「キリがない…!」


ティアドリームが苦悶の声を漏らす。その背後から迫るイマージャの鋭い爪を、ミラージュティアドリームが放った闇の刃が切り裂いた。


「よそ見するな、ティアドリーム! 少しはオリジナルらしくしっかりしろ!」


憎まれ口を叩きながらも、その連携に淀みはない。かつては宿敵として死闘を繰り広げた二人だったが、ミラージュティアドリームはティアドリームとの戦いの中で、彼女が語る「夢」や「希望」という言葉に心を揺さぶられ、改心したのだ。自らを生み出した女王の野望を止めるため、今はこうして共闘している。しかし、戦況は圧倒的に不利だった。女王の魔力は底が知れず、二人の体力と精神力は確実に削り取られていっている。


宮殿の玉座に鎮座する鏡の女王は、その様子を冷ややかに見下ろしていた。人々の負の思念の集積体である彼女は、感情というものを理解しながらも、それを嘲笑うことしかしない。その冷たい視線が、ミラージュティアドリームに突き刺さる。


(なぜ…)


戦いながら、ミラージュティアドリームの心にはずっと渦巻いている問いがあった。なぜ自分は生み出されたのか。ティアドリームのコピーとして、ただ彼女を倒すためだけの存在。だが、自分には心がある。喜びも、悲しみも、そして今感じているこの怒りも。ティアドリームと出会って、守りたいものさえできてしまった。この心は、いったい何なのだ。


「ぐっ…!」


一瞬の思考の隙。それをイマージャが見逃すはずもなかった。強烈な一撃がミラージュティアドリームの脇腹を打ち、彼女は壁際まで吹き飛ばされる。砕けた鏡の破片が背中に突き刺さり、鈍い痛みが走った。


「ミラージュ!」


ティアドリームが悲鳴に近い声を上げる。その声に意識を呼び覚まされ、ミラージュティアドリームは霞む視界の中でゆっくりと立ち上がった。もう、限界が近い。変身の核である胸の『ミラージュパクト』にも、ひびが入り始めている。


(聞かなければ。最後に…)


覚悟を決めたミラージュティアドリームは、眼前に立ちはだかるイマージャを渾身の力で蹴散らし、一直線に玉座へと飛翔した。女王の目の前に降り立ち、震える唇で、魂からの問いをぶつける。


「どうして私を生み出したのッ!?」


それは、ずっと心の奥底に押し込めていた叫びだった。兵器として生まれたはずの自分に、なぜこんなにも苦しい心を宿したのか。その答えを、創造主である女王に問いたださずにはいられなかった。


鏡の女王は、初めて興味を示したかのように、ゆっくりと玉座から立ち上がった。その顔には表情というものがなく、ただ底なしの闇が広がっているだけだ。


「…そうか。まだ、そんなことを考えていたのか」


静かだが、魂を凍てつかせるような冷たい声が響く。


「お前はただの兵器。ティアドリームを写し取り、彼女を超える性能を持つはずだった、私の最高傑作。だが、私は一つだけ間違いを犯した」


女王はゆっくりとミラージュティアドリームに歩み寄る。その足元から、黒い瘴気がじわりと滲み出した。


「お前に心などという脆弱なものを与えるべきではなかった」


その言葉は、無慈悲な刃となってミラージュティアドリームの心を的確に抉った。失敗作。心を与えられたことが、間違い。彼女の存在そのものが、創造主によって否定された瞬間だった。


「あ…ぁ…」


膝から崩れ落ちそうになるのを、必死にこらえる。心の傷は、ミラージュパクトのひびとなって全身に広がっていくようだった。ティアドリームと出会って芽生えた温かい感情、彼女を守りたいという願い、それらすべてが「間違い」だったと断じられた衝撃は、どんな物理的なダメージよりも深く彼女を傷つけた。


「う…うわあああああああああっ!!」


絶望が、黒い怒りへと変わる。ミラージュティアドリームは、砕け散りそうな心を奮い立たせ、最後の力を振り絞って女王に猛攻を仕掛けた。闇のエネルギーを凝縮した拳打の嵐。それは山をも砕くほどの威力を持っていたが、女王は迫りくる拳を、まるでそよ風を払うかのように、指先一本でいなしていく。


「無駄だ、失敗作。お前の力は、所詮ティアドリームの模倣。そしてその心は、力を鈍らせるだけの枷に過ぎん」


「黙れッ!」


ミラージュティアドリームは叫び、闇の魔力を極限まで高めた必殺の一撃を放つ。しかし、女王はそれを嘲笑うかのように手のひらで受け止め、いともたやすく霧散させた。絶対的な力の差。それは、覆すことのできない現実だった。


「忌まわしい失敗作め。目障りだ」


女王の目に、明確な殺意が宿る。


「本物もろとも、ここで消え去るがいい」


女王の両手に、世界の終わりを告げるかのような強大な闇のエネルギーが収束していく。その矛先は、ミラージュティアドリームではなく、彼女の後方でイマージャの群れと戦っていたティアドリームに向けられていた。


「しまっ…!」


ティアドリームもその凄まじい魔力に気づき、身構える。だが、連戦の疲労とイマージャに囲まれた状況では、回避することも防御することも不可能だった。絶望が彼女の顔を覆う。


その瞬間。


ミラージュティアドリームの脳裏に、ティアドリームと共に過ごした短い日々が駆け巡った。初めて「友達」と呼んでくれた時の、彼女の屈託のない笑顔。自分の存在を肯定し、「あなたにはあなたの夢があるはずだよ」と語りかけてくれた時の、優しい声。


(そうだ…私は…)


心は、間違いなんかじゃなかった。この温かい感情は、枷なんかじゃない。


「ティアドリームッ!!」


叫びと同時に、ミラージュティアドリームは動いていた。考えるより先に、体が勝手にティアドリームの前へと飛び出していた。


女王の手から、すべてを無に帰す漆黒のビームが放たれる。時が止まったかのようなスローモーションの世界で、ミラージュティアドリームは振り返り、ティアドリームの驚愕に目を見開いた顔を見た。


(ごめん、ティアドリーム。私は、あなたのようにはなれなかった)


だけど、後悔はなかった。


ドンッ、という地響きのような衝撃。


ミラージュティアドリームの華奢な体が、その強大な破壊の奔流を一身に受け止めた。


「ぐ…あああああああああっ!」


絶叫が響き渡る。黒を基調としたコスチュームが光の粒子となって剥がれ落ち、闇の力が浄化されていく。そして、彼女の変身の核であり、命そのものである胸のミラージュパクトに、ついに決定的な亀裂が走った。


パリン、と澄んだ音が戦場に響く。


コアとなる中央の鏡が、砕け散った。


力が抜けていく。体の輪郭が曖昧になり、足元から光の粒子となって消滅が始まっていく。ティアドリームが、涙に濡れた顔で必死に駆け寄ってくる。


「ミラージュ! しっかりして、ミラージュ!」


「…ティアドリーム…」


かろうじて、声が出た。もう視界もぼやけて、彼女の顔もよく見えない。


「なんで…なんで庇ったりしたのよ! 馬鹿…!」


「…へへ…コピーに…できることなんて…これくらい、だから…」


虚勢を張ってみるが、もうそれも限界だった。消えゆく意識の中で、ふと思う。ティアドリームは、たくさんの夢を持っていると言っていた。世界を平和にすること。みんなが笑顔でいられること。


(私の、夢…)


結局、見つけることはできなかった。けれど、最後に一つだけ、願いが浮かんだ。


「…私も…私の夢を、見つけたかったな…」


それが、彼女の遺言になった。


最期の言葉と共に、ミラージュティアドリームの体は完全に光の粒子と化し、きらきらと輝きながら天に昇っていく。その光はあまりにも清らかで、美しかった。後には、砕け散ったミラージュパクトの欠片だけが、カランと音を立てて床に落ちた。


「いや…いやあああああああああっ!」


ティアドリームの悲痛な叫びが、がらんとした宮殿に木霊する。唯一無二の友だった。宿敵であり、誰よりも自分を理解してくれた存在だった。その彼女を、目の前で失った。悲しみの涙が、ティアドリームの瞳からとめどなくこぼれ落ちる。


「素晴らしい自己犠牲だ。これで邪魔者はいなくなった」


鏡の女王が、感情のこもらない声でそう告げる。その言葉が、ティアドリームの悲しみを、烈火の如き怒りへと変えた。


「…よくも…よくも、ミラージュを…!」


その時、奇跡が起こった。


ミラージュティアドリームが遺した無数の光の粒子が、まるで意志を持っているかのようにティアドリームの体へと降り注ぎ、吸い込まれていったのだ。それは、彼女が最後に抱いたティアドリームへの想い、そして見つけることのできなかった「夢」への願いの結晶だった。


「これは…ミラージュの力…?」


ティアドリームの体が、まばゆい光に包まれる。傷は癒え、失われたはずの力が、以前とは比べ物にならないほど増幅されていくのを感じた。それは、光と、そして彼女が受け入れた影の力が融合した、新たな力だった。


ティアドリームはゆっくりと立ち上がる。その瞳から涙は消え、静かな、しかし底知れない怒りの炎が燃え盛っていた。その手には、ミラージュティアドリームの想いを宿した光が集まり、新たな武器の形を成していく。


「鏡の女王…! あなたの野望も、ここで終わりよ!」


「くだらん。力が多少増したところで、この私を…」


女王が言い終わる前に、ティアドリームの姿が消えた。次の瞬間、女王の眼前に現れたティアドリームは、光と影のオーラをまとった拳を、その腹部に叩き込んでいた。


「プリティアモーレ・ファイナル…ミラージュ・シャイニング!」


それは、ティアドリームとミラージュティアドリーム、二人の魂が放つ一撃。


純白の光と漆黒の闇が螺旋を描きながら女王の体を貫き、その存在を内側から浄化していく。


「馬鹿な…この私が…失敗作の…置き土産に…」


断末魔の叫びと共に、冷酷非道な女王の体はガラスのように砕け散り、光の中に消滅した。


女王が消えたことで、歪な水晶の宮殿は崩壊を始める。ティアドリームは空へと舞い上がり、朝日が昇り始めた空の下で、静かに涙を流した。


戦いは終わった。しかし、失ったものはあまりにも大きい。


「ありがとう、ミラージュ…。あなたの夢は、私が必ず…。あなたの分まで、私が見届けるから…」


朝日を浴びながら、ティアドリームは強く誓う。友が遺した光を胸に抱き、彼女の夢だった「誰もが夢を見られる世界」を作るために。


その光の残滓の一部が、次元の狭間を超え、全く別の世界へと流れ着いたことを、まだ誰も知らなかった。

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